ピリオド

  • since 12/06/19
 週末を楽しみにしていた。態度に出ていたのだろう。友人たちにはデートだと見破られて、そんなに分かりやすいのかと恥ずかしく思った。だけど、中々時間が合わない人なのだから、浮かれたって仕方ないだろうとサンダルフォンは半ば開き直って言い返した。
 学生であるサンダルフォンと、社会人であるルシフェルでは時間が合わずに、すれ違うことが多い。休みが重なったのは三カ月ぶりのことだった。サンダルフォンは試験もなければ学校行事もアルバイトもなく、ルシフェルも休日出勤や出張が入っていない。
 たったの三カ月である。
 サンダルフォンもルシフェルも、数千年を生きた記憶を所持している。常人であれば狂いかねない膨大な記憶の中で、二人で過ごした時間は、僅かだった。恨みながら、後悔しながら、思いを馳せながら、そのわずかな時間を胸に、二人は孤独に想い合いながら、そして人として生まれた。
 もはや孤独ではない。
 毎日のように通話をしているし、メッセージを送り合っている。
 それでも、周囲は、三カ月も会わないなんて信じられないと、浮気をされているんじゃないかと心配をしてくる。余計なお節介だと、心配なんて気にも留めていない。浮気なんてする人じゃないし、するわけがない。会えないことに対して不安も不満もなく、ただ、淋しい。
 通話や、メッセージも終えて一人になったとき、たまらない孤独におそわれる。会いたいと思う気持ちが募っていく。
 二千年を耐えたのに、たった三カ月が、耐えられないほどに弱くなっている人間としての自分が、おかしくて、淋しくて、サンダルフォンはベッドに横になる。
 楽しみで、寝付けない。子供のような自分に困りながら、早く寝ないととサンダルフォンは目を閉じる。ごろごろとしているうちに、ピピピという不快音に意識が浮上した。起きて早々に、呻く。締め付けるような頭痛と、込み上がってくるような吐き気、そして下腹部の鈍痛。
 どうして、よりにもよって今日……。
 体質なのか、どれだけ規則正しい生活や食生活を心掛けても周期が不規則だった。加えて前兆はささやかなもので、サンダルフォンは見落とすことが多かった。
 サンダルフォンは痛みに呻きながらアラームを止めた。
 ずきずきと痛む下腹部を抑えながら、時折息を忘れるほどの痛みに呻き声をあげて、どうにか市販の痛み止めを取り出して口にする。多少は、和らぐだろう。今日は一日、手放せないなと思いながらサンダルフォンは鈍痛を訴える下腹部を摩る。どうして自分はこんなにもタイミングというものが悪いのか。サンダルフォンは悲しくなった。暫くしてから立ち上がると、学生服の隣に掛けていた服を手に取った。この日の為にと新しく買った服に着替える。おかしくはないかと、鏡の前の自分を見れば青白い顔をしていた。
 鞄の中に薬が入っていることを確認してルシフェルを待つ。出掛ける際にはいつも、ルシフェルが送り迎えをすることになっていた。当初は待ち合わせをしていたがその度に待ち合わせ場所で、ルシフェルが女性だけでなく男性に囲まれる姿にサンダルフォンはやきもきとした。ならば自分が先に待っていればと思っても、ルシフェルより早く待ち合わせ場所に着いたのは数える程度である。その内に、徐々に待ち合わせの時間が早まってしまい、待ち合わせの意味がなくなり、ルシフェルが迎えに来るようになってしまった。自分が余計なことをした所為でと申し訳ない気持ちでいっぱいになるサンダルフォンに対して、ルシフェルは気にしていないどころか、最初からこうすれば良かったのか、と天啓を得たかのような気持ちになっていた。
 チャイムの音に玄関へと向かう。覗き穴を確認してから、扉を開けるや穏やかな微笑が、困ったような顔になっていくルシフェルに、サンダルフォンはどうしたのだろうと声を掛ける。
「ルシフェル様?」
「顔色が悪い。今日は出かけるのは止めておこう」
「そんな……薬は飲んでますし、問題ありません」
 大丈夫です、とアピールをするサンダルフォンにルシフェルは悲しい顔をするだけだった。食い下がっていたサンダルフォンも、悲しい気持ちに、しょぼくれて、肩を落とす。情けなくて、申し訳なくて、死にたくなった。ずんずんと痛みを訴える下腹部が憎くて仕方ない。ぎゅっと、この日のために買ったばかりの服を握りしめる。
「……っ」
 途端、息を忘れる激痛にサンダルフォンは呻く。ルシフェルは慌ててサンダルフォンを抱えると、勝手知ったる家へ上がり込んだ。
 サンダルフォンの両親は仕事で忙しく、家を空けることが多いとルシフェルも知っていた。一人は慣れている、というサンダルフォンに、それでも両親の不在時に何かあったらと思うと心配でたまらないでいる。
「申し訳ありません」と青白い顔で謝罪をするサンダルフォンに「気にすることは無い、何かしてほしいことはないか?」と問いかける。サンダルフォンは迷ってから、ぎゅっとしてくださいと、常になく、弱気に甘えてくるから、ルシフェルは戸惑った。
 サンダルフォンの部屋に入ったらどうにかなってしまいそうで、リビングのソファに、サンダルフォンを膝に乗せその後ろから抱きかかえて座る。
「横にならなくていいのかい?」
「はい……重くないですか?」
「軽いよ」と返しながら、抱えるサンダルフォンの薄い腹を摩った。
 和らいだ痛みにほっと息を吐き出しながら、サンダルフォンは改めて、人間の女はすごいと思っていた。今や自分も人間の女であるのだが、連綿と命を紡ぎ続ける人間の構造に称賛を送る。
 そもそも生殖機能が備えられていない、作られた命であったサンダルフォンにとって、生物の肉体については、知識としてしか記憶になかった。特異点率いる騎空艇に身を寄せるようになり、生理現象に苦しむ女性に対して、人間の構造的欠陥だなとしか思わないでいた。痛みだなんだと、ナンセンスだと思っていたが、サンダルフォンは今になって、彼女達の気持ちが痛い程によくわかる。もっと寄り添ってやればよかったと後悔を覚える。
「……止めることが出来たらいいのだが」
 ルシフェルは苦しむサンダルフォンに対して言った。やましい気持ちは微塵もない。男であるルシフェルには、サンダルフォンが感じている辛さや苦しみに共感することは出来ない。見ていることだけしか出来ない自分に、出来ることがあったら、あるいは気を紛らわせることができたら、という善意であった。
「卒業したらお願いします……ルシフェル様?」
「…………頑張るよ」
 腹を摩る手が止まった。
 何を頑張るのだろうかと、サンダルフォンは不思議に思った。しかし、自分を忘れるな! と言わんばかりに自己主張を始めた痛みにうう……と呻き声をあげてしまう。ルシフェルは、少しだけふれるのを躊躇ってから、薄い下腹部に触れ、摩る。ルシフェルの大きな掌にサンダルフォンは安心感を抱きながら、しくしくとする下腹部を鬱陶しく感じ、眉を寄せた。
 自分が口走った内容に気付いて悶絶したのは、心配をするルシフェルを見送り、痛みが和らいだその夜、眠りに就こうとした寸前のことだった。

Title:馬鹿の生まれ変わり
2020/11/03
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -