何時もは真っ先に席を立ち大きな声でペラペラと捲し立てるように喋る女子生徒が珍しく席に留まり、じっと茜を見ていた。その女子生徒と茜は隣の席というだけで文房具の貸し借りをする程度で、親しい訳ではない。
じーっと、そろそろ鬱陶しいなと茜が思い出したところで口が開かれる。
「黒子くんって、赤司さまに似てるよね」
「赤司さま?」
「知らない?棋士なんだけど、すごい格好良い人なんだよ」
「なんで、さまなんて付けてるの」
「んー・・・分かんない、雰囲気じゃない」
隣の席の女子との何気ない会話だ。赤司さまなる人に少しだけ興味を持った。
「この人だよ」
そう言ってこっそりと持ち込んでいる携帯電話の画像フォルダを見せる。それを見てつい茜も思わず、
「似てる、ね」
「だよね」
彼女の中では随分前から思っていたようで、すっきりとした様子だった。茜も自分とそっくりな人間がいたことに驚きつつも『同じ顔は世界に3人はいる』なんて常套句を思い出していた。
「赤司さまっていう人に似てるって言われたんだ」
夕飯の折りにそう言ってみた。ちなみに今日のメニューは、肉じゃがと小松菜のお浸しに豆腐とわかめの味噌汁だ。黒子の料理の腕前は中学時代を知る人が見れば驚くほどに上達していた。得意料理は相も変わらず「ゆでたまご」とドヤ顔で言うけれど。
芸能人の話題に疎い黒子には分かりっこないだろうなんて思っていたのだ。けれども、反して黒子はぽろりと箸を落としてしまう程に眼に見えて動揺していた。
その様子に茜も驚いてしまう。どうして其処まで驚くことがあるのだろうと茜が思うのは当然のことだった。
「父さん?」
「あ、いえ、大丈夫です・・・そうですね、似てます」
「うん。俺も吃驚した」
話題に失敗した。茜がおそるおそる様子を窺えば何でもないような素振りをしながらも、未だ動揺している黒子が箸を洗うため背を向けていた。
(赤司征十郎)
聞いても居ないのに隣の席の例の女子は赤司の情報を茜に伝えた。棋士という職業を知らない茜にとっても、赤司の経歴はヘンテコだと思う。バスケからどうして棋士なのだか、全く分からない。そんなことを考えた所で、そういえば父さんの学生時代って知らないなと思った。
(父さんの年齢を考えれば15で俺を産んだということか・・・やっぱり聞くべきじゃないことだな)
黒子からは「母親は亡くなった」と聞かされていた。それを信じたことは、実は一度たりともない。亡くなったのならばどうして仏壇が無いのか、どうして墓参りに行かないのか、どうして。挙げればきりの無い要素だったけれど茜も口には出さない。
男性妊娠体ということを知らなければ、母親は自分を捨てたのだと思い込んでいたのかもしれない。
「他人の空似にしてはやっぱり似過ぎだよ」
「またその話?」
「気になるじゃない。お母さんが親戚なんじゃない?」
「馬鹿なこと言うなよ」
「怒んなくたっていいじゃない」
言い逃げするように、彼女は仲の良い女子のグループの輪に入っていった。残された茜はムッとしながらも、図書室で借りた本を取り出して心を落ちつかせるように文字に集中する。読書が唯一の趣味だという黒子の影響だった。けれども、ちっとも落ち着かない。ちらちらと先ほどの科白がそれを邪魔する。
(そんなわけ、あるはず無い)
茜の知る限り、黒子と赤司の共通点は年齢くらいだ。それでも何処かで予感めいたものを抱いた。
黒子の帰宅は6時前後だ。スーパーで買い物をするならばもう少し遅れるし、その旨をメールで連絡する。家に真っすぐ帰れば2時間は1人の時間だ。
茜はしてはいけないことなのだと分かりつつも、黒子の貴重品入れに触れる。襖の下段に数個連なっているプラスチックのケースを確かめるうちに、それを見つける。長方形のそれはクッキーの入っていた空き缶だ。慎重に、中身を探す。
(通帳、診察券、履歴書・・・薬、それから・・・)
一番下にそれはあった。
「生徒手帳」
其処には学校法人帝光中学校と書かれていた。それだけを知れたら良かったというのに、不意に覗いた出歯亀のような好奇心は、開いてしまった。
待ちわびていたかのように、一枚の写真がひらりと舞う。