休み時間いっぱいをあのキャラクターが、伏線の回収がと今までのシリーズの話題で盛り上がって、最新作への期待値も高まっていた。らしくもなく、うきうきとした気分であったのが、一瞬で、急降下して凪いでしまった。
何かあったのかなと興味を示すクラスメイトにサンダルフォンは複雑な視線を向けてから、参ったというようにため息を零した。
「サンちゃん」
涼やかな声が耳朶を打つ。
呼びかけられたサンダルフォンは内心でげぇと呻いてしまう。隣にいるクラスメイトが、目を見開いてから、目の前のサンダルフォンをふざけたあだ名で呼んだ男の容貌にうっとりと見惚れている姿に、ああやっぱりと、うんざりとした気持ちになって、もう何もかもがどうでも良い気分だった。映画への楽しみも、期待も、消え去っている。
「遅かったですね」
「キミに関係があるのか?」
「おや。待ってたんですよ」
「……約束なんて何もしていなかったと記憶しているが」
サンダルフォンに覚えはない。寧ろ顔を会わせるのは数日振りであったと記憶している。サンダルフォンのにべもない返事に気を悪くすることもない男に、サンダルフォンが居心地の悪さを覚える。
誰もが見惚れる美貌だ。芸能事務所へのスカウトは後を絶たないし、男女を問わず声を掛けられる。今だってサンダルフォンに話し掛けている姿でさえ、視線を集めている。その視線が、サンダルフォンは不快でならない。虎視眈々と会話に入り込もうとしてくる姿に気が休まらない。だから、彼と外で会うのは嫌なのだ。
「知り合い?」
「ああ、すまないが……」
「いいよ」
約束をしていたクラスメイトに断わる。サンダルフォンが全く了承をしていないとはいえ、予定が出来てしまった。
サンダルフォンは決して短いとはいえない十年の付き合いの中で、ルシオという男の融通の利かなさを理解している。究極のマイペースであり、他人の事情を一切考慮しない。幼い頃は理不尽に打ちひしがれていた。今ではただ呆れるしか出来なくなってしまった。
どういう関係なのだろうと探るような、見定めるような視線に、明日は質問責めをされるのだろうなと憂鬱な気持ちになりながら、足早にその場を離れる。手を引っ張ることも、ついてこいなんて言わずとも、ルシオはにこにこ顔でサンダルフォンの横に並んでいた。
当たり前みたいな顔をしている図々しさにサンダルフォンは苛々とした気持ちを覚えるが、ぶつけたところで虚しいだけだとも学習をしている。遣る瀬無い気持ちは、ぶつける場所も手段もなくて不完全燃焼に燻るしかない。
「サンちゃんも酷いですね」
何を言い出すかと思えばと、サンダルフォンは酷い言いがかりにむっとした顔をしたまま、ルシオの顔も見ずに歩き続ける。ルシオはやれやれとため息を漏らして、その隣に並んで歩く。サンダルフォンがやや早歩きであるにも関わらず、息も切らせずにゆったりとした所作は嫌になるほどに様になっている。
「サンちゃんが好きなのは私でしょう? なのに思わせぶりに誰彼構わず引っかけて……」
「人を阿婆擦れみたいに言うな」
「もう、心配しているんですよ。いつか刺されますよ、そんな態度」
「君にこそ言われたくないんだが!?」
聞き捨てならないとサンダルフォンは声を荒げて否定をした。私のために争わないでとフィクションでしか存在しないようなセリフを現実に吐く男こそ、いつ殺傷沙汰に巻き込まれるかと言われている。現に男を巡って幾度となく警察が出動する事態があったのはサンダルフォンにも覚えがある。そもそもルシオが言うような、あるいは想定しているような爛れた関係ではない。恋愛感情はない。友愛、あるいは親愛といったものだ。引っかけて、なんていう彼らはサンダルフォンの数少ない友人である。今では、友人で「あった」と過去になってしまう人たちだ。
人見知りとまではないものの、あまり交友関係を広げるのが得意ではないサンダルフォンなりに頑張って得た友人たちは、悉く颯爽と無駄に空気を呼んだようにタイミング良く現れるルシオの手によってサンダルフォンのことを対等な友人ではなく、ルシオに近づくための踏み台としてしか認識しなくなってしまった。サンダルフォンは根っからのお人好しでなければ善人でもない。笑ってどうぞ踏み台にしてください自分が橋渡しをしますよなんて、口が裂けても言えやしない。許せるものか。不快極まりない魂胆を隠せない彼らとは縁を切っている。それこそ、刺されかねないとも覚悟をしているがそれはルシオの所為である。
「サンちゃんには私がいるでしょう?」
そんなサンダルフォンの心情も知らずに、心底不思議でならないという声音でぼやいたルシオに、サンダルフォンは開きかけた口を閉ざした。サンダルフォンだって、否定はしていない。ルシオという男のことは、嫌いではない。憎からず、思っている。
「欲張りですね、サンちゃんは」
呆れたようにため息を漏らしたルシオは相変わらず、他人を顧みない。
サンダルフォンは欲深ではない。誰彼構わず愛がほしいなんて思っていない。ただ一人に、ただ一言だけ、好きだと言われたいだけなのだ。それも、欲深なのかとショックを受けてしまう。今更、ルシオの言葉を真に受けるなんてと思っていても、特別な人の言葉は何時だって意味深なのだ。
結局、どうして迎えに来たのかも分からないルシオを隣に、気疲れだけを覚えてサンダルフォンはうんざりとした気持ちで帰路につく。うんざりとしているのに、どうしたって嫌いになれない。ルシオという男はサンダルフォンにとっては相容れない存在なのだ。嫌いなところはうんざりするくらいに思う浮かぶのに、それでも、嫌いになれない。想うだけ無駄。報われはしない。悪戯に揶揄われている。残酷に弄ばれている。それなのに、どうしたって惹かれてやまない。いっそ嫌いになりたいのに、ままならない感情を抱えている。自分の愚かさを嘆くしかできないでいる。