ピリオド

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 幾つもの偶然が重なって奇跡のように復活を果たしたルシフェルが、グランサイファーに身を寄せることになったことを、まあそうなるよな、と当然のように団員達は考えている。なんせサンダルフォンがいるのだ。
 安寧と呼び慈しんだ存在を、そりゃあやすやすと手放しはしない。それも手が届く範囲にいるのだから猶の事である。天司長という立場もない。咎められることもない。しかし、当事者であるサンダルフォンはといえば、まさか自分が理由だなんて思ってもいない。相変わらずすれ違っているな、なんて思いながらも誰もが傍観に徹する。誰だって馬に蹴られたくはない。
 抱く想いはすれ違っているようだったが、ルシフェルとサンダルフォンの関係は傍目からは良好に見えた。ルシフェルのことになると、途端に視野が狭くなり卑屈に暴走をしがちなサンダルフォンのことだからと、心配に思いながら見守っていた団員たちが肩透かしを食らうくらいには、問題は無かった。ほっと胸を撫でおろしたのだ。よかったよかった。二人は幸せに珈琲を飲みました。はい、ハッピーエンド。と、終わらせなかったのがサンダルフォンがサンダルフォンたらしめる性質であるらしい。

 さり気無いつもりなのだろうが、よそよそしくルシフェルの誘いをかわすサンダルフォンの姿が目立つようになっていた。当初はサンダルフォンには喫茶室があるからと、仕方ないと納得が出来る理由だった。やがて、買い出しだとか依頼の片付けだとか、なんだかんだと理由をつけていると段々と怪しくなる。ルシフェルが「私も共に」と言おうものならば「ルシフェル様にそのようなことを!」とか言って、逃げるみたいに去っていくのだ。疑うことをしらないのか、それともサンダルフォンを疑うなんていう発想がないのか、その度に、サンダルフォンに聞かれれば激怒をするのだろうが、捨てられた子犬としか言いようがない程に、可哀そうなくらいにしょぼくれるルシフェルの姿に、団員は同情を寄せてしまう。
 そんな表情をさせているのはサンダルフォン自身なのが皮肉である。寧ろサンダルフォンが関わらなければルシフェルという男は表情筋はあるのかと心配になるほどに表情の変化が分からない。サンダルフォンの語るルシフェル様ってどのルシフェル様? あちらのサンダルフォン限定仕様ルシフェル様です、と云わんばかりの特別仕様であるのだ。いい加減、気づけばいいのにと思うものの、誰も口にはしない。関わりたくはない。絶対に馬に蹴られるじゃないか。

 ルシフェルの存在は奇跡である。ルシフェルは、再会を約束したあの場所で交わした言葉のままに、サンダルフォンのことを変わらず、安寧と呼び慈しんだ。そして、珈琲を共にすることを、望んだ。
 サンダルフォンが淹れた珈琲を飲む穏やかな横顔に、泣きたくなるほどの歓喜がわき上がった。ルシフェルが望むままにと、珈琲を淹れた。望むままに、珈琲を共にした。望むままに、ありたかった。
 まるで中庭のようだった。役に立ちたいという一心がサンダルフォンを突き動かす。
 だけどどうしようもなく、不意に、サンダルフォンは不安になってしまった。本当に、ルシフェルが望んでいるのかと、ちらりと思ってしまったのだ。天司長ではなくなったとしても、創造主として、責任として、傍にいるのではないか。余計な疑問を振り払う。もう二度と、彼の言葉を疑ったりしない。唯一無二の存在の言葉を疑うなんてどうかしているじゃないか。
 一度湧き出た不安を拭い去ることができないなんて、サンダルフォン自身がよく知っていることだった。不安はサンダルフォンを追い立てる。いつまで経っても変わらない自分本位。被害者のように振舞って、加害者になっているのではないか。そう思うと、居ても立ってもいられなくなる。
 贖わなければならない。
 罰が欲しい。
 
 延々と逃げ続けることなんて出来はしない。研究所とは異なり、騎空艇で共同生活をしているのだ。部屋に引き籠りっぱなしなんて許されないし、何よりサンダルフォンは喫茶室を任された身だ。中々つかまらないサンダルフォンを訪ねる最終手段である。喫茶室に行けばいいだけのことだ。ルシフェルが喫茶室に向かう姿を見るや団員たちはノールックで示し合わせ、喫茶室区域を立入禁止にした。
 
 喫茶室のドアが開いて、ちらっと覗いたプラチナブロンドにサンダルフォンは身構えた。どちらだ。逃げ腰になる。しかし逃げ場はない。観念するしかない。腹を括るしかない。
「話をしようか」
 声を掛ければ、サンダルフォンは「はい」と、細い声で頷いた。歓迎はされないのだと、ルシフェルは突き付けられて青い瞳に一瞬、憂いが帯びる。

 テーブルをはさみ向かい合ったものの、どのように切り出すべきかと、ルシフェルは、項垂れるサンダルフォンを前にして悩む。サンダルフォンに対して怒りという感情は湧いていない。純然たる疑問だけだった。そして、自分はまた彼を傷つけてしまったのだろうかと不安になる。ルシフェルのかつての、無意識は、サンダルフォンを追い立ててしまった。
 長い沈黙を破って口を開いたのは、サンダルフォンだった。
「俺は、あなたの優しさに甘えてしまう」
 ルシフェルはといえば、不可解さに眉を寄せるしかない。
 言い訳のようにサンダルフォンは口にしていた。
「贖罪を終えていないのに、貴方の慈悲に報いなければならないのに、甘えてしまう」
 言ってから、サンダルフォンは情けなさに唇を噛んだ。
 サンダルフォンにとって唯一無二の存在であるルシフェルは、拠り所だ。だからこそ、甘えてしまう。
 贖いのために、飛び立ったのに、求めてしまう。
 無言のままのルシフェルがおそろしく、失望をさせてしまったと、後悔が押し寄せた。
「私は、慈悲だとか、優しさだとかで君に接しているわけではないよ」
 そんなわけない。サンダルフォンは膝に爪を立てた手を見ながら内心で否定をした。優しい人だ。傷つけぬようにと嘘を重ねさせてしまう。そんなことをさせている自分が、ますます許せない。
「私がしたいからだ。君と語り合うこと、君と珈琲を飲むこと。すべて、私の我儘なんだよ。私が、君を、付き合わせている」
「……ずいぶんと、可愛らしい我儘ですね」
「そうだろうか? 私は、我儘で、欲深いよ。贖いを望むというのなら、どうか付き合ってほしい」
「どこがですか。そんなの、全然、贖いになんて、なりません。我儘でも、なんでもないですよ」
「いいや。だって私は何時だって、君を独り占めしたいと思っている」
 サンダルフォンは思わず、ついと、笑みをこぼす。困ってしまう。贖罪のために生きているというのに。生きようとしていたのに。
 そんなわけないと分かっている。冗談を言うのだな、なんて思いながら浮かべた笑みは、在りし日と同じく、変わらぬ無垢なまま、ルシフェルが抱いた安寧であった。

Title:うばら
2020/09/22
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