「何泣いてんだよ。」

大きなうろこがひとつ、ふたつ、みっつ。ぼとりぼとり、ぼとり。淡いオレンジ色の目からとめどなくおちる色は、当たり前だけどオレンジじゃなかった。ちゃんとした透明だった。ちゃんとした、涙だ。教室の隅で小さい肩が震えているのが見えたのは俺だけだからなのか、いつもなら狭いはずの教室がやけに広くみえた。もう放課後なのに、花巻は日誌を書く手を止めてぼうっと窓の外をみていた。窓ガラスが恥ずかしがって赤面するんじゃないかってぐらいみていた。驚かしてやろうとして近寄ったのにな。花巻から剥がれる涙がとてもそういう雰囲気にはさせない。俺は空気はよむ男だ。自称だけど。
「…あ、ごめ ごめんなさい!こんな時間まで何してたの?」
ごしごしごし。ブラウスの袖がぬれていく。質問を質問で返すなよ。
「美徳ちゃんに怒られてた。」
そっか、と笑う花巻の目は赤い。そしてまた、いまにもおちそうなうろこ。
「なに、泣いてんの。」
前言撤回。俺は空気のよめない男だ。



「…お兄ちゃんとけんかしたの。」
消えそうなぐらいちいさい声でつぶやいた花巻の唇は震えていた。まる、さんかく、しかくの涙がおちた。そう見えたのは多分俺だけだけど。
「満さんと?なんで」
「お兄ちゃんに嘘ついたから、」
「うそ?」
「うん、うそ。わるいこでしょ、」
うそなんて誰でもつくだろ、とはいえなかった。きっとそういう素直な世界で生きてきたんだ。満さんも一緒だから、ふたりとも純粋なんだろうな。そんなことを考えながら、俺はつぎの言葉をさがしだす。いつの間に俺はこんないいひとになったんだ全く。
「傷つけるうそはだめだなあ。」
守るうそなんてないの知ってるけど、うそつきの俺はそんな言葉をかける。攻めるような口調に花巻の涙は勢いを増して、首をなんどもこくこくと縦にふった。

「いっしょにごめんなさいしようぜ」

満さんとおなじ色の頭をぽん、と一度だけ触った。驚いたように目を見開く姿がなんだかおもしろくて、思わず笑ってしまった。もう一回いうけど、俺は空気が読めないから。

「帰ろう。」

いつのまにか鱗はきえていた。赤くなった鼻がいちごみたいだった。

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