ピリオド

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 コンコンとドアが叩かれる音に、サンダルフォンは顔をあげた。夜は更けている。非常識な時間だ。無視を決め込めば、いるのは分かっていると言わんばかりにコンコンと、繰り返されるノック音。迷惑になる、うるさいと、しつこさに根負けして、まったく、仕方ないと呆れた気持ちになりがらドアを開ける。ドアを開けるや否や、がばりと暴漢よろしく抱き着いてきた男は確認をするまでもない。サンダルフォンは一瞬だけ勢いにまけてよろめき、胸板につんのめれば、むんとした、アルコールの臭いが鼻についた。どれだけ飲んでいるのかと怒る気力は失せてしまう。
「さんちゃん」
 舌足らずに呼びかけて来る男に、サンダルフォンはうんざりとした気持ちになりながらも放り出すことは出来ない。物理的な問題だ。引き離せるならば早々にしているのに、ルシオときたら馬鹿みたいに力が強く、サンダルフォンを離さないでいる。
「おい、くるしい」
 くぐもった声での抗議に、ルシオは探るようにして、腕の力を緩めた。サンダルフォンは頭が痛くなるような不快な臭いから離れたことにほっとして、それから引きずるみたいにしてルシオを部屋に招き入れるとベッドに押し込んだ。廊下でいつまでも話し込んでは迷惑になるからだ。
 人であれば眠っている時間である。
 騒いで眠りを妨げるのは、しのびない。
 決して丁寧ではない、寧ろ乱暴な扱いにも関わらずルシオときたらニコニコ顔であったから、サンダルフォンは余計に不満になる。ルシオがちょっとでも不快そうな、嫌な気分を見せてくれたならば溜飲が下がるというのに。ざまあみろ、なんて気持ちになれるというのに。
 だというのに、態々ベッドの上に押し込んだのは、なんだかんだで冷酷にはなれないサンダルフォンの優しさである。
 我が物顔でベッドの上で寝転んでいるルシオは変わらず、笑みを浮かべている。
「さんちゃんの香りがします」
「やめろ。嗅ぐな。気持ち悪い」
 ふふふと笑うルシオに向かってまともに取り合ったって無駄なのについ、口にしてしまう。さっさと一人で寝てしまえと口にしたサンダルフォンに対して、ルシオは笑うだけだ。ルシオときたら厄介で、手はしっかりとサンダルフォンの腰布を握っている。そのうえで、無理矢理にはがそうとしたら目に見えて落ち込んで、いかないでください、なんて言うのだ。
「あの御方と同じ顔でやめろ」
 そう口に仕掛けたサンダルフォンは眉を寄せて不快感を浮かべながら、半端に開きかけた口を閉ざした。一瞬、わきあがった苛烈な感情はすっかり凪いで、ああ違うのだとまざまざと実感する。せざるをえない。この男は、あの御方ではないのだ。違う。別人。当たり前のことだというのに、どうしようもない、突き付けられた現実に、生きた心地を忘れそうになる。
「どうかなさいましたか?」
 ゆったりとした口調で尋ねるルシオに、サンダルフォンは首を振った。これはルシオだ。あの御方ではない。サンダルフォンはしつこいくらいに自分に言い聞かせなければ、勘違いをしそうになる。それでも、そっくり同じ顔がしょぼくれる様子を、無碍に出来ないでいる。
 諦めたサンダルフォンが渋々とベッドに腰かければルシオはにっこりと笑ってサンダルフォンを見上げた。何を嬉しがるんだかと思う反面、心に根付いている、求められたい、必要とされたいという欲が満たされてしまう。それから、嘘をつくなら最後まで付けばいいというのに、とはサンダルフォンは口にはしなかった。
「どれだけ飲んでいるんだ」
「わかりません、たくさんのみましたよ」
「だろうな。その様子じゃ」
 服にまで臭いがしみついている。
 ルシオは決してアルコールに弱いわけではない。ざるだとか、うわばみだとか言われる類の酒豪である。うわばみ、と評価されるとルシオは眉をひそめてしまうだろうが。一緒に飲み進めていた酒豪連中がつぶれるなかでもけろりとしている。要は、酔いというものを知らないのだ。
 酔わないから、アルコールが好きなのかと聞かれてもルシオは曖昧に笑うだけだ。
 だというのに酔った「ふり」をしてまで、時折こうして、サンダルフォンに無茶を求める。態々そのような演技をする必要があるのだろうかとサンダフォンには、ルシオの思考は理解出来なかった。演技をせずとも、日常的にサンダルフォンはルシオに振り回されている。サンダルフォンが何を言っても付きまとってくるし、理解が出来ない行動ばかりだ。何をいまさらとサンダルフォンが思いながらも、律儀に付き合うのは、サンダルフォンなりに、ルシオに歩み寄ろうとしている結果だ。
 ルシオはサンダルフォンが演技だと気づいていることに気付いている。気づいていながら、その振る舞いを続けている。サンダルフォンは呆れながらも、何も言わないで、その甘えを受け入れるから、ルシオは嬉しくなってしまった。
 ルシオなりの、甘えである。
 甘え方をしらないルシオなりの、手探りだった。
 腰布にルシオの手はないのに、サンダルフォンは呆れた表情を浮かべながらもベッドに腰かけたままだ。優しさに目を細める。そして、だからこそ彼の天司長は安寧と感じ、慈しんだのだろうと理解をしてしまう。
「サンちゃん、夜中に誰彼構わずと部屋に招いてはいけませんよ」
「お前が言うのか……。そもそもこんな時間に部屋に来るのはお前くらいだ」
 どの口が言うのかと怒りよりも、呆れてしまうサンダルフォンに対して、ルシオは上機嫌だった。もしかしたら本当に酔っているのだろうかと心配になってしまう。しかし心配した素振りを見せるのも癪に障るから口にはしない。
「それって私が特別ってことですよね」
「……なぜ、そんな結論に至ったのかは理解しかねる」
 付き合ってられん、さっさと寝ろとサンダルフォンは言うとルシオに布団をかぶせた。日中にたっぷりと干された布団はふかふかである。
「サンちゃんもどうぞ」
「俺のベッドだぞ」
 ルシオが作ったスペースにサンダルフォンはもぐりこんだ。
 やっぱり狭いしじっと見つめる視線が鬱陶しいったらない。サンダルフォンが逸らさず、見つめ返せば、ふんにゃりと笑みを浮かべられた。サンダルフォンは思いもよらぬ反応に、きょとりとするしかない。
「なんだかますますサンちゃんと仲良しになれた気がします」
「俺はお前がますますわからなくなった」
「そうでしょうか。私は意外と、単純ですよ」
 何時まで経っても眠る気配を見せずにご機嫌なルシオの考えていることは、矢張り、さっぱり分からない。果たしてこの男を理解できる存在なんてこの世にいるのだろかと思いながら、サンダルフォンはそういえば、アルコールの臭いはしなくなったと思いながら日向のにおいを吸い込んだ。

Title:天文学
2020/09/26
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