ピリオド

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 ルシフェルとサンダルフォンの接点といえば趣味だった。仲の良い、知り合い程度であったのに、それからなし崩しにセックスにもつれ込んだ関係である。「責任を取れ!」なんてサンダルフォンは言わない。なんせ男同士だ。出来もしないし負わせる責任もない。傷害だなんだと難癖をつけることも出来るだろうがしなかったのは、サンダルフォン自身がルシフェルにされた行為を決して不快に思わなかったからに尽きる。サンダルフォンは当初、まあなかったことにしようとした。酒の勢い。若気の至り。気の迷い。だというのにルシフェルの方から声を掛けて来る。食事に誘われほいほいとついていってしまう自分に呆れながらも断れない。食事だけの時もある。寝台に連れ込まれて体を拓かれることも、少なくはない。
 この関係は何なのだろうかとサンダルフォンは不思議だった。
 ルシフェルは御曹司様だ。世界中で誰もが知る財閥の子息であり、芸能人も顔負けのような整った容姿に加えて天才的な頭脳に博愛の精神を持つ。神に愛されたような、あるいは神がそのまま人になってしまった男である。そんな人がどうして一般庶民で平々凡々な自分に興味を持つのか不思議でならない。サンダルフォンがルシフェルに対して出来ることなんて何もない。食事の対価としてのセックス、にしては釣り合わない。国賓を招くような由緒正しきレストランだとか三ツ星ホテルのスイートルームだとか。サンダルフォンが決して触れることの出来ない世界を見せてくれるルシフェルの優しさをサンダルフォンは図りかねている。
 サンダルフォンはルシフェルのことを好ましく思っている。平たく言えば根底には憧れがあった。異性愛者であるはずなのに、彼に抱かれても嫌悪もなければプライドがずたずたになったなんて気持ちもない。ただ、セックスはあまり好きではない。男同士で妊娠をしないというお手軽さはあるかもしれないが、それを考えるともしも自分が女だったら、なんて甘い考えが浮かんでは現実を突きつけられてしまう。女だったらそもそも関係に至っていないだろうなと思って、溜息を零す。
 それでも断りを入れてこの関係が崩れるのは嫌だった。ただ、まあ、そうも言ってはいられないらしい。
 ルシフェルの婚約について知ったのはウェブニュースだった。一介の御曹司の婚約事情がトップニュースを飾るのは相手が世界的なショーにも引っ張りだこなモデルであるからだ。開いたページに映るのは何処かのパーティで撮られたツーショットだった。ああ、なるほどなと納得をするくらいにお似合いであり裏切られたみたいに被害者ぶる気持ちは無かった。サンダルフォンは携帯端末のニュースサイトを見ながら遠くで聞こえるシャワー音に、悲しくないはずなのに泣きたくなった。いずれ来ることが分かっていたじゃないかと言い聞かせていたのに、唐突に突き付けられた別れに戸惑いと寂しさを覚えている。こんなはずじゃなかったのになとシーツを寄せる。鼻をすする。また余計に胸が締め付けられた。
「サンダルフォン? 起きたのかい?」
 シャワーを浴び終えたらしいルシフェルが声を掛ける。どうにか感情を呑み込めていたのは幸いだった。
 夜明け前にぼんやりと明るくなった空が見える。浮かんでいるみたいな、三ツ星ホテルの最上階のスイートルーム。下品にも、宿泊料金をつい、調べてしまい変な声が飛び出しそうになった。
「はい」と首肯した声はガラガラでみっともないったらない。毎度の事ながらひりつく喉にごほごほと咳き込んでしまう。そんなサンダルフォンにルシフェルは冷蔵庫から水を取り出して手渡す。喉が潤うと同時にひりひりと痛みを思い出させる。
「大丈夫かい?」
「大丈夫です、俺もシャワー浴びてきますね」
 起き上がろうとしてずきずきと痛む下半身に苦く笑ってしまう。体のあちこちには掴まれた跡やキスマークなんていう情事の名残が隠せないでいる。まあ、隠せてしまうのだけれど。
「あ、そうだ」
 ルシフェルが首を傾げるのでサンダルフォンは、精一杯の笑顔を作る。
「婚約おめでとうございます」
 言い逃げみたいにバスルームに入ってしまったから、サンダルフォンにはルシフェルが硬直をしたのも知らない。
 シャワーを浴びたサンダルフォンはすっきりとした気分になっていた。心から、彼の門出を祝う気持ちになれる。叶いっこない夢のような時間は、決して無駄ではない。サンダルフォンの中で、きらきらと思い出として生き続ける。素晴らしい事じゃないかと、言い聞かせる。ルシフェルとの事は誰にも言わないと誓える。言ったところで信じてもらえない関係だ。妄想だと笑われるに決っている。サンダルフォンだって、信じられないことばかりだった。
 愛されてるみたいに、大事にされてるみたいに幸せな思い出が蘇る。
 これから一生、すれ違うことだってない人だ。
 何のことを言っているのかと身に覚えのない婚約について、バスルームから出てきてほんのりと色付いた頬のサンダルフォンに問い掛けるも、サンダルフォンの方こそ不可解だと言わんばかりの顔で見返すばかりだった。
 からかっているにしては性質が悪く、知らぬ存じぬを貫くにはあまりにも残酷すぎる。だけど、なぜか必死なルシフェルにサンダルフォンも少しだけ不思議に思って、これですけどとニュースサイトを見せたのだ。最初に見てから1時間経っている間に、トップモデルとだけあって新たなニュースがピックアップされている。
 記事を開いたルシフェルの端正な顔が不快に、歪む。
「ゴシップだよ」
「そう、なんですか?」
「ああ」と言いながらルシフェルは仕事用の携帯端末を操作していた。部下に指示を出しているようだった。部下にとっても寝耳に水であるかのような記事であるらしい。これは訴訟も視野にいれなければならない。ルシフェルが難しい顔をしている横でサンダルフォンはそうなのかと、ほっとした自分を恥じた。あんなに悲しくていっぱいだったというのに、今更みたいに浮かれている自分の厚かましさったらない。
 ふと寒気を感じてくしゃみをしてしまう。しまったと思ってしまった。ルシフェルは端末の操作を終えて、サンダルフォンをじっと見つめていた。青い目は睨んでいるわけではなく、ただ見詰めているだけだ。なのに、逸らすことは許されない。何もかもを見透かされている気持ちになる。
「……きみがいるのに、婚約なんてあるわけがないだろう? それとも君は、こんなものを信じるのかい?」
 ルシフェルの言葉が、縋るような、言い訳のように、まるで捨てられたくないみたいに聞こえたのはサンダルフォンの甘えであると、思っていたい。緊張か恐怖か、声も出せない憐れなサンダルフォンがどうにか首を振る。ルシフェルはほっとしたみたいに笑みを浮かべて、サンダルフォンはやっと生きた心地を思い出した。

Title:約30の嘘
2020/06/11
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