ピリオド

  • since 12/06/19
 散々に付きまとわれたルシフェルから、要約をすればサンダルフォンは決して不用品ではなく有能でありスペアという役割には勿体ないという言葉を、四六時中、朝目覚めた瞬間から、会議中であろうがなかろうが果てには寝室迄押しかけてきて懇々と説明をされたルシファーはノイローゼに陥っていた。傍目からは、常と変わらぬ不機嫌であったものの直属の部下であるベリアルからすれば一目で参っているなと分かる程に、ルシフェルは創造主であり友である男へとサンダルフォンの廃棄についての撤回を求めるための説明に尽力した。鬼気迫る勢いでの洗脳に近い言葉を掛けられた結果として、サンダルフォンの処遇はルシフェルに一任をされた。
 友よ、分かってくれたかと晴れ晴れとしたルシフェルに対して、サンダルフォンは不用品ではないサンダルフォンは有能だサンダルフォンは安寧だサンダルフォンは安らぎだと虚ろに口ずさむルシファーの姿にベリアルはちょっとだけやべぇなと心配に思いながらもベッドに押し込んだ。
 ルシフェルはといえば、真っ先にサンダルフォンの元へと向かっていってルシファーの状態に関心は向けられていなかった。あんたの最高傑作、あんたのこと見捨てたぜ……とは流石のベリアルも口には出来なかった。愉しければなんでもよい快楽主義を自任し、加虐趣味すら持ち合わせているものの、創造主の精神を追い詰めるような趣味は持ち合わせてはいない。
 最高評議会からの使者も無ければ、研究所内で問題が起きていないことは唯一といっても過言ではない幸運である。
「それにしてもまさかここまで強硬手段に出てくるとはね……」
 サンダルフォンは不用品ではないサンダルフォンは安寧と呻いていたものの、やがて、寝息も聞こえず死んだように眠るルシファーは相当に参っている様子であった。ベリアルが思わず口に出していた独り言にも目を覚まさない。平時であれば、物音ひとつでカッと目を覚ますほどの繊細な神経をしているというのに、見る姿は無い。ぽんぽんと日干しした布団を叩けども眠りから覚める気配はなかった。ベリアルはそっと部屋を出る。ルシファーの私室に近寄る命知らずはいないとはいえ、念のためと人払いをした。
 ルシフェルがまだ理性的、といえるのか怪しいところではあるが、物理的な手段に出なかっただけ、幾分か、マシであるはずだ。ある意味で叛乱である。計画の筋書にあるとはいえ、ベリアルとルシファーの企てにはないイレギュラーだ。そもそも今の段階でルシファーを喪うのは計画に支障がでるどころではない。
 ついでと言わんばかりに、実験は嫌だなあとぼんやりと呟いていたサリエルを回収した。今日の予定されていた実験は、ルシファーの状態から考えて全て中止だ。事故が起きても対処が間に合わずに、二次被害へとつながる危険性が高い。根回しは既にしている。ベリアルは、ファーさん褒めてくれないかなと思いながらパン屑をちぎりながら、サリエルと並んで蟻を観察した。
「あ……サンダルフォンだ」
 不意に顔をあげたサリエルに合わせて、ベリアルも顔を上げた。思いつめた顔をしたサンダルフォンは気付いた様子はない。ベリアルはちょっとだけ考え込む。
 サリエルがサンダルフォンと親しいという情報は無く、意外であった。
 今まで、ルシフェルのスペアとして扱われていたサンダルフォンとの接触は許されていなかった。叛乱を醸すなかでの機会を窺っていた。しかし、今やサンダルフォンの処遇はルシファーから離れ、ルシフェルの元へと落ち着いた。どうしたものかと考える間もなく、サンダルフォンがサリエルに気付いた様子で、それから隣に並ぶ見知らぬ天司に困り顔を浮かべる。
 どうやらサンダルフォンも同じであるらしい。
 私室に籠り肉体を維持することだけに務めておけと命じられてどれだけの時間が過ぎたのかは定かではない。その時間のなかでサンダルフォンが名前を知る者は限られていた。創造主であるルシフェルと、ルシフェルが友と呼ぶルシファー。それから、サリエルだ。あと数人ほどいるものの、接触は限られていた。
 サリエルは、検査のために呼び出されては時折、顔を会わせることがある。友人と呼ぶにはあまりサリエルについては知らないがサンダルフォンにとっては名前を知る数少ない知り合いだ。
「やぁサンディ」
「……俺のことか?」
「ああ。サンダルフォン、だろう? なんだ、もしかして気に入らなかったか?」
「いや……よく、わからない」
 遠慮がちに口にしたものの、視線は逸らし口元を歪めた姿は呼び名を気に入っているとはとても思えない。ベリアルは感情豊かなサンダルフォンににんまりと笑う。声を掛けられて躊躇いがちに、たどたどしく応える姿は加虐心をくすぐる。そんな風に反応しないでくれよとむくむくと悪戯に湧き上がる好奇心を抑え込んだ。そんなベリアルをサリエルはきょとりと見て、パン屑を求めてよじ登ってくる蟻に気付いて、またぽとりと、パンをちぎっておとした。パン屑に群がる蟻がよいせよいせと巣穴に戻っていく。何も考えていないのだろう様子を羨ましく思いながらパン屑をまたちぎる。
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」
「そりゃあサンディ、君は有名じゃないか。天司長の愛児だろう?」
 サンダルフォンの顔がくしゃりと、歪んだ。
 ルシフェルとの中庭での逢瀬の帰りだった。
 偶然なのか、態々聞かせるためになのかは確認のしようがない、廃棄か、愛玩かというサンダルフォンの意思もなにもない問い掛けに沈黙を貫いていたルシフェルへの、失望にも似た、虚しいだけの怒りを忘れてはいない。静かな回廊に、彼らの声はよく響いた。
 きっと君にも役割があるという言葉は上辺に過ぎなかった。ルシフェルに、一欠けらもサンダルフォンへの期待はなかったのだ。そんなにも、俺は哀れだったか、慰みの言葉で浮かれる俺は愉快だったか。零れ出してしまいそうな怒りを押し込んで、あふれ出しそうな恨みを呑み込んで見詰めたルシフェルは普段と変わらぬ──それどころか、明らかに様子がおかしくてサンダルフォンも、思わずどうかされたのですかと、身も蓋もない言葉を口にしていた。
 ルシフェルはふふふと笑ってからサンダルフォンの髪を一房つまみ、また笑みを深くした。
 にこやかな晴れやかな笑みに訝しむサンダルフォンを見て、また笑みを浮かべる姿は、不気味だった。
 怒りや恨みも形を潜めてルシフェル様がおかしくなってしまったとサンダルフォンが不安になるのも止むを得ない異常であった。今日は私が珈琲を淹れようというルシフェルに任せたまま飲んだ珈琲の味はさっぱりわからない。いつになくご機嫌な様子であったものの、ふと悲し気に部屋まで送ることが出来ないと言われて、これ幸いと言わんばかりに、逃げるように平気ですと中庭から自室へと戻ろうとする中でサリエルと、それからベリアルと顔を会わせたのだ。
 ルシフェル様がおかしいです、だなんて誰に言っても信じてはくれないだろうと、サンダルフォンは憂鬱な嘆息を漏らした。
「何かお悩みかい?」
「悩みというほどのものじゃない」
「まあまあ、悩みなんて口にしてみたら大したことがなかったりするもんだ。言うだけならタダだし、言ってみな?」
 ベリアルの性根を知るものならば胡散臭い口八丁であるが、知り合って間もない上に、共通の知人ともいえるサリエルはベリアルに心を許している。サンディと揶揄うような口調には不快感みたいなものがあったが、そもそも人付き合いなんてしたことのない箱入り天司であるサンダルフォンには理解の範疇を超えている。それもそうかもしれない、なんて思ってしまって、あまりの純真さというべきか無知な様子に、口にした当人であるベリアルが不安になった。
 知能に制御は掛けておらず、教育はルシフェルに一切任せたというルシファーの言葉を疑ってしまう。
 ルシフェルは本当に教育をしたのかと、垣間見える公正無私とはかけ離れた歪な偏執に目を見張る。毎日のように研究所に押し掛けては、とうとう中庭の権利をもぎ取った姿からして、無欲無私ではない。サンダルフォンが少しでも穏やかに過ごせる環境のためにと言いながら、中庭を使用するのはルシフェルがいるときだけだ。それも星の民や天司が寄り付かないようにと立入禁止までしている。誰のための中庭であるかなんて言うまでもない。だというのにルシフェル本人は無自覚であった。だからこそ、ルシファーも許していた。苛立ちの片鱗はあったものの、自覚がないのであれば、そのままにいずれ、サンダルフォンという存在を忘れ去るだろうと、どうにか爆発しそうな怒りを抑え込んで許可を出したのだ。
 その時にレッドカードを突き付けていればノイローゼになることもなかっただろうにとベリアルは懐古する。
 サンダルフォンは言葉を探してから、見つかった様子で、思いきりがついたように口を開いた。
「ルシフェル様が何を考えているのか分からないんだ」
 神妙な顔で口にしたサンダルフォンに、ベリアルは目を白黒とさせて、逡巡、耐えきれずにふき出した。サリエルが思わず蟻から視線をあげるほどの勢いで、げらげらと笑い声をあげるベリアルにサンダルフォンは戸惑う。悩みを笑われた怒りや悲しみよりも戸惑いが勝っていた。
 ひいひいとどうにか笑いをおさめたベリアルをサンダルフォンは得体の知れない異物を見るような眼で見ていた。サリエルはきょとりとしてまた蟻の観察に戻っている。眦に滲んだ涙をぬぐいながらベリアルは「悪かったね」とちらりとも思っていない様子で謝罪を口にした。
 訝しむサンダルフォンににっこりと笑い掛ける。
「天司長のことを理解できる存在なんてこの世界にいるわけがないじゃないか……それとも君が理解者のつもりかい?」
「そんなつもりはない、俺なんかがあの人の理解者になれるだなんて思ってもないさ」
 サンダルフォンはやや食い気味に、薄笑いを浮かべて自虐的に口にした。
「なら君が気に掛けることでもないだろう?」
 ベリアルに言われて、サンダルフォンは、そうだなと卑屈な笑みを浮かて同意を示した。その姿に、ベリアルは惜しいなという気持ちになる。昏い瞳が秘めている薄暗い感情。元々サンダルフォンには目をつけていたのだ。ルシフェルの心を乱す、故にルシファーに毛嫌いをされているとはいえ、無二の存在。数多の天司を造ってきた創造主を以てしても最高傑作と言わしめるルシフェルに欠点も弱点もなかった。それが、外付けのサンダルフォンが唯一の弱点となりえた。その弱点も、今ではルシフェルの手元にわたってしまった。
 ルシフェル自身にサンダルフォンへ対しての感情への自覚があるか否かは問題ではない。寧ろ、無自覚であればこそ恐ろしい。サンダルフォンの憂鬱そうな横顔にちょっとした同情を覚える。可哀想なサンディ、廃棄とどちらがマシであったろうねとベリアルはにっこりと笑い掛ける。
「俺には話を聞く程度のことしか出来ないが見かけたら声を掛けてくれ」
 サンダルフォンは戸惑いながらも分かったと心無く首肯してから、私室へと戻るために、離れの区画に向かう。
 話をしたからか、すっきりとしていた。足取りは軽やかだった。何の解決もしていないことは分かっているが、ある意味では解決をしている。
 何もかもが無駄で無意味だと、改めて胸に刻みつけた。
 サンダルフォンがルシフェルを理解できないように、ルシフェルもサンダルフォンを理解できない。理解は不可能だ。生物としての次元が違うのだ。求めることに意味は無い。役割も廃棄も、愛玩も。何もかも。ただ命じられたままに造られたに過ぎない。それがサンダルフォンだ。特別な存在でもなければ、期待も寄せられていない。サンダルフォンという存在はその程度だ。確認が出来た。確信に至った。サンダルフォン一人の思い上がりだと、知らされて、今では羞恥が湧き上がる。それすらも無意味であるのだと、満足に、感情をひとつ、棄て去る。
 足取りはふわりと軽い。飛んでるような心地を思い出して、人知れずくすりと笑った。
 ベリアルの言葉は福音が如く、サンダルフォンの導となった。
 期待にも、怒りにも、恨みにも何もかもに見切りをつける。散々にサンダルフォンを苦しめ続けた忌々しい感情は全て天司長に紐づけられていた。それも、ぷつりぷつりと切り離せば所在なく、なぜ存在しているのかと不思議に漂っていた。消し去ることは容易い。サンダルフォンは全てまっさらに流し込んで、部屋で人心地着く。
 廃棄の時はいつなのだろうかと考えて、まあいつでも良いかと寝台に腰かけ足をぶらつかせる。
 どうせ惜しくもない命だ。意味もない命だ。
 見切りをつけて、ルシフェルへの期待も寄せずに、ただ中庭で顔を会わせる日々の繰り返しのなかで、流石のサンダルフォンも研究所内に立ち込める異常な雰囲気には気が付いていた。研究所は不穏な空気に充ちていた。ざわざわと落ち着かない。しかしルシフェルが「サンダルフォン、君は案ずることは無いよ」というのでサンダルフォンは口を噤んだ。何を言ったところで無意味なのだ。口にするまでもないことだと身の程をわきまえている。
 暗澹とした雰囲気に唆されたみたいに、サンダルフォンのなかでちらっと暗い感情が思い出したように囁いた。裏切ってしまえ。だけど、サンダルフォンには不可解でもある。裏切って、どうするのだ。
 機密を知っているわけでもない。裏切りというほどの衝撃を与えられる要素はない。ただ無価値に切り捨てられる未来は想像に難くない。サンダルフォンという存在に価値はない。そもそも期待も信頼も寄せられていないサンダルフォンの行為は、裏切りと呼べるのだろかと考えてまた、無意味なことを考えてしまったと切り捨てた。
 言われるがままに過ごしている。サンダルフォンとしての意思を一つ二つと切り捨てていき、自身が伽藍洞になっていくのを感じ取っていた。自身ですら感じ取っている変化に、ルシフェルは何も口にしない。ああ、そんなものかと未だに期待を寄せていた自分が情けなくて、また一つ、切り捨てる。
 ほどなくして、叛乱は制圧されて、そして叛乱の首謀者も処分をされた。研究所は解体をされて、天司はルシフェルの命令の下に空の世界のために機能するようだった。ベリアルやサリエルの姿も見えなくなり、少しだけ、サンダルフォンにとって数少ない見知った存在であったから、一抹の寂しさを抱いたものの、サンダルフォンは一人蚊帳の外だった。
 研究所がなくなったとはいえ、サンダルフォンが自由になったわけではない。サンダルフォンが肉体を維持する場所が、研究所の誰も近寄らない区画の一室から、カナンという生き物全てを拒絶する土地へと移っただけの変化だ。
 星の民は苦手だった。植え付けられた劣等感もあって、感情を捨てたつもりであっても天司の視線には狼狽える。サンダルフォンにとって息のし辛い研究所に思い入れはない。だけど、何もないカナンの地は時間の経過も感じられず、ただただルシフェル一人を待つだけの日々で、安心感も何もなく、それどころか、何度も狂いたくなった。狂って壊れてしまいたいのに、許されない。サンダルフォンに自由はない。
 カナンを訪れたルシフェルを出迎えた。
 ルシフェルの手によって研究所の中庭が再現された、その場所で珈琲を共にすると、研究所にいるかのような錯覚に陥った。
「叛乱に加担したものを封じ込める檻についての話を覚えているだろうか」
「はい、パンデモニウム、ですよね」
 よく覚えていたねと満足な顔をするルシフェルに、サンダルフォンは笑みを返して、今日の珈琲は酸味が強いなと思いながら口をつけた。
 ルシフェルがいない間にあちこちを探索して、とても、サンダルフォン一人で抜け出すことはできないと愕然とした。吹き荒れる風の中を飛べるほど、サンダルフォンは飛行が得意ではない。呆然と、立ち尽くした。
 天司長が存在を忘れてしまったら、サンダルフォンはおめおめと朽ち果てるしかないのだろうと、肝を掴まれたみたいにぞっとした。緩やかにじわじわと朽ちる未来を想像してしまった。今更、廃棄を恐れるつもりはない。だけど、それならばいっそ裏切りに加担をして、堂々と切り捨てられた方がはるかにマシであったのではないかと後悔みたいなものが過った。
「叛乱の始末も終えて、天司の機構も確立した。今更かもしれないが……君にも役割をと思ってね」
 思わず固まり、ルシフェルのことを見詰めてしまった。
 ルシフェルは悪戯が成功したみたいに、してやったみたいな笑みを浮かべている。
「俺にも、役割が、あるのですか」
「勿論だ」
 声が震えた。期待をするなと自身に言い聞かせながらも、サンダルフォンは胸を躍らせていた。失望を思い出せと冷静な自分を置き去りにして、はしゃぐ自分を抑えきれない。そんなサンダルフォンを見詰めてルシフェルは微笑みを浮かべた。
 サンダルフォンが役割を求めていたことを、ルシフェルは誰よりも知っていた。
 自らの手で作り出したからという理由以上に、サンダルフォンという存在は特別だった。
 廃棄か愛玩かと問われて即答できずにいた自分に怒りが湧いた。廃棄でも愛玩でもない。サンダルフォンをそのように扱うだなんて、許されたことではない。誰が許しても、私は許さないと、それから懇々とルシファーの認識を正すべく説いた甲斐もあってサンダルフォンの廃棄という案も、代替機という役割も撤回をされた。役割を撤回されてからは、どこか虚ろであったサンダルフォンだが、これからは役割がある。
 サンダルフォンが役割が無いことを気に掛けていることを知っていた。役割の有無でサンダルフォンの価値は変わらない。ルシフェルにとって変わりのない存在だ。とはいえ、天司として造られたのに、役に立ちないのにと嘆く言葉を否定することは出来なかった。
 今までの関係が変わってしまうのではないかという憂慮はある。だが、やっと、サンダルフォンに役割を与えられる。尋ねても欲を持たずに微笑を浮かべるだけだった彼の唯一といってもよい願いを叶えられるという達成感があった。今ではすっかり、役割についての問い掛けもされなくなった。ただ、カナンを訪れてルシフェルの言葉を聞いている。変わりは無いかと問い掛けても何もありませんよと言うだけだった。見えない壁がそびえ立っている。距離が感じた。
 役割を与えるまで、随分と待たせてしまったという申し訳なさと、不甲斐無さを感じる。
 叛乱の始末や研究所の解体を忙しなかったのは言い訳だ。
 与える役割は、サンダルフォン以外には務まらない。客観的な判断から、サンダルフォンの能力と、そして性質を考慮したうえで、これ以上にない役割であると考えての判断だった。サンダルフォンだからこそ、任せられるといっても過言ではない。
 サンダルフォンを見詰める。
 ゆらゆらと揺れる瞳を見詰めて、告げる。
「君にはパンデモニウムの監視を任せる」
 サンダルフォンは、目をぱちぱちとさせてから首を傾げる。聴力の不具合だろうか。それとも天司長冗句、というものだろうかと、思案して、繰り返した。
「パンデモニウムの、監視……ですか?」
 首肯をされた。聞き間違いではないようだった。だからこそ、サンダルフォンはわなわなと唇を震わせる。役割を与えられるという高揚感も消え失せる。喜びとはかけ離れた、畏怖がサンダルフォンを襲う。
「パンデモニウムには、造反者を収容、しているのですよね? そんな大役を、なぜ、俺が」
「勿論、君のことを信頼しているからだ」
 サンダルフォンの心は凍てついた。
 試されている。信頼だなんて、どの口が言うのかと、カッとわきあがった怒りが冷める。
 サンダルフォンが、ちらりと、心中で想像をしただけの裏切りすらもお見通しであるように、何もかもが見透かされている。呼吸を忘れた。思い出したように、はふと、奇妙な音が口から洩れた。「サンダルフォン、どうかしたのかい?」としらばっくれるルシフェルを前にして、ああ、そうだったと思い出す。
 天司長は理解できないし、理解も必要としない。
 なぜなんて問い掛けたところで、無意味だ。たとえ、答えられたとしてもサンダルフォンには理解が出来ない。これがお前の末路だったのだというのだろうか。なんて悪趣味なのだろう、否、天司長としての牽制だ。裏切りを許しはしない、お前を信頼なんてしていない。
「……お役に立てるなら、喜んで拝命します」
 引き攣りそうになる喉でどうにか振り絞った声に、天司長は満足そうに、笑みを浮かべた。

title:酷薄。
2020/05/18
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