ピリオド

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──違う。失敗だ。
 それは、サンダルフォンが稼働して最初に掛けられた言葉だった。
 目覚めたばかりのサンダルフォンを前にして、創造主たるルシファーが口にした。失望を吐き出した言葉は呪いのように、刻まれた。
(俺は、失敗作なのか)
 創造主の言葉は絶対だった。
 失望されたということは、期待をされていたということ。自分は、創造主を裏切った。望みではなかった。そんなサンダルフォンに、ルシファーは天司長という立場を与えた。
「なぜ失敗作の俺に?」
 抱いた疑問を口にすることは出来なかった。意図を、理解できない。それこそが、自分は失敗作なのだろうと実感してしまう。

「ここにいたのかい天司長」
「天司長って呼ぶな」
「それは無理な相談だ。キミは天司長だろ?」
 不貞腐れた顔をするものだから、呼びかけたベリアルはやれやれと肩を竦める。天司長という立場になってどれだけの歳月が経っているというのか。今や数多の天司を率いる立場であるにも関わらず、天司長と呼ばれることに不慣れでいる。今更なことだとベリアルが言っても、頑固に、意固地になっているのか、不満顔だ。
 白い回廊を並びながら歩く。
 同時期に作られた。サンダルフォンが天司長として命じられたときには、副官として任命されていた。それも過去のことだ。今やベリアルは、研究所所長となったルシファーの補佐官である。サンダルフォンは、ルシファー直属に引き抜かれたベリアルが羨ましく、なぜ、自分ではないのか、と思ったのだが、失敗作なのだから仕方ないことかと、傷を広げるみたいに思いなおした。
「ルシファー様はお元気か?」
「ああ、元気だよ。元気過ぎて研究が捗って……と、俺に聞くくらいなら会いに来ればよかっただろう?」
「訪ねる、理由がない。迷惑になる」
「ファーさん喜ぶよ」
 何を言ってるんだかと、戯言に呆れる。ファーさん、なんて呼びかけるベリアルは怖いもの知らずだ。サンダルフォンにはとても真似できない。仮にファーさん、なんて呼ぼうものならば即刻、廃棄であろう。ぞっとしない。
 想像して、ぶるりと震えるサンダルフォンをベリアルが怪訝に見つめた。サンダルフォンはなんでもない、と言いながら指定された研究室へ向かう。

「何の話なのか、お前は聞いているのか?」
「いや。俺も知らない」
「お前も?」
 驚くサンダルフォンに、ベリアルはおどけていった。
「補佐官だからって四六時中付きっ切りというわけじゃないさ」
 そういうもの、なのだろうかと思うしかできない。
「ところでミカちゃん達とは上手くやれているかい?」
 サンダルフォンは言葉に詰まる。
 ベリアルの抜けた副官という位置に収まったミカエルは優秀だ。そもそも四大天司として作られただけあって、他の天司に比べても性能は一際高い。だから、サンダルフォンはじりじりと、不安を覚える。ミカエルは何も悪くはない。ただ、サンダルフォンの己は失敗作なのだというどうしようもない劣等感が刺激され、動揺してしまうだけなのだ。
「やはり、俺は天司長には向いていないと思うんだが」
「またそれかよ」
 聞き飽きた! とうんざりと吐き出す。気まずそうにしているサンダルフォンはどうにも、自己肯定力が低い。天司長という立場を任され、少しはマシになるかと思えば余計に悪化している。
 本来ならばサンダルフォンの弱音は麾下の心配を煽るだけでしかないのだが、ベリアルが相手であることと、それから立入禁止区域で人がいないから、つい、不安を口にしてしまっていた。

 ちっとも解決されない話題を繰り返しながら、指定された研究室を前にして声を掛ける。
「ルシファー様、サンダルフォンとベリアルです」
「入れ」
 入室許可を確認して、足を踏み入れた2人は言葉を失う。
 薄暗い室内。白いローブを着た創造主と、向き合っているのは、そっくりな男であった。気配は天司だ。天司長であるサンダルフォンも、補佐官であるベリアルも知らない。
「彼らは?」
「現天司長サンダルフォンと、所長補佐ベリアルだ」
 声まで、同じである。
 先に混乱から抜け出したのはベリアルだった。
「ファーさん、説明してくれない?」
 ルシファーは鬱陶しそうに顔を向けた。はぁとため息を零すから、サンダルフォンはびくりと震えてしまう。
「ルシフェルだ。全ての研究を投じた、俺の、最高傑作だ。ルシフェルを天司長に就かせる。サンダルフォン、お前は」
「承知しました。今すぐに、でしょうか」
「段階的で良い。状況が整ったら報告しろ」
 サンダルフォン、と呼びかける気遣わしい様子を見せるベリアルがらしくなくて、笑ってしまった。
「ルシフェル、サンダルフォンに着いていけ」
 こくりと頷くルシフェルにサンダルフォンは戸惑いはあるものの、気持ちは晴れやかだった。

 サンダルフォンの後ろをついて回るルシフェルに、ルシファーは満足気だったがベリアルは不満を浮かべる。
「それで天司長でなくなったサンディは晴れてファーさん直属に?」
「ああ」
「言ってあげたの?」
「言わなくてもわかるだろう、アレは物分かりが良い」
 サンディほど、物分かりの悪い奴もいないと思うけどなとベリアルは思ったが口にはせずにいる。お前に何がわかる、なんて面倒臭い嫉妬にあてられるのは流石に御免であった。
 ただまあ、副官を務めた経験から、サンダルフォンが何やら妙な勘違いと自己完結をしたような気配をしたことは気に留めている。

「キミは、既存の天司よりも能力が高いのだな……」
「そう、だろうか」
 暴走した星晶獣を、ルシフェルは最小限の被害で排除した。称賛を投げれば、ルシフェルはぽやぽやとした笑みを浮かべた。
 創造主をして最高傑作と称されたルシフェルの基礎能力は恐ろしく高い。初期に作られたといえども、サンダルフォンの能力を瞬く間に追い抜いていく。嫉妬なんて湧くこともなく、流石だと感嘆してしまう。
「ルシフェルなら問題なく、天司長の務めを果たせるだろう」
 天司長という立場に固執していない上に、天司長なんて立場に相応しくは無いと自覚していた。本来ならばルシフェルがあるべき立ち位置に、偶然、収まってしまったに過ぎない。
 今まで、抱き続けてきた疑問の解答を得たような気がした。
 最高傑作だとルシフェルを紹介するルシファーは、サンダルフォンも、ベリアルも見たことが無い程に、嬉しそうであった。無邪気、と言うのだろう姿を見たことは、一度たりとも無かった。彼が求めたのは、ルシフェルだった。サンダルフォンが失敗ならば、ルシフェルは成功なのだ。
 サンダルフォンは失敗作。ルシフェルは、最高傑作。創造主が求めたもの。
 だから、せめてもと、命じられたまま、天司長としての立場を、最期の務めとして、引き継ぐだけだ。

Title:天文学
2020/10/10
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