ピリオド

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 青い眼は感情が抜け落ちたように無機質であり、冷ややかな温度でサンダルフォンを見下ろしている。そっくり同じ顔の人が決して見せることのない表情である。他の天司ならいざ知らず。ルシフェルによって造られたサンダルフォンにとっての基準はルシフェルであった。ルシフェルが浮かべる表情が、サンダルフォンにとっての基準である。サンダルフォンはびくびくと震えて、ルシファーが手を伸ばせば過剰に肩をびくつかせた。その反応を鬱陶しがるようにルシファーが舌打ちを零せば、サンダルフォンはさらに怯えて、顔を強張らせ、とうとう俯いた。
 ルシファーの思惑を図ることなんて誰にも出来やしない。思考を読み取ることは出来ない。発想を予想することは出来ない。最高傑作と評する天司長にわざわざ造らせたという天司に、必要以上に接するのも、何か意図があるのだろうと思っていた。サンダルフォンの役割を予め知らされていたベリアルは悪趣味なことだと、うきうきと浮き足立つ気持ちであった。いつ真実を告げるのだろう、いつ実行をするのだろうとワクワクと胸を弾ませていた。必要以上にサンダルフォンに接触を計るのは、自身に対する恐怖を植え付けているのだろうとばかり、思っていたのだ。
 ルシファーがぽつりと漏らした言葉を耳にするまで。
「なぜアレは怯えている」
 耳を疑った。
 その言葉は、まるで、怯えられているということが不快であるように聞こえる。怯えられたくないように聞こえる。サンダルフォンから向けられる感情を、気に掛けているように聞こえる。サンダルフォンという存在を、有象無象の一つではなく、個として、認識しているように聞こえる。
 ルシファーらしくない言葉であった。
 冗談だろ?
 聞き間違いだろうか。それとも単純に、疑問に思っているのだろうか。いや、疑問に思うこと自体が在り得ないことだ。
 なんせ、ルシファーが口にするには似つかわしくない言葉だ。ベリアルは体調が悪いのだろうかと心配になる。スケジュール管理に問題はなかったはずだ。バイタルチェックにも問題はなかった。徹夜明けだろうかと考えていや寧ろ睡眠をとったあとだ。なら寝惚けているのか。ルシファーの身を案じる。そんなベリアルを知ったこっちゃないと言わんばかりに、ルシファーは現状確認のためか、脳内を整理するためか、ぶつぶつと呟いている。
「ルシフェルと俺は同じ容貌だ。なのになぜアレは俺に対して怯える? まだアイツに対して危害は加えていない。なぜルシフェルには怯えない。顔が原因ではないのか。星の民であるからか? いや、他の研究者に対してもあそこまで露骨ではない。ルシフェルを慕っているのではなく天司長故か? ルシフェルに造られたとはいえ、アレは天司長と麾下という関係に違いはない。役割を告げていないとはいえ上下関係を認識している。いや、そもそも……」
 一つ一つを確認をしているが、聞いている限り、全てが不満であり、愚痴であった。ベリアルは乾いた笑いを零す。サンダルフォンがルシフェルを慕っているのは、創造主であることが唯一の理由ではない。ベリアルですら察しているというのにルシファーは気付いていない。気付いていないのか、気付きたくないのか。認めたくないのだろうか。ぶつぶつと呟いているルシファーにベリアルは声を掛ける。気が引けた。出来るならば知りたくないことであったし関わりたくない。面白半分で首を突っ込んではいけないと警鐘がなる。それでも首を突っ込んでしまうのはベリアルがベリアル故である。
「まさかルシフェルと同じように接してほしいのかい? ルシフェルに向けてる顔を向けてほしいのか?」
 ルシファーは首肯することはなかったが、否定もしなかった。何やら思案している。サンダルフォンがルシフェルに向けている笑みといえば全幅の信頼を寄せて安心しきったものである。とてもではないがルシファーを前にした表情とは真逆もいいところである。
 ベリアルは嫌な予感がした。興奮は全くと言っていいほどかき立てられない。ただ単純に、ベリアルの手に負えないような面倒事が起きる予感がした。ややあって名案が思い浮かんだかのようにルシファーが口を開いた。
「……俺の直属に変更させるか」
「ファーさん、待ちなよ。待って。それはあまりにも早計すぎる」
「なぜお前が判断を下す。決定権は俺にある」
「いやいや落ち着きなって。流石にヤバい。ルシフェルの反感を買うのはマズい。何より今所属を移したら勘繰られるって」
「俺は落ち着いてる。お前が落ち着け」
 いやファーさんこそ落ち着いてくれ。
 言葉を噤み、脳をフル回転させる。如何にしてとどまらせるか──。
 ルシフェルがサンダルフォンに向けている感情が単なる親心といわれるものなのか、下心が含まれているのか、現状においては測りかねる。傍観する分にはどちらも愉快であることに違いはない。被造物に劣情を抱く公平無私であったはずの天司長、という姿は背徳的で興奮する。兎も角として、ルシフェルがサンダルフォンを贔屓しているのは誰の目から見ても明らかであり周知されていた。サンダルフォンという存在がルシフェルに影響を与えていることは、ルシファーも把握していたはずだ。
 どうしてあんたまで影響されているんだ。
 思えば忌々しそうにしていたのは、思い通りにならないサンダルフォンに対してであり、同時にルシフェルに対してでもあったのだと今になって気付いた。
 ルシファーという男はぶっ飛んでいる。自分の欲望のためにあらゆる犠牲を厭わない精神性、手段は選ばず、何事も最短で簡潔である。全てにベリアルは心酔している。ただ一点。彼に欠如しているとすれば対人関係につきる。
 ルシファーは他者に興味を抱いていない。抱くことがない。自分以外は全て利用価値があるかどうかという点でのみ認識している。唯一、認識しているとすれば最高傑作と評するルシフェルのみである。ルシファーはルシフェルを唯一、己と対等であることを許している。
 ベリアルの推測だが、サンダルフォンに利用価値は無い。だがその認識を上書きして、ルシファーはサンダルフォンを認識している。最高傑作であるルシフェルを意図せず嫉んでいるほどだ。
「まずはトモダチから始めよう?」
「俺はルシフェルとの関係性をアレに望んでいるわけではない」
「まずは! ま・ず・は、だって! こういうのはステップを踏むものなんだよ。じっくりと距離を縮めて、逃げられないように仕向けるんだ。急くものじゃない」
 ふむと一考してみせたルシファーにさらに畳み掛ける。
「そもそも怯えられてるのは無表情だからじゃないか? ファーさんみたいな美人の無表情って迫力あるんだよ。箱庭育ちには刺激が強すぎる。ほら、ちょっと笑ってみせてくれ」
 ベリアルの提案に、ルシファーは胡散臭そうな顔をしてから言われたとおりに笑って見せた。口角を上げてみせた。目元は一切変わらない。笑っているというよりも、嗤っている。人を、見下す笑みである。ベリアルには見慣れた冷笑である。美人だなと呑気に思える程度には見慣れている。だが、ルシフェルの陽だまりのような微笑を見慣れたサンダルフォンは更に怯えるであろう笑みである。これはいけない。ますます関係が悪化する。
「……オーケイ。また今度、練習しよう。とりあえずは、名前を呼んで日常会話からはじめよう」
「名前」
「そうそう、何事も情報が重要だ。趣味嗜好を本人から聞きだし次の会話につなげていく。警戒を解かせるには歩み寄りが必要なのさ」
 そう言ってベリアルは、一先ずは引き留めることが出来ただろうと一息をつこうとした。のだが、ルシファーが考え込んでいる様子に、ひどく、不安になる。名前、名前と小さく呟いているものの、サンダルフォンのサの字も出さない。出てこないでいる。
「…………マジか」
 ベリアルは頭を抱えた。

【ファーサン】「まずは友達から、始めよ?」
#この台詞から妄想するなら
2019/03/09
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