ピリオド

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 知り合いから譲り受けた店は精々、地元民御用達であった。珈琲1杯で昼過ぎまで粘る老人たちだが大切な常連だ。本音を言えばせめて追加で軽食でもオーダーしてもらいたいところであった。
「……きまりました!! チャンピオン防衛です!! 歴代最長記録達成となりました!!」
 テレビから聞こえる興奮気味の実況ににサンダルフォンは手をとめて、画面を見上げた。鮮やかな紙吹雪が舞うフィールドでチャンピオンと挑戦者が握手をしている。悔しそうな顔をしている挑戦者に、チャンピオンは「良い試合だった。また挑戦をしてくるいい。受けて立とう」と声をかけている。ますます湧き上がる歓声がフェードアウトしていき、コマーシャルに切り替わる。あなたの街のポケモンセンターとリズミカルな音楽に喫茶室もちらほらとお喋りが再開していた。
 サンダルフォンも、手を動かす。香り立つ珈琲を注文したのはカウンターに座っている老婦人だった。
「お待たせしました」
「ありがとう……すごいわねぇルチヘルさん」
 ルチヘルさん、というもごもごとした呼び方に少しだけ笑い掛けたサンダルフォンはそうですねと誤魔化した。にゃんと老婦人の連れているエネコが膝の上で鳴いた。コマーシャルがあけると、チャンピオンのインタビューが流れる。
 延長することなく、それどころか早くに終わった試合の穴埋めのように過去の試合が流れていた。やがて、ひとり、またひとりと客が帰っていき、伽藍とした喫茶店内でサンダルフォンは一人になった。正確には一人と二匹だ。手持ちであるブラッキーは体を丸めてボックス席のソファを独り占めて眠っている。もう一匹であるランクルスはサイコキネシスで器用に手伝いをしている。
 付けたままのテレビからは、ニュース番組が流れ、チャンピオン戦のダイジェスト放送をしていた。
 人を惹きつけて止まない美貌の持ち主は、同時に類まれなるバトルセンスを与えられている。天は二物を、なんて嘘っぱちだとサンダルフォンは世の不平等さを嘆きながら、喫茶室の締め作業を始める。
 日が暮れ始めたなとサンダルフォンは窓越しに空を見上げて、夕日に目を細め、それから浮かび上がるシルエットに気付いた。ブラッキーが体を起こす。何かに気付いた様子で、ぴょんと床に降りるとサンダルフォンを急かすようにエプロンを咥えて引っ張る。サンダルフォンは苦笑しながら裏庭へと続く扉へと向かった。ランクルスはふよふよと浮きあがりテレビに夢中になっていた。
 静かに喫茶店の裏庭に着地したトゲキッスは背後が軽くなるとサンダルフォンにあまえるようにすり寄った。サンダルフォンはお疲れ様と言って撫でてやるともっと、というように手にすり寄る。
「戻りなさい」
 ボールに戻されるトゲキッスは不満そうに鳴いた。
 そのやり取りに苦笑しながらサンダルフォンは、トゲキッスを撫でていた手を引っ込めた。
「普段は聞き分けがいいのだが……この子も、君の事が好きなんだ」
「チャンピオンの手持ちに好かれるだなんて、光栄だな」
 サンダルフォンが悪戯に揶揄えば、ルシフェルは笑えば良いのか分からない様子で微苦笑を浮かべたから、サンダルフォンは冗談ですよと言って見せた。
「珈琲と……お腹は空いてますか?」
「うん、今日は何も食べていないからお願いしても良いだろうか」
「勿論ですよ。あ、ルシフェルさん」
「どうかしたのかい?」
「防衛成功、おめでとうございます」
「……ありがとう」
 ルシフェルはインタビューでは見せることのない笑みを浮かべる。
 その笑みを知っているのは、自分だけなのだと思うとサンダルフォンは少しだけ得意な気持ちになった。
 ブラッキーがルシフェルの足元で鳴いた。
「ああ、こら」
 サンダルフォンが宥めるよりも、ルシフェルが下げたボールから一匹が飛び出してくる方が早かった。ふるふると体を震わせたエーフィがブラッキーに駆け寄るとすり寄る。ブラッキーは嬉しそうに身を寄せていた。
 二匹の様子にサンダルフォンとルシフェルは苦笑をこぼす。
 喫茶店の中に入ってもぴったりと寄り添う二匹を、サンダルフォンは少しだけ羨ましく思いながら冷蔵庫を確認する。
「オムライスとチャーハン、どちらにしますか?」
「ううん……」
 ルシフェルは唸って、考え込んだ。食べたいものを言ってくれたらサンダルフォンは喜んで作るのだが、ルシフェルは優柔不断なのか、散々に迷ってから何でもいい、というので二択を迫るようになった。ルシフェルは迷ってからオムライスを頼む、と決断をしたのでサンダルフォンは了解ですとこたえた。
 フライパンの上に卵を落とす。半熟のふわとろ卵よりも、少し固めの卵がルシフェルの好みであると知ったのは何年前のことだったろうか。
 出来上がったオムライスと、それから珈琲をカウンターテーブルに並べる。一人前以上のオムライスはすっかり、ルシフェルの胃袋におさめられてしまった。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さまでした」
 食べ終えた頃にはすっかり日が暮れていた。宵っ張りのブラッキーは元気なものだった。そして、夜は不得意なはずであるのに、久方ぶりの大舞台でのバトルの興奮も冷めやらぬ様子のエーフィも、まだまだ元気そうで、じゃれあっている。
 ランクルスは既にボールの中で眠っていた。
「きみと出会ってから、もう10年になるのか」
 しみじみと言うルシフェルにサンダルフォンはそうですねと、頷いた。10年前のサンダルフォンはしがないトレーナーで、憧れのチャンピオンとバトルすることを夢に、故郷を旅立った。旅立ちの年齢のままチャンピオンになり、それからチャンピオンであり続ける人は、当時の子供は勿論、今の子供にとっても憧れだった。そんな憧れの人に手料理を振舞い、そして一夜を共にすることになるなんて、10年前の自分に言っても信じやしない。
 思いを馳せていればふと、静けさに気付いて、居心地が悪くなる。
 ティーカップを包み込んでいたサンダルフォンの手を、ルシフェルの手が覆った。サンダルフォンはびくりと震える。
 10年の付き合いだ。
 それでも、どうして、慣れないでいる。
 おそるおそると、ルシフェルに視線を向けた。ルシフェルは穏やかな笑みを浮かべて、けれど、その目はちりちりと青い炎を宿していたから、サンダルフォンは参ってしまう。
 ブラッキー、と助けを求めるように視線をさ迷わせるが、トレーナーたちの雰囲気を察したように二匹は見当たらない。
 分かりきっていることで、毎年のことであるのに、一度だって逃げることが出来なかったのに、サンダルフォンはつい、逃げ道をさがしてしまう。
 熱っぽい手を振り解くことなんて出来はしない。
 バトルの後で、興奮をしているのは、トレーナーだって同じなのだ。

2020/11/13
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