ピリオド

  • since 12/06/19
 いってらっしゃいと見送り、扉が閉まるとサンダルフォンは一人になって、初めて呼吸が出来るようになる。体を、無理矢理に押し込めていた「型」をようやく外して、つかの間の自由を胸に吸い込んだ。そして、自己嫌悪に陥る。恋人に対して、どうしてこのように思ってしまうのか、我儘で浅ましい自分自身が許せず、怒りが湧き上がる。
 沸々とした怒りを押し宥めながら居心地悪く、リビングをさ迷う。
(なにを、しよう)
 とはいえテレビを見る、くらいしかすることがない。テレビでは芸能人の不倫報道にコメンテーターが神妙な顔で至極当然のことを口にしていた。詰まらないなと思いながらチャンネルを変えて、やがて消した。
 夕飯を作るといっても、洗濯をするといっても、掃除をするといっても、ルシフェルは「きみはそんなことをしなくてもいい」と言うのだ。甘えられないと、冗談だろうと思っていた。しかし、実際にルシフェルが不在の間に家事をすればそれが詰まらない冗談ではないことをまざまざと思い知らされた。
 傷ついたような、裏切られたような顔で無理矢理に笑みを浮かべるのだ。
「ありがとう、サンダルフォン。だけど、無理にすることはない」
 何が悪かったのだろうかとサンダルフォンは、後悔を覚えた。料理は、得意なつもりだった。なんせルシフェルと暮らすまで一人であった。両手の指では数えきれないくらいに、料理をルシフェルに振舞うこともあった。友人からも、評判は良い。だから、不味いはずが、無い。掃除にしたって、洗濯にしたって、もしかしたらルシフェルなりのこだわりがあるのかもしれない。それならば教えてくれたらその通りにするというのに、ルシフェルはといえばこの話は終いとばかりに切り上げる。
 ルシフェルの料理はとても美味しい。プロみたいだと、サンダルフォンはお世辞でなく思っている。自分の料理なんて、比べ物にならないかと思ってしまう。掃除はこまめにしていて、部屋にはほこりのひとつも見当たらない。洗濯にしてもシャツのアイロンは慣れた様子で、サンダルフォンがする以上に丁寧でシワひとつない。
「やくたたずだなぁ」
 ロボット掃除機ですら役立っているのに。
 サンダルフォンはソファの上で膝を抱えて丸くなる。

 ぬるま湯のような地獄に落ちて早1年になる。最初の数日は、大切にされているのだと高慢にも思い上がっていた。家にいてほしいという言葉をプロポーズのように思った。仕事を続けることに難色を示されて、散々に迷ってから、サンダルフォンはルシフェルと暮らすことを選んだ。ルシフェルが一緒に住もうと言ったルシフェルの部屋から、サンダルフォンの職場までは遠かったから仕方のないことだった。サンダルフォンも片道2時間半は少々、辛い。新しく探そうと思っても都合良く見つかることは無く、ルシフェルに甘えて生きている。自分が情けなくて家事を請け負うといってもそのために一緒に暮らしているのではないと言って、させてもらえない。疲れているでしょうと言ってもちっともと言って疲れも見せてくれない。自分は、なんのために居るのだろうとわからなくなる。
 恋人、のつもりだった。しかし、今やサンダルフォンはヒモ、どころではない。ヒモであれば肉体関係を求められることもある。しかし、求められない。もはや「ペット」である。
 人間ですらない畜生かと、サンダルフォンは膝を抱えた。
 サンダルフォンが不真面目であれば、いい加減であれば、ペットという立場に甘んじてのうのうと生きようとするお気楽さがあれば、苦悩はなかった。
 ただいまと帰ってきて早々に笑みを浮かべたルシフェルはサンダルフォンを抱きしめる。それからすぐに食事を用意するよと言って、キッチンへと入ってしまう。サンダルフォンはその背中を恨みがましく、見詰めてしまった。
 休日に下ごしらえをしている、というものの十数分で毎日異なる食事を用意するルシフェルに、サンダルフォンは劣等感を抱く。自分の要領の悪さを責められているのだと勝手に、勘違いをしてしまう自分を恥じる。
 ダイニングテーブルに向かい合って座り、いただきますと食べ始める。
「……どうだい?」
 心配そうに口にするルシフェルにサンダルフォンは一瞬だけ何と言おうか迷ってから、
「おいしいです」
 と笑って見せた。ほっとしたルシフェルも食べ始める。サンダルフォンも、同じく口に詰め込む。
「少し、スパイスを入れすぎただろうか」
「そう、ですか?」
 怪訝な顔をするルシフェルに対して、笑って言うサンダルフォンの口の中にはティッシュが詰め込まれたような無味だけが広がっている。いつからこうなってしまったのか、最早思い出せない。ルシフェルの異常ではなく、サンダルフォンの異常であることを、サンダルフォン自身が気付いている。だけど、言い出せない。悟らせることも、出来ない。

 異常の原因が、ルシフェルであるだなんて、この生活にあるだなんて、とっくに気付いている。それでも、サンダルフォンは、この生活を、ルシフェルを嫌いになりたくない。好きなままでありたい。好きでないと思っている自分が、烏滸がましく、許せない。そう、思っていた。なのに突然に、ふと、思ってしまった。
「そうか、ペットか」
 ペットという──家にいてくれる存在、癒しや安らぎを、あの人は求めているのだ。それは、最早、サンダルフォンが与えられないものだ。なんせサンダルフォンはペットではない。人間だ。あの人は恋人を求めていたんじゃない、ペットを求めていた。恋人だと思っていたのは自分だった。なんだ、そういうことか。サンダルフォンは納得をした。そして、だったらもう意味が無いじゃないかと立ち上がる。
 時計は正午を過ぎていた。

 それからサンダルフォンはただ、思うがままに動いた。

 数少ない手荷物、といっても通帳ひとつを手にして家をでた。部屋はオートロックだ。鍵を持たずに出れば管理局に連絡をして、面倒臭い手続きをしなければ開けてもらえない部屋を、鍵を持たずに、出た。心臓がどきどきとして、ドアノブを持つ手が震えた。カチャリ、と閉まった音に振り向く。ああ、出てしまったと、後悔がちらりと、それ以上の高揚に、胸を高鳴らせた。
 エレベーターを呼ぼうとして、ここにも鍵が必要だったことを思い出す。仕方なく、非常階段を降りた。高層マンションの最高階から、地上1階に向かって降りる。途中、何度も階段を踏み間違えて落ちかけたりしたものの、どうにか辿り着く。額に滲む汗をぬぐいバクバクと鳴る心臓を落ち着かせて、ロビーに面する管理人室を素知らぬ顔で通り過ぎようとした。
「いってらっしゃいませ」
 声を掛けられてドキリとしながら、会釈をして何食わぬ顔でエントランスをでた。
 こんなにもあっけないのかと、サンダルフォンは乾いた笑いを零してそれから歩き始めた。
「さよなら、ルシフェル」
 不義理で、最低の裏切りでも、それでもサンダルフォンは人間でありたい。
 今や唯一となった、サンダルフォンの人間性を証明している通帳を、ぎゅっと握りしめる。



 通帳から幾らか降ろし、ビジネスホテルに転がり込んだ。適当に誤魔化した住所と名前でとったホテルの一室で、既に3日を過ごしている。1日目は、興奮と緊張で中々寝付けず、2日目は泥のように眠った。3日目にして空腹を思い出した。どうせ何も感じないのだから適当で良いかと、ホテル近くのコンビニで適当に、それでも3日ぶりの食事であることを考慮してオレンジのゼリーを買った。期待はしておらず、味わうつもりもなく、部屋にもどるとどかりと椅子に座り、ゼリーを開けてスプーンですくって口に入れた。口の中に広がる冷たさと、甘さに目をぱちぱちとさせてから、泣きながらゼリーを食べきった。美味しくて、もう一個くらい買えばよかったと思った。
 洗面台で、食べきったゼリーのプラスチックごみを水で洗う。乾いたら、ゴミ箱に捨てようと隅に置いた。それから、鏡に映る自分をみる。すこし、やつれた。顔色が悪いから、証明写真の写りも悪くなる。今は量販店で買ったシャツとパーカー、デニムパンツを着まわしている。白いシャツを買わないとだめだったな、と後悔した。其れよりも早く働き口を探すべきか。後先考えずに、飛び出してしまったなと今更になって頭が状況を理解していることがおかしくて、笑ってしまった。
 ベッドに寝転がる。
 硬くて、カビくさい。毎日、清掃をお願いしておりついでにベッドメイキングも頼んでいるとはいえ、使い古された寝具なのだから仕方ない。高級ホテルでもない、安い、ビジネスホテルなのだからこのくらいなのだろう。それでも、ルシフェルの家で使っていた寝具よりもサンダルフォンは眠りが深く、夢を見ることもなかった。
「あの人は、どうしてるかな」
 そんなことを考えた自分に、サンダルフォンは呆れた。
 もはや恋人でもなんでもない、他人なのだ。距離を置いて、冷静に、ルシフェルの気配がない環境下で生活しているうちにまともな感覚を思い出した。あんなの、恋人なんかじゃない。確信をして言える。確信をすることで、サンダルフォンのなかに怒りが込みあがってきた。自分自身に対してじゃない。ルシフェルに対してだ。

 ルシフェルが暴力をふるったことは一度もない。それどころか、喧嘩をしたこともない。ただ、サンダルフォンがルシフェルの許容範囲を超えた行動をとると「悲しそう」にするだけだ。それが、厄介だった。いっそ殴ってくれたらサンダルフォンも殴り返すなり、出来ずとも、言い訳にして家を飛び出してやった。なのに、ただ、悲しむのだ。いっそ不満があるならば言ってくれたら良い。同棲するのだから、他人同士で暮らすのだから不満はあたりまえだ。なのに、それすら言ってくれない。思い出したらむかむかとする。最後に言ってやればよかった、しおらしく「ごめんなさい、もう無理です、さようなら」なんて別れの手紙なんて書かずに思っていたことをつらつらと、気味悪がられても、書き連ねてやればよかった!! サンダルフォンは、あれやこれやとそういえばという風に思い出した怒りにまた、空腹を思い出した。ゼリーを食べたばかりだというのに。貯金は限りあるとはいえ、今日だけは思い切り自由を満喫してやろうとサンダルフォンは財布を手に取り、また部屋をでた。コンビニでお菓子と、それからインスタントラーメンを買って食べよう。今日はお酒も飲んでやろうと意気込んでいた。今までルシフェルの管理下において手に出来なかった娯楽だ。
 お酒もたばこも許される年齢でありながら、管理下におかれていたことに情けなく感じる。

 少し日が暮れはじめたものの、ホテルを出て先ほど出たばかりのコンビニへと向かう。きらりと、銀色が輝いた気がした。そんなわけないと、いつまでも囚われてばかりはいられないと自身に言い聞かせる。信号を挟んだすぐ真ん前がコンビニであるのに、タイミング悪く信号は赤になったところだった。パーカーを羽織ってきたらよかったと思いながら腕をさする。その腕をがしりと掴まれたものだから、サンダルフォンは心臓を飛び跳ねさせる。かすかな悲鳴が、どうにか零れた。
「み、みつけたぁ」
「ヒッ」と今度こそサンダルフォンは悲鳴を上げた。
 汗だくになって肩で息をしている男に覚えはない。あかの他人だ。誰かと間違えているのではないかと、と問い掛けようとしたサンダルフォンの腕を男がぎしぎしと骨が折れかねない勢いで掴む。痛い、と言っても悪いねと言うだけで力はちっとも緩まない。
 信号が変わる。ああ、コンビニ……とサンダルフォンは恨みがましく信号を見つめ自分達を邪魔そうにしながら道路を渡っていく人々を見つめて、それから向かってくる男が間違いなく、自身がしる男であることに気付いてしまう。
「ル、シファー……なんでお前が……」
「連れていけ」
「はいはい」
 サンダルフォンの問い掛けなんて聞こえていないようにルシファーは命じるとサンダルフォンの腕を掴んでいた男は器用に腕を拘束した。手首が縛られた感覚にサンダルフォンは戦慄を覚える。
 沈められる──!!
 ルシファーに嫌われていることは知っていた。しかし、なぜ沈められるのか。今やルシフェルとは無関係である。いや、前は関係があったからこそ証拠隠滅に沈められるのか。冗談じゃない。これから自分の人生を歩くのだとサンダルフォンは暴れた。腕をしばりつけた男が怪我するからね、落ち着いてと言い聞かせるみたいに宥めるが知った事かと暴れて暴れて、結局、逃げ出せずに車の後部座席に詰め込まれた。
 サンダルフォンは恨みがましく、ルシファーを睨む。口はガムテープが貼られて叫べない。手足は縛られている。そんなサンダルフォンをルシファーは鼻で嗤った。
「ベリアル、こいつの荷物をとってこい。ホテルには……家出人と伝えろ」
 人使い荒いなアとサンダルフォンを器用に縛った男はそう言うとホテルへと入り、暫くすると荷物を持って現れた。
 エンジンがかけられる。シートに横たわっているサンダルフォンにはダイレクトにその感覚が伝わり、食べたばかりのゼリーを吐き出しそうになった。
 サンダルフォンは死ぬなら痛みなくと願って目を閉じる。
 もはや、諦めた。

「サンダルフォン!!」
 名前を耳元で叫ばれ、骨が折られるのではないかという勢いで締め付けられて目を覚ましたサンダルフォンは、なぜ目の前にルシフェルがいるのかと不思議でならずにきょとりと周囲を見回そうとしたが、ルシフェルに抱きしめられてそうもいかない。
 サンダルフォン、サンダルフォンと名前を呼んでいるのはルシフェルである。
 滑らかな肌は嘘のように荒れていた。髪はぼさぼさ。見知らぬ部屋かと思っていたが、どうやら、つい三日前まで過ごしていた部屋であると気づいたのはどうにかソファが見えたからだ。充電器に辿り着くことなく力尽きた自動掃除機ロボットがちらっと見えた。
 荒れ果てた部屋にサンダルフォンは強盗に入ったのかと考えてしまう。その所為で、ルシフェルは憔悴しきっているのかと必死に推測した。



 ミノムシのようなサンダルフォンをルシフェルに押し付けたルシファーとベリアルは、そそくさと部屋をでて、マンションを後にしていた。全てサンダルフォンに任せるしかない。どうにかルシフェルを宥めてくれ。いつものルシフェルに戻してくれさえすれば、あとはもう、ルシファーは何も言わない。
 サンダルフォンのことを認めない以前に、認めざるを得ない。
 ルシフェルにはサンダルフォンが必要不可欠だ。
 酷いものだった。
 思い出しても、頭が痛くなる。
 1日目は出社をしてこなかった。起業して以来10年近く、初めての事だった。なにかあったのかと心配と不安を抱く程度の情を持ち合わせるのは家族の中でも、弟であるルシフェルに対してだけだった。携帯電話に連絡をしても留守電に繋がるだけだった。メッセージを送っても既読がつくことはない。ルシフェルだけでなく、癪であるがサンダルフォンにも送っても同じ事だった。
 ルシファーがサンダルフォンを嫌悪するように、サンダルフォンもルシファーを苦手としている。とはいえ、無視をするような無礼なことをサンダルフォンはしないこともルシファーは知っていた。
 二人して、連絡がつかないという事態は異常だ。
 事件か事故か、巻き込まれたのではないかと嫌な予感を覚えた。予定をキャンセルさせてルシフェルの家を訪れれば、ルシフェルは怪我も病気もなく、ほっとしたもののならばなぜ連絡をしてこないのかと今度は怒りを抱いた。
「……連絡を、まっていた」
「誰から」
「サンダルフォンから」
 ルシフェルの消え入りそうな声に、ルシファーは何を言っているんだと呆れた。お前たちは一緒に暮らしているのだろうと、散々に惚気ていただろうと言えばルシフェルの顔が歪む。
「サンダルフォンが、いない」
「……出掛けているのか?」
「いないんだ、どこにも」
 そういってルシフェルが差し出したのは、チラシの裏に書かれた置手紙だった。さようならと、簡潔に書かれている。どう見ても、一方的な別れである。
 ルシファーはサンダルフォンについてルシフェルの贔屓目の入った話でしか知らない。ルシフェルの話が先入観としてあり、どうしても弟を誑かして自堕落に生きているヒモ、としか思えないでいた。だからこそ、サンダルフォン側から別れを切り出したことに驚いていた。
「今日は有休にしておいてやる。明日から出勤しろ」
「……私のどこがダメだったのだろう」
「お前にダメなところなんてない。お前は完璧だ」
「ならばなぜ、サンダルフォンは出ていった?」
 安穏とした生活を自ら手放すような無謀をなぜ選んだのか。ルシファーは知りたくもないし、考えたくもない。
「…………私のつくる料理は口に合わなかったのだろうか。それとも掃除が不完全だったのか……洗濯物に触れてほしくなかったのだろうか」
「アイツがお前にさせたのか」
「私が自主的にしている」
 ルシフェルの言葉に、ルシファーは眉を寄せる。ルシフェルはルシファーの片腕的存在であり、多忙だ。とてもそのような時間はないはずだ。
「サンダルフォンは家にいてくれるだけで良かった。家事をしてもらうために共に住むわけじゃない。サンダルフォンが喜んでくれるなら、むしろサンダルフォンのためと思えば苦ではなかった」
 ルシファーは、少しだけサンダルフォンに同情を抱いた。同時に、我が弟ながら、同じ教育生活環境にありながら何故このような思考回路に至ったのか理解が出来ない。いっそこのまま別れた方が互いのためになるのだろうと思う。

 二日目も出社することがなかったルシフェルに連絡をすれば、今起きた、などという。寝坊などするルシフェルは初めてだった。午後からでもこいと命ずれば、平坦とした声でわかった、とだけかえってきた。ひどく、心配だった。
 午後になってルシフェルがきたものの酷い装いだった。ジャケットは型崩れしてシャツはしわだらけのヨレヨレ、ネクタイの結び目は酷い。いつも自分でやっているのだろうと言えば「やり方を思い出せない」などとのたまう。
 失恋による健忘なんてものがあるのかとルシファーは少しだけ調べてしまった。

 三日目にしてルシファーの我慢が限界を超えた。
 あまりにも、ミスが多すぎる。弟としては許容してきたものの、社会人として致命的だった。今までのルシフェルの評価から「体調がすぐれない」と思われており部下が献身的であり、ミスは内々で処理をされている。実情は知らされていない。それもいつまで続くかわかったものではない。時間の問題だ。
 サンダルフォンを探す、などという断腸の思いで、苦渋の決断をくだした。たかが失恋だ、時間が癒すだろう、とは思えないほどにこのままでは死んでしまうのではないかと憔悴しきって日々弱っているルシフェルを哀れ、と思ったのではない。ただ、自らの片割れであるにも関わらずあまりにも劣化していく姿に腹立たしさを覚えたのだ。
 ルシフェルが死ぬのが先か、サンダルフォンが見つかるのが先かという時間勝負かとルシファーはうんざりとしながら部下であるベリアルに連絡をした。こういうの契約内容にないよねと言いながらもベリアルはといえば、ルシフェルが弱り切った様子を楽しそうにしてサンダルフォン探しを始めたものだった。
 それから、呆気なくサンダルフォンは見つかった。
 虱潰しになるだろうと、時間が掛かるだろうと覚悟をしていた。ガセではないのかとベリアルを胡乱に思いながら潜伏しているホテルを見上げてみれば、のこのことターゲットが出てくるのだから、ルシファーは肩透かしを食らった。それからベリアルを呼びだしてサンダルフォンを確保して、拘束すると車の後部座席に詰め込んだ。鮮やかな拉致である。通報をされなかったのはベリアルがしきりに「兄ちゃんが悪かったから」などと言っていたからだろう。ベリアルとサンダルフォンは顔を会わせるのは初めてであるが、兄弟と言っても信じてしまうほどに似ていたことが幸いだった。
 確保したサンダルフォンを見下ろしながら、これでやっと平穏を取り戻せるいつものルシフェルになるだろうと、既に復縁を確信していた。



「私に至らない点があれば言ってくれ、きっとなおすから、どうか捨てないでくれ、どこにもいかないでくれ」
 お願いだと縋りつくルシフェルにサンダルフォンは訳が分からない。至らない点なら、寧ろ自分の方だろう。それを伝えたいのに、ガムテープが口をふさぎ、そのガムテープを剥がしたいのに手は縛られている。ならば剥がしてもらおうと思ってもルシフェルときたらサンダルフォンに泣き縋るだけだから、どうしようもない。
「きみがいないと、何もできない。きみがいないと、生きていけない」
 泣き縋るルシフェルに、サンダルフォンはそんなわけないと思ってしまう。なのに、背中に腕を回してやりたいな、なんて思った自分はまだ、この泣き縋ってどうしようもない男が好きらしい。
 とりあえずガムテープを剥がしてもらったら、今まで思っていたことを全部ぶちまけてやろう。サンダルフォンはそう誓って、胸に縋り付くルシフェルにそろそろ離れてくれと思いを込めて見つめた。

Title:約30の嘘
2020/11/10
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