ピリオド

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 研究所に帰還をしたルシフェルはずんずんと歩いていく。胸中に渦巻いている不安や憂いを晴らしたくて、安心を覚えたくてたまらない。無意識に顔は強張り、足早になっていた。そんなルシフェルにすれ違う研究員は何事かと言わんばかりの視線を向けるものの、ルシフェルは態々立ち止まって説明をすることはない。何があったのかと尋ねる勇気は、研究所勤めの研究員は持ち合わせていない。やがて、ルシフェルが立入禁止となっている区画に向かっていることに、それから現在、検査をしている対象を思い出して、ああそうかと納得をするのだ。
 天司の検査と性能試験のために設けられた区画だった。それも、多くの天司が造られ、役割を与えられ、天司という機構が成立をしてからは使用頻度は減少した。天司の規格は完成されている。新たに天司を造ったところで流用された規格を基礎としているのだから、初期のような不具合は見られない。大規模な検査や性能試験をするまでもないのだ。
 区画に入ったルシフェルは見知った気配を感じ取る。
「友よ、検査は終わっただろうか」
 声を掛けられたルシファーはといえば「やっと来たか」とうんざりとした声でこたえた。
「はやくどうにかしろ、お前が造ったんだろう」
「サンダルフォンに何かあったのか」
 掴みかからんとする勢いのルシフェルにルシファーはげんなりしながらある方向を示した。そこには所在無く、検査着を纏っている子どもの姿があった。鳶色のふわふわとした癖っけに、赤い瞳。既視感を覚えるどころではない。ルシフェルには分かってしまう。誰であるかを理解して、目を丸くした。
 肉体の構築検査について事前にルシフェルから話を聞いていた。羽の出し入れさえ、サンダルフォンにとっては日常とはかけ離れた仕草だった。だというのに、巨大化だなんて出来るだろうかと不安な顔を見せたサンダルフォンに、ルシフェルは「痛みはないよ」と安心をさせた。
 痛みが不安ではないのだがと思いながら、ずれた応援にサンダルフォンは曖昧にはいと首肯した。
「私も顔を覗かせるよ」
 いよいよ失敗なんて出来ないと意気込んで挑んだ検査だった。目くらましの掛けられた区画で、不機嫌なルシファーを前にして湧き上がった怯えをひた隠しにして指示に従う。一瞬だけ、自分がどこにいるのか分からなくなったものの、目を開けて真っ先に空の近さに驚いた。それから、サンダルフォンはルシファーを見下ろして、研究施設なんてぷちっと潰せてしまうなと思って、空を飛んだ時とは異なる空の近さに嬉しくなった。
 どうにか肉体の規格を巨大化させることに成功をした。じわじわと達成感が込み上がっていたサンダルフォンにルシファーが声を掛ける。遠く離れた地面から「早く戻れ!」と精一杯に叫んでいるのだろうが、今のサンダルフォンには囁くような声が聞こえた。サンダルフォンはちょっとだけ戻りたくないなと思った。ルシフェル様に今の姿を見てほしい、なんて思ったけれどルシファーの言葉を否定するなんて恐ろしいことは出来ない。
「わかりました」と首肯した。
 ルシファーは案外、手間がかからなかったなと少しだけサンダルフォンの事を評価したのだが、すぐさま取り消した。通常規格に戻れと命じたというのに何時まで経っても戻らない。手足の長さが不揃いであったり、欠けていたりと、
「お前は自分の姿を見たことが無いのか?」と疑問に思ってしまうほどの奇妙な姿ばかりがルシファーの視界に入っては消えて、また不可解な姿が映る。
 どうにか四肢も揃って目玉も二つ、口と鼻は一つずつなまともな姿になったサンダルフォンをルシファーは見下ろした。
 サンダルフォンはどれだけ繰り返してもルシフェルに与えられた肉体を中々再構築出来ないでいた。今までにない事例だった。巨大化をすることが出来ない個体は稀にいるが、戻れない個体は無かった。
 仮に、ルシファーが造ったのであれば猶予も与えずに即刻廃棄を命じていた。ルシファーが造ったものでなくとも、ルシファーの管轄下の研究員が造ったのであれば所長顕現を行使している。
 あまりにもお粗末な出来だ。
「あとは任せる。結果は報告しろ」
 言ってルシファーは立ち去った。付き合うつもりはない。そもそも検査は終わったのだから付き合う道理が無い。
 検査着の裾を握りしめて、俯いた姿にルシフェルは何も言わない。無言のままに視線を注ぐ。呆れられてしまった。顔からは血の気なんて失せている。途方に暮れて、心細くて、唇を噛みしめる。俯いて、前髪で隠れた瞳にはうっすらと柔らかな膜が貼られていた。ルシフェルはそんなサンダルフォンに、微笑を浮かべてから、抱きあげる。不意な浮遊感にぱちりと瞬きをすれば膜ははじけた。
 ルシフェルよりも小柄であった体躯は、さらに小さくなっている。片腕に収まってしまう体に、検査着からちらりと見える手足に、折れるのではないかと、心許ない。
「案ずることは無いよ、サンダルフォン」
 緊張がほどけたサンダルフォンの瞳から、ぽとりと涙が零れ落ちる。
 自らの肉体でありながら、再現を出来ない自分が不甲斐なくて、腹立たしくて仕方が無かった。このまま再現が出来なかったどうしよう、欠陥品として処分をされたらどうしようと、不安で心配で、悲しくなる。こんなんじゃ役割なんて遠い、役に何て立てない。迷惑ばかりをかけている。
 ルシフェルはサンダルフォンのコアに触れれば、肉体はルシフェルに与えられたままに再構築された。サンダルフォンはほっとして、それからルシフェルの顔がすぐ傍にあることにぎゃっと悲鳴を上げたが、ルシフェルはこの体躯でも十分に抱きあげられるのかと再発見をして気分を良くしていた。
 再検査に居合わせたルシフェルはあわよくばもう一度サンダルフォンを抱きあげたいと願っていた。失敗をしたらどうしようと心配と不安でいっぱいのサンダルフォンに「大丈夫だよ」と声を掛ければ、サンダルフォンはどうにか自力で肉体を再構築することが出来た。「出来ました!」とはにかみながら報告をするサンダルフォンに良かったと思いながら、残念に思ったことはそっと胸に秘めた。

Title:天文学
2020/05/24
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