ピリオド

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 しんと、静まり時折吹く風がざわざわと木の葉を揺らす。生い茂った木々で空は小さく、昼間であるはずなのにどろどろと薄暗く、肌寒い。ルリアはきょろりと周囲を窺い、口を開いた。
「もういない、みたいですね」
 ビィは楽勝だったなとニッと笑ってお疲れさん!! とグラン達を労わる。ふうとグランも一息をついた。
 立ち寄った島で、魔物の所為で困っているのだと聞くや放っておくことは出来ずに、ならば自分たちがと引き受けた討伐に、思いのほか手こずることになってしまった。魔物自体は凶悪なものではない。どこでも見かけるような類であり、慣れた相手であるのだが、次から次へとうじゃうじゃと湧いて出る様に現れるものだから、中々に時間が掛かってしまった。
「やけに多かったな……」
 依頼への同行を買って出たサンダルフォンがうんざりと言う。当然みたいに、サンダルフォンについてきたルシフェルは倒れている魔物を確認していた。
 きりがなく、いっそここいら一帯を一掃してしまおうかとサンダルフォンは、何度となくちらりと過った。ルリアはあはは……と困ったように力なく笑ってから首を傾げ、疑問を口にした。
「どうしてこんなに増えちゃったんでしょうか?」
「この島において天敵がいないことと……あとは豊富な食料だろう。見たところ、今年は豊作であるようだった」
 ルシフェルの推測に、ビィはああだからかぁと呑気に納得して頷いている。
 食料調達のために覗いた商店で、驚くほど安く購入することが出来た。寧ろ助かる、とまで言われておまけまでしてもらったぐらいである。
 眉を寄せて、サンダルフォンは考え込む。
 進化を司り進化を管理をする機構は最早、存在しない。
 空の世界に、天司が管理をしていた力を還元したのは、昔のことではない。ルシフェルから託され、天司長となったサンダルフォンの命令により、異論もなく、四大天司の力も、空の世界へと返っている。それらの影響は少なからず、あるのかもしれないと、ふと、考えた。
「……空の世界に生きる者達が越えなければならない試練だ。島に住む人々と、そして獣達。……どちらが悪で正義かではない」
「なら……私達のしたことは……」
 ルシフェルの言葉に、ルリアは、自分たちが関わってはいけないことだったのではないかと、お節介だったのではないかと不安を抱く。そんな心配に、ルシフェルはゆるりと首を振った。
「討伐は、この島に住む人々の選択の一つだ。その結果を、君達が負うことはない」
「だけどよぉ」
「それに今回だけの問題ではない。いずれ、また、繰り返される。その時に再び同じ手段にでるか、別の手段を講じるか。あるいは……共存を目指すのか」
 発する不穏な言葉に反して、ルシフェルは穏やかな顔であった。視線の先にはサンダルフォンが微苦笑を浮かべている。 
「……街に戻って、報告をしよう。日が暮れる」
「そうだね、帰ろうか」
 サンダルフォンの言葉にグランは首肯すると剣を収める。それから、不意にぴりりと走った痛みに腕を見下ろした。
「……先ほどの戦闘で怪我をしたのか? 見せてみろ」
「薬箱を使うほどじゃないよ。この程度なら舐めたら治るって」
 ほとんど無理矢理に手甲を外される。怪我をした記憶はなかったのだが、流血とまではいかずとも、擦りむき、皮膚の上からじんわりと血が滲んでいる腕をサンダルフォンがとる。
 薬箱に対するその絶対的な信頼感ってどこから来るんだろうとグランは苦笑した。
 後で傷口を洗っておこうと考えるグランにサンダルフォンは不思議そうな顔で繰り返す。それは、サンダルフォンにとって未知だった。
「なめたらなおる……?」
 ぎゃあ!! という悲鳴にルリアとビィは肩を震わせて振り向いた。二人は、背を向けていたからグランとサンダルフォンのやり取りを見ていない。まさかまだ魔物がいたのかと周囲を警戒する。ぴりぴりとした緊張を感じ取ったみたいに、肌が粟立つ。
 しかし周囲を窺っても魔物の気配はない。ならば、この痛いくらいの緊張はどこからなのだろうとルリアとビィは顔を見合わせて首を傾げる。
「あ、すごいな。本当に治った」
 てらりとした表面には擦傷したような面影はない。サンダルフォンは驚きながらも満足気にグランを見る。グランはといえば、あわあわと混乱している。
 なめたら治る、なんてただの比喩だ。その程度の傷だということだ。そもそも傷口はなめちゃいけない。
 じ……と無言の視線が突き刺さる。痛い。傷なんてどこにもないのに痛い。
「ち、ちがうんです」
「違ったのか?」
 でも治ったぞ、と首を傾げるサンダルフォンにそうじゃないんだよと、グランは慌てて訂正する。サンダルフォンは訳が分からないグランの様子に、怪訝に眉を寄せて問い詰める。しかし、グランはそれどころではない。なんせこちらを真顔で見詰めて来る前天司長がおっかないったらない。
 ルリアとビィはそんなルシフェルに気付いた様子もない。なんで気付かないのだろうとグランは少しばかり羨ましく、助けてほしいと視線を送る。
 サンダルフォンはといえば、ルシフェルに気付いた様子もなく言われた通りにしただろうと、やや不貞腐れている。同時に、なめたらなおる、という治療法を興味深く感じていた。長い時間をかけて空の民が得た治療方法なのだろうと、勘違いを深めている。
 自分にだけ掛かっている圧の重苦しさったら、グランでなければ圧死していた。グランも圧死しそうになるのを健気に、どうにか耐えている。
「サンダルフォン」
 人を圧死させようとしたというのに声には億尾たりともその片鱗を感じさせない。静かに声を掛けられたサンダルフォンはといえばグランの腕をとったまま、なんでしょうとルシフェルを見つめる。気配を感じないままに接近をしていたことに。グランはぞっとした。
「空の民と我々は、造りが異なる」
 言外に、たしなめられたことを感じ取ったサンダルフォンがしょぼくれる。申し訳ありませんとルシフェルに告げると、今度はグランに向かって悪かったというのだ。グランはといえばふるふると首を振るしかない。怪我は実際に治っているのだ。ありがとう、と言えば良かったのだろうけれど、しかし。
──特異点、次はない。
 冷やかな視線と直接、頭の中に掛けられた言葉に、勿論ですともとグランはこくこくと必死に、首を縦に振った。

2020/10/27
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