ピリオド

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 スペアとしての役割を果たすことはないと決定づけた不用品を、ルシファーの視線が追いかける。いつ、真実を告げてやろうか。いつ、廃棄してやろうか。いつ、実験体としてやろうか──なんて考えているわけではない。ただ、視界に入るから追いかけているだけだった。否──ふと気づくと、無意識に追いかけてしまう。自身の無意味な行為に呆れた。あんな不用品に費やす思考領域は無い。それよりも、新たな研究と実験をと考えながら、つい、気づけば視線がサンダルフォンを探し、追いかける。ルシフェルが手掛けたということ意外に特徴のない天司である。見た目も煌びやかなわけではない。だというのに、目につく。
 じっと突き刺さる視線に悲鳴をあげたのはサンダルフォンだった。
 サンダルフォンはルシファーが苦手だ。というよりも、研究者に対して苦手意識を抱いている。奥の区画の地獄を知る身としては、どうして好意を抱けるのか分からないでいる。
 検分されているかのような視線に耐えかねて、そろそろと、問いかけた。
「ルシファー様、あの、何か御用でしょうか」
 びくびくとしているサンダルフォンに、ルシファーは眉を寄せた。それから、何も言わず、不機嫌な様子で去って行ってしまったからサンダルフォンは声を掛けなければ良かったと後悔した。こんなにもおそろしい気持ちになるくらいなら、じりじりと視線だけで精神がすり減っていく方がマシだったと、すごすごと許可された中庭におりていく。
 その後ろ姿を、じっと、陰に隠れていたルシファーが見詰めていた。星の民のゆったりとしたはずの鼓動は忙しなく、どっどっと跳ね上がっている。脈が速く、血圧も上がっていることを実感した。張りつめた神経が落ち着くと、自身の状態に、結論付ける。

──魅了の類か。



「サンダルフォンを作る際に、魅了に関する能力は付与していないが……」
 怪訝な顔をするルシフェルに念押しした。
「嘘ではないな」
「このようなことに嘘をつく意味はあるのか?」
「……いや」
 ならばあれはいったいとルシファーは考え込む。考え込む友の姿に、彼がサンダルフォンに対して興味をもったことを不思議に思いながらルシフェルは声を掛けた。
「もう良いだろうか」
「ああ……また、中庭か」
 帰還の度に寄り付いているのだから、嫌でも行動予測がついた。
 ルシファーには珈琲の良さ、というものが分からない。一時的な覚醒作用としての効果は期待できるものがあるが、それだけだ。
 緊急性の高い報告があるわけでもないのに、態々、研究所に帰還をする。そして役割のない天司相手に珈琲を飲むだけの時間を割くなどという無駄な行動をするルシフェルが理解できない。
 ルシファーは不快感を覚える。
 ちくちくと、嫌な気持ちになって、釘を刺した。
「あまりアレに構いすぎるなよ。嫉妬を、不用意に煽るな」
 そうなのか。と驚いた様子のルシフェルにルシファーはくつりと笑った。逡巡、考え込んだ様子のルシフェルは「……善処しよう」と深く頷いた。
 なにも変えるつもりがないのだということが、分かってしまった。
 静かに締められた扉に向けて、ルシファーは舌打ちを零した。

──魅了に違いない。
 でなければいったいなんだというのか分からない。



「ルシファー様? どうしたんですか?」
 心配そうに見上げてくるサンダルフォンに、ルシファーは違和感を覚えた。それから、ああ見上げてくるからかと納得をした。
「いつもの靴はどうした」
 問い掛けられたサンダルフォンは、気になるんですかと尋ねてきた。ルシファーは「質問に質問で返すな」というつもりであった。だというのに、口を噤んでしまった。「いや」と言えばサンダルフォンはにっこりと素敵な笑みを浮かべた。
 それからルシファーの手を取った。
「おい、」とルシファーが刺々しい声をかけても、サンダルフォンはくすくすと笑うだけで怯える素振りを見せないでいる。ルシファーは仕方なく、サンダルフォンに手を引かれるままに歩いた。
 研究に明け暮れているルシファーの手は、ケアが追い付かないでいる。比べるまでもなく、サンダルフォンの手はつやつやとして傷一つない。細い指がルシファーの指を絡めとる。
 ふんふんと鼻歌をうたうサンダルフォンは時折、振り返り、ルシファーがいることに満足そうに笑って、また歩き出す。何がしたいのか理解しかねる。ルシファーは振り解ける手をそのままに、ただその後ろを歩いた。そして、サンダルフォンが行こうとしている場所がわかってしまった。
 無機質な研究所の中では、異質な、緑に囲まれた空間が広がる。ルシフェルが、サンダルフォンのために、立ち入り禁止区域として指定した中庭である。そんな過程を知らないでいるサンダルフォンはたったたったと軽やかに勝手知ったる中庭を進んでいく。やがて、ぽつんとテーブルとイスが不自然に用意されていた。テーブルの上には、カップが二つ、準備されていた。
「すぐに用意しますから、待っててくださいね」とサンダルフォンに言われるまま、席に就く。そして、



 目が覚めた。



 気絶するように、眠ったのだろう。研究室の硬い床の上で、意識を取り戻した。はぁと、うんざりと、胸の中の不快感を吐き出した。
 魅了を解除しようと試みたものの、何ら効果はない。果てには睡眠時にまで干渉をされた。たまったものじゃない。役割のない天司ごときに、振り回されるなんてルシファーの山より高く天を貫くプライドが許さない。
 ルシファーは研究室をでた。
 すれ違ったとある研究者は、その悪鬼修羅の如き形相にひっと悲鳴を上げた。研究者どころか天司ですら関わりたくないと息を殺し、ずんずんと廊下を突き進んでいくルシファーに道を譲った。

 扉が壊れたのかという勢いで開かれたものだから、サンダルフォンはびくりと震えた。それから、怒りで目を爛々とさせるルシファーに恐怖した。殺されると思った。助けて、ルシフェル様と震えながら祈った。
「俺に、掛けた、魅了を、解け」
 怒りのあまりに淡々と言うルシファーに、サンダルフォンは、魅了とは何のことだろうと、要領を得ないでいる。睥睨し、苛々と、告げる。
「解かないというのなら、反逆とみなして処分する」
 処分、とまで言われても困惑しかない。なんせ無実である。冤罪である。ルシファーに恨みを持った研究者が一服もったのではないかと思ったが口に出来ない。口にしたら「俺がそのような失態をするとでも」と言われることが想像できた。余計な怒りを買うことになる。
「寝ても覚めてもお前のことばかり考える……まったく、不愉快だ」
 詰られ泣きべそをかくサンダルフォンに苛立ちをぶつけるルシファーが、不愉快と認識した感情が、ただの甘酸っぱいだけの恋だと気づくことはない。
それは、数えることも億劫な歳月を生きてきて、初めての恋であった。

Title:約30の嘘
2020/11/16
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