ピリオド

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 ルシフェルは6つになる。銀色の髪に青い瞳は両親から譲りうけたものではなく、隔世遺伝であった。左右対称の均整のとれた顔立ちは幼いながら、ルシフェルが美しく成長することを確信付けていた。
 ルシフェルは感情の起伏が薄く、物静かで、手のかからない子供らしからぬ子供であった。何より、子供とは思えないほどに威圧感があり、近寄りがたく思われていた。多感な同級生は勿論のこと、教師や、果てには両親までもルシフェルにどのように接すればよいのか手探りであり、遠巻きにしていた。それを、ルシフェルは哀しいと思うことは無かった。淋しいと思うことは無かった。
 ルシフェルは孤独ではない。
 だって大切な人がいるのだ。
 緑の香りを吸い込む。優しい風が頬を撫でる。雲一つない青空が広がっていた。ルシフェルは立ち尽くしていた場所から、ふらりと行先も分からないままに足を動かした。それから、見かけた人影に心を弾ませて駆け寄る。
「こんばんは、サンダルフォン」
 サンダルフォン、と呼ばれた人影は、振り返り、ルシフェルを視界に入れると、ふんわりと笑って見せた。
「こんばんは、ルシフェル様」
 ルシフェルに合わせてしゃがみこむと、柘榴のような深い赤がルシフェルを映し出す。映し出されたルシフェルは、喜色があふれだしたようなふにゃふにゃとした笑みを浮かべていた。
「今日は、どのように過ごされていましたか?」
「いつもと変わらないよ。学校で勉強をして……今日はテストが返されたんだ。100点だったよ」
「すごいじゃないですか」
 なんてことない風に言ったルシフェルにサンダルフォンはすごい、と言って褒めて見せる。同じ言葉を母親にも言われた。なのに、サンダルフォンからの言葉が特別に思えて、嬉しいと同時に恥ずかしくなった。
「サンダルフォンは?」
「俺ですか? 散歩、ですかね……。この場所がどこまで続くのか気になって。まあ、果てが無い様子ですけどね」
 そう言ったサンダルフォンは立ち上がり、向かっていた先を見つめた。遠くに、思いを馳せているようで、ルシフェルは、不安になった。心細くなって、サンダルフォンを見上げた。サンダルフォンは視線に気づくと口を開いた。
「どこにも行きませんよ」
 そういってルシフェルに笑みを向ける。ほっとして、ルシフェルはサンダルフォンの隣に並んでみる。自分は、このように小さかっただろうかと不思議に思って、サンダルフォンを見上げる。やはり「前」はもう少し大きかったと記憶している。
 しかし、見上げるサンダルフォンは新鮮であったからこれはこれで良いかと考えていた。
「そろそろ……時間ですよ、ルシフェル様」
「……うん」
 淋し気なルシフェルにサンダルフォンは困ったように笑った。それから、目が覚める。窓の外はしとしとと雨が降っていた。今日は一日雨だと言っていたことを思い出す。憂鬱だった。
 じっとりと纏わりつく湿気を気持ち悪く思いながら一日を過ごした。サンダルフォンに会いたいなと思っていた。あの場所は、雨が降るのだろうか。今日、聞いてみよう。「ただいま」と家に帰れば丁度、客人とすれ違う。若い女性はルシフェルを見てにっこりと笑った。ただの子どもとして扱われたことに、不意をつかれたルシフェルはこんにちはと言うとそそくさと部屋にあがりこんだ。
「お隣さんよ、新婚なんですって」そう言いながら嬉しそうに笑っている母にそう、とこたえる。今日は話すことが増えたな、とルシフェルは思った。
 いつもの場所は現実とは異なる。雨が降った形跡もなく、晴れ渡っていた。サンダルフォンを探して、見つけた。声を掛けようとした。
「サンダルフォン、サンダルフォン」
 呼び掛けているのはルシフェルの口だった。けれど、ルシフェルの意思ではない。ルシフェルは何が起こっているのか分からずに、目を丸くした。
「もう良いんだ」
 サンダルフォンはそんなルシフェルを見つめて、観念したみたいだった。
「そろそろ行こう」
「……はい」
 どうして、行かないでとルシフェルが言おうとした瞬間、体から「誰か」が抜け出した。それは、サンダルフォンよりも大きな、銀色の髪に、青い瞳をした青年だった。サンダルフォンのことを、愛しくてたまらないというように見つめたあと、青年はルシフェルを振り返った。口が動いている。だけど、音はのっていない。
 何を言ったのか聞き返そうとした瞬間に、ルシフェルは目を覚ました。
 ちゅん、というさえずりとカーテン越しの日ざしにむくりと起き上がる。
 ぽっかりと胸に空いた穴を感じてわけのわからない淋しさが込み上がったものの、ぐうぐうと空腹を主張されて、すっかり忘れてしまった。ベッドを出るとぱたぱたとリビングに掛けていく。おはよう、と声を掛ければ母親はびっくりしたように振り返り不思議そうに首を傾げてからおはようと返した。空腹を感じるルシフェルの前に朝食が並ぶ。トースターとサラダ、コンソメスープ。それから、いつもはないコーヒーゼリーが並んだ。
「誕生日だから特別よ」
 ルシフェルは7つになった。
 銀髪に青い目の均整のとれた顔立ちで、よく笑いよく泣く、どこにでもいる子どもである。いつからか威圧感も感じられなくなり、友人が増え、やんちゃに外を駆け回る子供になっていた。
 両親や教師を安心させようと、無茶をしているのではないかと思われた。しかし、本心から遊び、楽しんでいる。同級生たちの中でもリーダー的な立ち位置で、ルシフェルは好かれていた。その姿に周囲の大人たちはほっとした。なぜ、あんなにも威圧感を感じていたのか誰にも分らない。ルシフェルも、何が自分を変えたのか分からない。
「おめでとう!!」
 何が目出度いのだろうとルシフェルはリビングを覗いた。母親が、隣人である若い女性と話している。興奮している母親と、嬉しそうな女性の姿に首を傾げる。
「ありがとうございます」
「何かあったらいつでも頼ってね」
 そういって笑う母親によろしくお願いしますね、と冗談交じりに頭を下げている。
「あら、ルシフェル」
 いらっしゃいと手招く母親にルシフェルがとてとてと近寄ると隣人の若い女性が微笑ましそうに笑い掛けた。気恥ずかしさを覚えて、そして見覚えのある気配にルシフェルはふらりと近寄り、声をかけていた。
「サンダルフォン、そこにいるんだね」
 なぜ、その言葉を口にしたのかルシフェルには分からない。ただ、女性から感じる気配につい呼びかけていた。女性は目をぱちくりとさせると、笑みを浮かべる。
「うん……この子……サンダルフォンのこと、ルシフェルくんもよろしくね」
 名前の候補にもあがらなかったサンダルフォンが、その瞬間にこの子の名前だと直感した。それ以外には、ありえないと思ってしまった。
 ルシフェルの小さな手を取ると、少しだけ膨れた腹に触れさせた。
 ぽこん、と胎が蹴られた。

Title:約30の嘘
2020/11/11
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