ピリオド

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「アレの様子はどうだった」
「どうも何も……。まあ生きてはいるよ。人体についての知識があるだけはあるね、流石はファーさんだ。ただ瞬くは治療が必要だよ」
「アレは脆すぎる」
「しょうがないだろう?」
 肩を竦めたベリアルに、ルシファーは詰まらなさそうに嘆息した。
「ああ、そういえば覚えるかい?」
「何がだ」
「何がってことはないだろう? 今日はルシフェルの帰省する日だ」
「そんなことか。わかっている。だからアレは絶対に外に出すなよ」
「はいはい。外に出ることもできないよ、あんなんじゃね」

 すんすんと鼻をすすりながら膝を抱えている弟の手足は包帯まみれだった。包帯の下は青黒い痣で見れたものじゃないし、見られるわけにはいかない。やっと二桁になるという年だというのに、華奢と言えば聞こえはいいが殆ど肉付きなんてない痩躯だった。世間的には虐待である境遇であるが、生憎と身内だけで構成された世界において、憐み同情する心を持ち合わせる稀有な存在はいても手を差し伸べるような命知らずはいない。
 声を上げることもなく、かみ殺したように、泣き方だけは大人びてしまった弟を慰めるなんてことは出来ない。相応しくない。兄を名乗るのならば、弟として扱うのならば、本来、俺はあの人を止めなければならない。だというのに、脳内はその過程を他人事として処理していた。いよいよと声を掛けたのだって、死んでしまうからという「弟」の生命活動を心配したのではない。あの人を「殺人者」になんてしてはならないからだ。きっと人でなしの鬼畜なのだろう。自負していることだ。わかっていることだ。
「どうして、いきてるんだろう」
 ぼんやりと不思議そうにつぶやいた弟は答えなんて求めていない。その純真故に、無垢な独り言を耳にして、たまらなく、息苦しくなった。

 数年ぶりに帰省をした実家は、相変わらず息苦しい閉鎖空間だった。生まれ育った場所といえど、好ましいとは思えない。愛着もない。両親は健康そうだったが、相変わらず他所他所しさで、肉親でありながら他人のような距離感を感じる。今更なことだった。不意にああそういえばと思い出して、手伝いのものに声を掛ける。実家にいたころには見たことのない少年はなんでしょうと緊張した様子で応じた。
「あの子は、」
 あの子。
 口にしたところで、自分は誰を探していたのか。あの子、とは誰を指しているのか。
 あの子、と鸚鵡返しに手伝いのものが困ったように首を傾げた。
「……いや、なんでもない。さがってくれ」
 なにかあればおよびください。少年が下がる。
 あの子。
 誰のことだ。
 思い出せない。それがひどく、苦しい。

「おいでサンダルフォン」
 優しいあの人を思い出す。唯一の、優しい記憶。あたたかな思い出。あの人は神様と同じ姿で違う人。だけど、神様のような人。憎悪の対象でしかない、呪われた存在にも分け隔てることなく優しさを与えてくれた。傷ついてボロボロで醜いからだを抱きしめてくれた。
「あいつはもう来ない」
 神様に言われても、嘘だと、そんなことないあの人はいつだってまた来るよと言ってくれた。嘘なんて一度もつかれたことがない。否定をしたけど、けれど、あの人は来なかった。そんなはずがないと、待っても待っても、あの人が現れることはなかった。
「お前のような醜い怪物を、誰が必要とする?」
 神様とあの人は同じ顔だった。同じ声だった。
 同じ顔で、同じ声で、残酷な言葉が胸を抉る。
「でも、」
 言い訳を、神様が許すはずがない。
 破裂音のような鋭い音が響いて、じくじくと頬が熱を持つ。じんじんとした痛み。ぶたれたのだと気づいたときにやっと、ぽとりと、涙があふれた。現実なのだ。俺は、どうしようもない怪物で。怪物だから、愛されるわけがなかった。きっと、愛ではなかった。優しさなんかじゃなかった。きっと、俺は夢を見ていた。幻想だった。愛されたいと、願っていたのだ。必要とされたいと、想っていたのだ。そんな資格ないのに。だって、俺は怪物なのだ。醜い、生きてはならない、呪われた、どうしようもない命で。だから、神様に嫌われている。

 当主であるルシファーの居住区は限られた人間以外立ち寄ることができない。実の両親すらその中には含まれていない。そんな限られた人間のなか当主が唯一己と対等と認めている彼は、当然の如く、含まれている。
「お帰り、ルシフェル」
「ルシファーは?」
「挨拶もなしかよ……。まあいいさ。ファーさんならやっと休んだところだ。仕事が溜まっていてね。挨拶なら夕飯時にしてくれ」
「そうか」
 お前に用はないとでもいうように、背を翻すルシフェルに、苛立ちなんて覚えることはない。彼は特別な存在だ。特別な人の、特別な存在だ。そんな存在に苛立ちをぶつけるだなんて、おそれおおいことじゃないか。快楽主義者とはいえ、まだ、命は惜しい。ただほんの少しだけ「ざまあみろ」なんて思うくらいは許されたっていいだろう?

title:朝の病
2020/02/14
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