ピリオド

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 がやがやとした賑わいを耳にしながら、サンダルフォンは日替わりプレートを食べ進める。状況によっては、長く続く、空の旅路のなかで数少ない楽しみとなっている食事は、第一料理室を任された団員達の細やかな気遣いを感じられる。
 個人の好みに合わせた味付けや、体調を気に掛けて、栄養バランスの考えられた献立をサンダルフォンは自身が任された喫茶室の参考にしつつ、メインの肉料理をナイフとフォークで切り分け、ソースを絡めて口に運ぶ。
 今日も美味しいなと感想を抱きながら、やがて、最初のうちは、気にするつもりはなく、気の所為だろうと思っていたが、勘違いだとか気の所為だとか、偶然だとは思えない程にまじまじと見つめられると、何かあったのかと気になって仕方がない。
 咀嚼をして、ナイフとフォークを置く。それから、
「どうかしたのか?」
 そう問い掛けられたルリアは初めて、無意識であったように、はっとしてから慌てた様子で、ごめんなさいと謝罪を口にした。サンダルフォンに責め立てたつもりはない。単純に、何かあったのだろかと思っただけのことだった。
 向かい合って座るルリアの前にも、同じく、昼食のプレートが置かれているが、食べ進められていない。それどころか、手つかずのままで殆ど残っている。普段の見ているだけでお腹が膨れるような食欲を知るからこそ、心配になってしまう。
「食欲がないのか? 体調でも悪いのか?」
「ちがいます!……ただ、サンダルフォンさんのご飯の食べ方が綺麗だったので、つい、見ちゃってたんです」
 照れながら、ルリアは言うが、サンダルフォンは首を傾げる。
「……そうだろうか」
 食べ方が綺麗、と評価をされることは初めてであり、勿論、言われたこともない。むしろ、サンダルフォンは教えられたままのことを再現しているだけだった。
 本来であれば、天司にとって飲食は不可欠ではない。娯楽でしかない。飲まず食わずでも稼働に支障はないのだ。
 役割を還元した天司の中には、未だに飲食に関して強い抵抗を抱く者もいる。
 天司にとっては、飲食という行為は異物を取り込む行為でしかない。
 サンダルフォンが、抵抗なく飲食をするのは、慣れているからに過ぎない。
 共に過ごした中庭では珈琲と、時折、ルシフェルが持ち寄った”食べ物”がテーブルに並ぶことがあった。焼き菓子であったり、氷菓子であったり様々だった。
「私たちに栄養素を取り込む機能はないが、味覚はあるだろう?」
「そうですけど……」
「さて、食べようか」
 微笑を浮かべて、心なしか弾んだ声音で言われると、サンダルフォンは戸惑いながらも首肯するしかなかった。その頃はまだ、珈琲の苦味にも慣れていなかったからおっかなびっくりと、それでも、ルシフェルから与えられるもので、サンダルフォンの中で、食べない、という選択肢は無い。
 空の民が考え出したという食べ物はどれも不思議だった。珈琲のように苦心をすることはなかったが、なぜここまで食事に拘るのだろうかと不思議にも思ったのだ。
 苦い、だけではないのだとルシフェルが持ち寄った物を食べながら驚き、それから感嘆した。
 サンダルフォンは、他の天司よりも、飲食をする機会には”恵まれていた”。

「ルシフェル様に、教えていただいたんだ」
 淋しく、呟いていた。
 記憶から消してしまいたいくらいに、食べることが下手だった。飲む、という行為よりも格段に難易度が高かったのだ。口の中に異物を入れるという違和感。いつまで噛み続ければいいのか分からない。ナイフとフォークも苦手だった。
 そんなサンダルフォンを叱ることもなく、馬鹿にするでもなく、呆れるでもなく、ルシフェルは教えてくれた。ナイフとフォークの音を立てない使い方。綺麗に切るコツ。咀嚼のタイミング。
 多忙な中で、立ち寄っていただいて、貴重な時間を割いて教えられたことを、忘れるわけがない。

 音を立てずに切り分け、食べこぼすこともなく食事をするようになったサンダルフォンを前にルシフェルは、口を開く。
「私たちにとって飲食は、無意味な行為、なのだろう。それでも、私は食事という行為を好ましく思うよ」
 ルシフェルの言わんとしている意図までサンダルフォンは把握しきれない。もっと深い意図があるのかもしれないが、サンダルフォンにとってルシフェルとしか共にしたことのない食事は、緊張はあるものの、楽しいものだ。美味しいと、分かち合えると胸が弾む。同じことを想ってくれるなら嬉しい。
 ごくんと、口の中のものをのみ込む。
「俺も、好ましいって、思います。……無意味な行為、だと思いたくないです」
 サンダルフォンの本心だった。
 この時間を無意味だと、無駄だと言われたくはなかった。サンダルフォンが抱いた想いを無価値と片付けられたくは無かった。
 そうあってほしいという願望かもしれない。
 それでも、良かったと口にしたルシフェルは、サンダルフォンの目には嬉しそうに映ったのだ。
 サンダルフォンは切り分けたリンゴのパイを口にした。甘酸っぱさとシナモンの香りが口いっぱいに広がった。

「ルシフェルさんから、とっても大事にされていたんですね」
 サンダルフォンは一瞬、言葉を忘れる。
 泣きたいような、怒りたいような感情が湧き上がる。ルリアに対してではない。ただただ愚かな自分に対して、数えだしたらキリがない嫌悪だった。どうしようもない、遣る瀬無さを、飲み込んだ。
 サンダルフォンの記憶違いかもしれない。美化、されているのかもしれない。都合よく、思い込んでいるだけかもしれない。
 それでも。
 間違いなく、サンダルフォンにとって、溢れるほどに幸せな日々だった。
 大切にされていた。それに気づかなかった。気づけなかった。気づこうと、しなかった。当たり前に思っていた。当たり前じゃなかった。甘えていた。いつだって優しく、守られていた。なのに、つけあがって、強請ってばかり。
 与えらて、ばかりだった。
 現実は、真実は、いつだって残酷に、冷酷に、サンダルフォンに”罪”と”罰”を突き付ける。
「……きみは一口を大きく切り分けすぎているな」
 感傷を取り繕うように、揶揄い混じりに言えばルリアはえへへと誤魔化すみたいに笑った。
 サンダルフォンは苦笑を浮かべてから、それから、ナイフとフォークを手に取る。
──力み過ぎないように。
 切り分ける。
──少しだけ、小さいくらいにして。
 口に入れる。
──ゆっくりと、噛みなさい。
 少しだけ、塩からく感じた。

Title:馬鹿の生まれ変わり
2020/09/19
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