ピリオド

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 所有権が移行したのは、いつものように、穏やかな陽気が降り注ぐ日だった。
 他人事のように、ぼんやりと、覆ることのない決定事項を耳にした。淡々と説明をする天司長に対しての憎悪も怒りも、無くなっていた。自分という存在は、その程度でしかないのだということを、思い知らされる。
 廃棄でも、愛玩でもない。
 放棄。
 無様に、捨てないでくださいと縋れば、手を差し伸べてくれたのだろうか……と今更なことかと、馬鹿馬鹿しいことを考える、その上、サンダルフォンと呼ぶ声だけが耳朶に痛いくらいに響いた。鼻の奥がツンと痛んだのは勘違いであれと、願うしかない。
 所属が移行されたとはいえ、役割は与えられない。それどころか、廃棄が決定づけられたのだろうとサンダルフォンは覚悟している。
 なんせルシファーだ。
 合理主義の塊のような男だ。冷酷で冷徹な研究者たる男が、慈悲や憐憫なんていう感情論で、無意味で無価値な存在を生き永らえさせるわけがない。
 不用品とはいえ、天司長ルシフェルによって作られた。末端の研究者に処分させるには危険性が高い。サンダルフォンは、歯噛みする。
 どうせならば、せめて、あの御方の手で最期を迎えられたならばと、願ってしまった。せめて、叶うならば、あの威光の、小さな疵になればと、サンダルフォンは己のコアに力を注ぐ。
 本来ならば、外へ放出させるべきエネルギーがコアに集まる。心地よいほどの、暴力的な熱と痛み。コアが軋む。
(これで、もう、なにも──)
 サンダルフォンは苦悩から解放されると、確信をして、
「何をしようとした」
 コアに渦巻いていたエネルギーが消え去る。サンダルフォンは何が起こったのか、分からずにいるしかない。そんなサンダルフォンに、無機質な声が注ぐ。
「ふん……自壊か。俺は許可を与えていない」
 なぜ、この男の許可がいるのだとサンダルフォンは訳が分からない。廃棄と、自壊の違いなんて些細なことだ。それに、別にサンダルフォンは何もかもを滅茶苦茶にすような自壊を選んだわけではない。ただ、自らの動力エネルギーを破壊しようとした。ただそれだけだった。誰の手にも、邪魔にも、ならないようにした。
 なにが、いけなかったのだろう。
 呆然としているサンダルフォンの姿にルシファーは舌打ちを零した。
 ルシファーは、己に向けられる評価を客観的に理解をしている。好かれようとなんて思ってもいない。嫌われようとも興味を持たない。寧ろ、己の振る舞いを好ましく思うような者は破綻者だ。その破綻した人格を有しているのが、己が手掛けた作品の一つであった。
 他者からの評価なんて、どうでも良い。
 見捨てられたという不信と、廃棄という恐怖に怯えていることに気付かないルシフェルに、ルシファーは呆れた。それでいて愛玩にもしないのだから。だから、その程度の価値なのだろうと、ならばとサンダルフォンを自らの所有にしたに過ぎない。
 別段に、サンダルフォンという個体に思い入れはない。
 天司長のスペアとして不用という判断は覆ることはなく、そして天司長の麾下としても無用であるから、ルシファーは自らの麾下へと加えたに過ぎない。駒はあるだけあれば良い。それだけのこと。だから、邪推したように「本当にそれだけかい?」なんてニタニタと笑う補佐官が不快だった。
「お前は俺のものだ、勘違いをするな」
 サンダルフォンという個体は、ルシファーの管理下に置かれている。もはや何一つとしてサンダルフォンの意思は反映されない。自壊も、許されない。自壊なんて、させるつもりはない。そんなことのために、所有をしているのではない。自壊が出来ない状況になぜ、と心非ずにつぶやく姿にルシファーは胸を撫でおろして、そして自身がなぜ胸を撫でおろしたのかと疑問に思ったものの、些事であるから追及はせずにいる。
 サンダルフォンのコアに細工を施したのはルシファーだった。万が一にと、コアに保護を掛けたのは、ルシファーに他ならない。過保護と言われようが、ルシファーは無駄が嫌いなのだから、これは、仕方のないことだ。その過保護で、今回は未然に防げたのだ。
 勘違いに過ぎないのだと、言い聞かせる。
 自壊を防げたことを安堵したのは、呆然としている姿に胸を撫でおろしたのは、自壊をしようとしたことに怒りを覚えたのは、用途があるからだと、最早、誰に対するものなのかも分からない言い訳であった。
 サンダルフォンは、ルシフェルが手掛けた唯一の天司であり、容量を含めて他の天司とは一線を画する。器として有用である。ただ、本来の用途には無意味でしかないだけだった。最高傑作に、不測の事態なんて懸念は不要でしかなかった。
 もしも、なんて無意味な想像を描くならば。
 サンダルフォンが、もしも四大天司が造られるよりも早くに作られていたならば、天司長の副官として、その能力を存分に発揮していたのだろう。天司長の隣で、支えたのだろう。ルシフェルの、隣でなんて想像をして、不快感が込み上がる。
 それが嫉妬であるだなんて考えに至ることはなく、ルシファーは絶望するサンダルフォンを見下ろしてから、部屋を出る。立入禁止区域として指定している部屋の権限はルシファーにある。
「友よ、サンダルフォンは?」
 帰還の度に問い掛けて来るルシフェルにルシファーはうんざりとする。
「聞いてどうする。お前に、何ができる」
「それ、は……」
 ルシファーは呆れる。やはり、これが正しい選択だ。ルシフェルにとって、サンダルフォンは有害でしかない。あり得ないはずの行動を起こさせる。何れは、ルシフェルの記憶から削除することも視野にいれなければならない。
 今のところ、稼働に支障はないとはいえ、あまりにもしつこく、苛立つ。
「あれは最早、お前の麾下ではない」
「だが、彼を作ったのは私だ」
「だから? それだけで経過報告が必要なのか? その程度の理由で所在を知る必要があるのか? ……くだらん。アレの譲渡に同意をしたのはお前だろう」
 天司長にとってサンダルフォンという天司は不用でしかない。役割を与えることが出来ず、役割を果たす機会も、与えることはできない。そもそもそんな機会が訪れることはないのだ。
 天司としての価値を、天司長はサンダルフォンに与えることはない。
 だから、ルシファーに譲渡をされた。
 たったそれだけのことでしかない。
 サンダルフォンの扱いに、今更、ルシフェルの許可は不要だ。だって、サンダルフォンはルシファーの所有物なのだ。

Title:馬鹿の生まれ変わり
2020/10/23
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