黒子にとっても本意では無い再会だったのだろうと思う。
10年前に忽然と姿を消した元チームメイト。お互い苦手感情を抱いていたけれど、緑間自身も、黒子自身も決して嫌い合っていた訳ではない。どんな屁理屈かと言われるかもしれないけれど、苦手と嫌悪は異なるものだと考えている。
キセキの世代なんて厳めしい名称を付けられた5人は酷く浮いた存在だった。中でも緑間は一際浮いていた。10年という月日の中で大人になり、(昔と比べて幾分にも)素直になった今ではその理由も分かっている。口に出るのは思っている事とは裏腹な嫌味なものばかりで、何時も手元にはラッキーアイテム、人づきあいも下手で、キセキの世代と言われる問題児の中でも一際コミュニケーション能力に欠如していた。黄瀬はモデルという役柄で人づきあいも難なくこなすし、一見問題あるような青峰も桃井という緩衝材があった、人とは異なる次元に生きているような紫原はそもそも他人に関心を示さない。赤司は緑間と似た気質であったけれど、それを隠すのが上手かった。
きっとキセキに一番依存していたのだと思う。
「きっとこれが必要なのは赤司だろう」
緑間は随分と変わった。青峰も黄瀬も紫原も、変化があった。それは良い傾向で、世界が広がるということを知った。けれども赤司は違う。赤司の時間は10年前の中学3年生のあの時で止まっているのだ。
本当は決してしてはいけない、黒子茜の個人情報の書き留めを赤司に渡さなければと何処か使命めいたものを感じる。
明日は3年振りかに、全員の都合が良い日で会う約束をしていた事も何かの運命なのかもしれない。
飲み会の幹事には黄瀬が任されることが多い。其の日も黄瀬が選んだのは個室の設えてある居酒屋だった。やや値段は張るものの、料理の味も取り扱っているアルコールの種類も多いため、好みが異なる連中で飲むにはもってこいの店だ。
酔い潰れた青峰を桃井がふらふらとしながらも支え、その青峰に潰された黄瀬を紫原が鬱陶しそうに支えている。赤司は日本酒を片手にそれを笑っているだけだ。
赤い顔をして呂律も回らない口で黄瀬は「あとはたのんらっすよー」と言って騒々しく紫原に連行されていった。
4人が居なくなると個室は伽藍とした静けさに包まれた。
その静寂を破ったのは赤司だった。
「何か言いたいことがあるんじゃないのか」
当初から緑間は何処か余所余所しいような、何かを言いたそうにしていた。何時もは遠慮も何もしない奴だというのに、と赤司が訝しがるのも無理はなかった。緑間もまた、何時切り出せば良いのかと悩んでいた。赤司が来た折りに言いだそうと思えば赤司は店に来る途中で会ったと紫原と共に現れるし、そのまま早々に青峰と桃井、黄瀬が来てしまうしで切り出す暇もない。
そもそも黒子のことなのだから全員がいる時に切り出すのが良いのではないのかと思うも、どうにもそれは憚れた。というのも、黒子のことは自分たちの中で口にしてはいけないタブーといつの間にかなっていたのだ。だからこそ、赤司が1人になるタイミングを窺っているうちに4人は帰ってしまうしで、その後のフォローを考えて緑間は口を噤んでしまっていた。
沈黙に耐えかね、重々しく緑間は口を開く。
「黒子に会ったのだよ」
琥珀と緋色の眼が見開かれる。
「どこで」
「俺の勤めている病院だ」
「黒子はどこか、悪いのか」
其処まで喋ったところで、言って良いものかと緑間は一瞬ばかり躊躇う。
「黒子自身は何ともないようだった」
「そうか」
安堵したようなそれでいて複雑な顔色の赤司に、緑間は続ける。
「カルテを見る限り結婚はしていないようだが、息子がいる」
絶句する赤司に緑間は鞄から取り出したメモを渡す。
「連絡するもしないも、お前の意思なのだよ」
個室に1人赤司を残して緑間は店を出た。どうにもフォロー下手だと高校時代の相棒に散々言われたため、此処で何か言うと赤司が死んでしまうのではないかと思ったのだ。それにあれ程感情を露わにする赤司に対して何か言ってもどうせ伝わりはしない。結局、赤司には何も聞こえてはいやしないのだ。
1人残された赤司はメモ用紙に書かれている文字を見ながら何処かぼんやりとして、考えた。
生きていることの嬉しさと子どもがいるという口惜しさ。訳のわからない、混ぜ合わさった感情がせり上がる。