この手の力@


※シリーズを通して下品な会話が多かったりします。
※悪ふざけ過多
※設定捏造多数
※R18表記ですが本番までいきません、ただ下品なだけ。




俺たちの関係は、まあ良好だった。
普段はいつも通り。何かとお小言の絶えない相棒のねちねちとした精神攻撃をかわしつつ仕事をこなし。プライベートで他人からは見えない場所でたまに手を繋ぎ、たまに唇を触れ合わせ、愛を囁いた。相棒は中々の恥ずかしがり屋であるからそこまでたどり着くのは本当に希であって、そんな日は決まって最後はなだれ込むようにして身体を重ね合わせた。
セックスの最中のムラサキは、必死でかわいかった。眼鏡もかけていないあいつの顔が気持ちよさに負けてきゅっと歪む時とか。耐えきれずにびくびく引きつっちゃう長くて綺麗な足、とか。かわいいしこういうのを、セクシーって言うんだろうなと思う。
それに、どうにかして理性を手放さず己を保とうとする為に何かに縋りつく姿はこの上なく魅力的だった。シーツだったり枕だったり。とにかく何かを抱き込むように掴むのだ。でも最後には、決まって俺の背中に辿りつく。震える指が無我夢中で俺を求めているのが肌で分かった。
俺しかいない。お前には、俺しかいないのだ。
そんな気がして、得も言われぬ幸福を感じる。

「いってぇ!」

ある夜、それは確か、満月の日。明るい日。そして上手くいった日だった。
ムラサキは珍しく外で手を繋ぐのも、キスも、拒まなかった(のは、周りには人っ子1人いなくて、そこはいい感じの夕焼けで照らされていて、たまたまあいつの機嫌も良くて多分その好状況が重なったおかげなのだろう)。好きだと言った、バカ野郎と返された。分かりきってること言うなだなんて、言われた。たまには大嫌いだなんて言ってみろよ、とか笑って言われた気もする。でもムラサキの耳が赤かったのは、ちゃんと覚えている。
何かそんなことがどうしようもなくかわいく見えて嬉しくなって、それからすぐムラサキの家へ行った。半分走るみたいにしてベッドへもつれ込んで、もみくちゃになりがら服を脱いだ。
俺はその日、セックスの最中にたまたま声をあげた。正常位で抱き合うとき、ムラサキは俺の背中に手を回す。そこまではいつものことだった。
しかしそれは、たまたま起きた。本当にたまたま。だって、今まではそんなことなかったから。
ムラサキの指が。背中に食い込んでピリピリと痛みを与えた。だから俺は反射的に、感想をそのまま口にしてしまったのだ。痛いって。よくあるだろう。痛くもないのに痛いって言うこと。物が何かにぶつかった時に自分は痛くないのに思わず痛いって言ってしまうこと。本当にそういう、いらない条件反射のようなものなのだ。たまたまその日だけだ、口にしてしまったのは。
その時の、ムラサキの顔は。俺が奴を好きでいる限りきっと一生忘れることはないのだろう。
潤んだ目が、かっと見開かれていた。濡れた唇が震えていた。恐怖と絶望を隠すことすら忘れて、俺を見ていた。
信じられないくらいか細い声で、ナイス。と、一度だけ俺の名前を呼んで黙り込んだ。タイミング悪く奴の目に溜まった雫が涙となって頬を滑り落ちて行きとてつもなく気まずい空気で満たされた。
はい。その日はもう、それでおしまい。
実を言うとその先のことは、あまりよく覚えていないのだ。最後までしたか途中でやめたか、とか。そんなことは重要じゃなかったから。
この日から、今までと変わったことが一つだけある。
ムラサキは、俺の背に縋ることをやめた。



*****



あれから俺たちの関係はがらりと変わった。手も繋がなければキスもしない。好きだの愛だのといった台詞も吐かない。セックスレスの欲求不満の浮気ばりばりの瀬戸際カップル。
と、いう訳でもなく。
絶対に何かあったはずなのに。俺たちの関係は大して変わらなかった。
人がいなくて良い雰囲気になって、それでいてムラサキの機嫌が良ければ、手も繋げるしキスもできる。
ただ変わったことといえば、あれだけ。セックスの時ムラサキが絶対に俺を掴まなくなったことだけ。

「なぁ」

今日も俺たちは、いつも通り身体を重ねる。つもりだ。
ムラサキの自宅の脱衣所で、俺はシャワールームにいる奴に話し掛けた。時刻は21時を回ったあたり。

「何だ」

水の流れる音に混じって、億劫そうな返事が聞こえてくる。俺たちを隔てる扉は磨りガラスで、鮮明に姿を捉えることはできずとも互いの姿はしっかり認識できた。

「お前ってさ。こういう……ヤる日って、念入りに身体洗ったりするわけ」

がこん、と鈍い音がした。見ると慌ててしゃがみ込むムラサキのシルエット。シャワーヘッドを落としたらしい。

「…………何だそれは、どういう意味だ」

平静を装っている声。ムラサキはこういう時、完璧に冷静な自分を演じようとするから逆に動揺が分かりやすい。

「別に?何となく、気になっただけ」

そう、何となく、問うたら何と答えるのか気になっただけ。深い意味は、本当にない。
脱衣所の、簡素な棚に置かれた籠が目に入る。ムラサキが先ほどまで着ていた服が無造作だが畳んで入れられている。几帳面だなこいつ。これから洗う服まで畳むなんて。きっと無意識な習慣なんだろうけど。
その横の籠にはこれから着るであろう寝間着の服が、こちらは見事なまでにしっかりと畳まれて置いてある。無駄に整頓された空間の中で、今ここにある服を全部持っていって寝室まで逃げたら面白そうだなとぼんやり考えた。
服の上には当然ながらきっちり折りたたまれている眼鏡が乗っている。一度シャワールームに目をやってからそれを取り上げる。ツルの部分を広げて掛けるような真似事をしてみた。
あいつはいつも、レンズ越しにこの世界を見ているんだな。
何かを1枚隔てて見る世界は、一体どんな物なのだろうか。
目も良い俺には、分からない世界だ。

「…………答えなきゃならないのかそれは」

ムラサキの声が聞こえて慌てて眼鏡を離す。様子をうかがう。ムラサキがこちらを見ている素振りはない。気付かれてはいないようだ。まあ、別に悪いことをしている訳ではないから隠す必要なんてないのだが。

「えー?答えてくんないの」

元の形になるようにツルをたたむと置いてあった場所にそっと戻す。

「俺にそんな義務はないだろ」

「……はっ、いーよ。知ってるし」

実際、聞かずとも答えは知っていた。ムラサキの入浴時間は変わらない。毎日毎日だいたい決まった時間だけ入る。まあ、毎日いちいち計っている訳じゃないけれど。恐らくセックスする日もしない日も、同じだけ。男にしては、結構長いけれど。
ただしだ。セックスする日としない日とでは変わらないが、俺と付き合う前と後とでは変わった。俺とそういう関係になってから、あいつの入浴時間は妙に長くなった。
言ってやらないけど、ほんとこういう所ってかわいいと思う。かわいい、というか健気、か。
涼しい顔をしてきっと毎日毎日俺のことを意識しているのだ。考えていないつもりでも心の奥底に俺という存在がしっかりと根付いている。それに自覚というものが伴っているのかどうかは、定かではないけれど。

「……おい、知ってるってなんだ」

「だから答えは分かってんだって。お前って毎日毎日なが風呂しすぎだけどさ、それって毎日抱かれたいって密かにアピールしてる?」

「……もう上がるから出てけ」

「おいおい、いつもより大分はやいけどいいのかよ?」

「うるさい黙れ」

シャワーの音が止んだ。どうやら本当に上がるつもりのようだ。茶化しすぎたか。本当にはやい。

「悪かったよ、もっと入ってていいぞ。ゆっくり洗え」

「そっ、そんな風に言われて入れるか!」

ガラス戸を手のひらでばんばんと叩いてとにかく出ていけと主張してくる。怒ると少し子供っぽくなるよな、こいつって。
というか、別に俺がいてもいいのにと思う。俺の目の前で濡れた身体を拭いて、服を着て、そしてまた俺の手で脱がされて濡らされればいいのに。なんて言ったら本格的に怒り始めそうだからやめておくことにする。風呂場でキレられたら自滅してムラサキのやつ、滑って転びかねない。普段が冷静なやつ程、本気で怒り始めると周りが見えなくなるから。

「はいはい、分かりましたよ」

嫌味たっぷりに言ってガラス戸を一度だけ叩く。大人しく脱衣所を出て寝室へ向かった。俺って素直で優しいだろう。ああ、でも単なる素直ないい子ちゃんだと面白みがない、と。それなら大丈夫。心配ないさ。
言われなくともムラサキの服は、全て俺の腕の中にある。面白そうなことは実践あるのみだ。あいつ、全裸で上がってくるのかな。そういうの一番嫌がるのに。まあ眼鏡だけは情けで置いてきてやったけど。
うん。やっぱり俺って、優しいな。



*****



寝室へ入ってきたムラサキは思いのほか冷静だった。
ベッドの上に散乱している服を見て怒る気も失せたのかもしれない。
現れたムラサキは裸じゃなくて正直がっかりした。タオルも全て奪っておくべきだったなと腰に巻かれたそれを見て後悔する。

「お前はたまにどうしようもない悪ふざけをするな」

ムラサキはくしゃくしゃになった服を見やりつつ言った。眼鏡をぐいと指で押し上げる。

「いーじゃん、どうせどれもぐちゃぐちゃになるぜ」

「そういう問題じゃない上に、こんな悪戯……しても無意味だろ」

呆れ果てている様子のムラサキをよそに俺は無造作に投げ出されたパンツを取ると指でつまんでぷらぷら弄ぶ。
黒のローライズボクサー。色はあえて紫をチョイスしないのが、なんかムラサキらしい。これが象さんとか熊さんのバックプリントがついたブリーフとかだったら面白いのにと思う。
今度変えておいてやろう。

「フルチンで登場するムラサキってウケるだろ?意味あんじゃん」

「…………フルチンじゃなくて悪かったな」

「謝るならテイク2やる?いいよ、じゃあ廊下からスタートして」

「皮肉ったんだ!」

声を荒らげるムラサキにパンツを投げると、顔面めがけて飛んだそれを奴は片手でキャッチした。

「お前はどうしてそう…………ああ全く!」

ムラサキは頭を掻きむしってから俺に背を向けた。
首を伸ばして様子をうかがうと黙ってパンツを広げているムラサキ。穿くつもりかよ、ここで。
俺は徐ろに立ち上がり一歩やつに歩み寄る。

「ここで穿くの?やめとけよ」

「なんでだ」

「分かってんだろ」

ゆっくりゆっくり近付いて、ムラサキの腰に巻かれたタオルに触れる。触られたことで反射的にムラサキの身体は震えるが反応はいまいち薄い。ある程度、俺がこうくるということを予測していたようだ。いや。どちらかというと覚悟か。
結び目はまだ、解かない。腰骨をやんわりなぞりつつ上から片手を差し入れた。親指はタオルに引っ掛けて、他の指で隠れた肌を優しく撫ぜた。
太もも辺りからくるりと回っていき臀部を揉むとムラサキがもの凄い勢いで俺を振り返った。それに俺は笑って返す。

「どうせまた、俺に脱がされるよ?」

力を込めてタオルを少しずり下げる。尻の割れ目が見えそうで見えない。指をいれてやろうかと思ったがそこは我慢する。いきなり行為に走るのはよろしくない。側にベッドもあるのに。
空いている片手はムラサキの首筋に添えた。頭だけを俺に向けている今の無理な体勢は、ねじられた首筋のラインがとてもきれいだ。そこを指で上から下へ、下から上へ何度もなぞる。

「黙って寝かせるって選択肢はないのか」

「ええ?じゃあ逆に聞くけど、いいわけ?」

寝かせてもさ、と耳の裏側をねぶる。こういう時に背伸びをしなくちゃならないのは悔しい。でも大丈夫、はたから見たらなんとも格好悪いがそんなの当事者たちには関係ないのだと言い聞かせる。
う、と小さく呻いてムラサキは身じろぐ。しかし俺は決して逃しはしなかった。

「ムラサキだってそのつもりだったんじゃないの」

視線が絡む。咎めるような、ムラサキの目。一度手を止めてただ目を合わせた。俺は未だに背伸びをしたままで足がかなり辛い、のだがここで引いたら駄目だと何となく思った。だからなるべく涼しい顔をしながら踏ん張った。
ぎりぎりの状態であった俺にとってはかなり長い時間に思えたが実際どれくらい見つめ合っていたのかは分からない。ただ先に折れたのはムラサキの方だった。
はあ、とため息を吐きながらその場で俺と向かい合う形になるように身体の向きを変える。もう抵抗する気はないようだからタオルの中から手は引いてやることにした。これからいくらでもあの布に隠れた魅惑の桃源郷に触れられるのだ。紳士はがっついてはいけない。
ムラサキがゆっくりと目を閉じながらほんの少し身を屈めると互いの唇にすぐ合わさった。不意にちらりと片目が開きこちらを覗き込んで、これでいいんだろ。と訴えてくる。俺はそれに目を細めて応えた。
風呂上がりのせいかあたたかい、唇が。そしてしっとりと濡れていて柔らかくて、女みたいだなともし本人に言えば容赦なく殴られそうな感想を抱く。
ムラサキの肩を押す。一歩、二歩と後ろに下がりながら徐々に力に負けて背が仰け反っていく。曲がり、辛そうな腰を支えてやる。ここで俺はようやく爪先立ちを止めることができた。ここまで頑張った俺を褒めてもらいたいが、唯一いまこの場にいる相棒には決して知られたくない頑張りだ。いや既に知られているのだろうが自分からわざわざ身長差というコンプレックスを主張したくない。
苦しいのか、ムラサキがうーっと唸った。遊ぶように何度も唇を合わせるだけの軽いキスだが体勢のせいか既に息が荒い。その姿に思わず笑うとムラサキの手がすっと伸びてきて俺の口を覆った。かわいい。指を舐めたら思い切り顔をしかめてきて、またそれがかわいくてがっつくように舌を動かした。

「…………まるで、犬だな……」

「……はは。俺、ムラサキの忠犬?笑える」

「駄犬だろ、駄犬」

こんな時でも変わらず憎まれ口を叩くので俺はもう手っ取り早く黙らせる為にムラサキをベッドまで引っ張り乱暴に押し倒した。いつの間にかタオルの結び目はずるずるになっていて大事なところが半分ほどお目見えしていた。この自然に乱れている感じが、何とも言えぬエロス、とやらを感じさせる。これから萎えたそこが俺の手によって形を変え奮い起ち悦ぶ姿を想像するだけで、俺の萎えたそこが一足先に形を変えてしまいそうだ。さすがにガキくさくて格好がつかないから必死に下半身から注意を逸らした。
ムラサキの上に跨ったまま寝間着替わりのTシャツを雑に脱いでそこらに放る。そろそろ深いやつを一発、と思いキスには邪魔なムラサキの眼鏡をとりベッドサイドへ置く。

「……なあ」

奪われた眼鏡を目で追いかけながらムラサキが口を開いた。

「なに」

「……………………」

聞いても返事がかえってこない。何かを考えるように宙を見つめている。左斜め下あたり。左側を見るのは過去を思い出しているから。下方へ視線がいくのはそれがあまり好ましいものではないから。
嫌なことでも思い出しているのだろうか。でも、こんな時に一体何を思い出しているのだろう。
想像が、つかない。という訳ではないのだ。あるじゃないか。俺たちの関係で、ただ1つだけ変わったこと。

「……なんだよ、眼鏡とらないと出来ないぞ」

「………………何がだよ」

「ふっかぁいの」

そうわざとおちゃらけたように言うと俺のふざけた物言いに脱力したのかムラサキは小さく笑った。

「…………ああ、そうだよな」

ムラサキの唇を包み込むようにキスをした。別に何を思い出していても、考えさせないようにすればそれでいい。気難しい奴のことだ、きっとどうでも良いことをあれこれ引っ掻き回して複雑な問題にしてしまっているのだろう。
唇を舌でなぞる。柔らかいその感触をじっくり確かめる。ゆるゆるとかたく閉じられた唇が開き始めた。ねじ込んて歯をとんとん刺激すると観念したように俺を招き入れた。

「んん……」

歯列をなぞり、それから舌を捕まえ絡ませ合えば鼻にかかった声がもれた。舌を強く押し込むとムラサキの身体が跳ねる。ぐちゅ、と響く下品な音が耳障りだ。
上顎を責めるとムラサキはにわかに足をばたつかせ始めた。弱いのだ、ここが。さりさりと足がシーツを引っ掻く音が、唾液が絡み合う粘着質な水音に混じって微かに聞こえてくる。

「ふっ、ぅ……ぁ」

しつこく弱い場所を責め続けると、ムラサキはだいぶ余裕がなくなってきたようでしきりに首を振るような動作をし始めた。その度に角度が変わりリップ音が鳴り響く。
そろそろ開放してやるかと思い最後は舌に巻き付きこれでもかと吸ってやる、ムラサキの腰がいやらしくうねったのを確認して、唇を離した。
相棒ははふはふと一生懸命に酸素を取り込んでいる。俺も乱れた呼吸を整えようと深く息を吸い込む。

「……お前、な……最初っから、飛ばしすぎだろ…………」

「ははっ、おいジジイかよ」

「お前がガキなんだ」

「ガキって言うな」

「ガキだろ、加減も知らないで何言ってる」

そう言ってムラサキは風呂上がりで額に垂れる前髪をかきあげて、そうして両腕を、シーツの上にだらりと伸ばした。
興奮で熱に浮かされるような感覚が一瞬だけ止んだ。
始まった。またこれだ。
あの日から毎度見る光景。
何かに縋ることをやめたその手は、セックスの最中はだらしなく広げられたまま動こうとしない。
苦しくなればただ拳を握るだけ。以前とは、明らかに変わった。

「……なあ、お前さ」

俺はムラサキの胸に手をあてた。鼓動が伝わる。こいつの命を俺が握っているような感じがして、少しだけ優越感に似た何か昂りのようなものを感じた。

「なんか変わった?」

専門家でもないから鼓動がいくらだけ速まった、とか。何かを隠している、とか。そういったことは分からない。だが俺の言葉に何かを感じたのだろう、ムラサキがかすかに身じろぎしたのは分かった。手にしっかりとその振動が伝わってきた。

「…………風呂の時間か?言っとくが、今日邪魔したのはお前なんだからな」

どうやら本当のことを言うつもりはないらしい。きっと、何を指しているかなんて分かっているはずだろうに。意地悪そうに笑って、はぐらかした。
悔しいのか、悲しいのか、とにかくたまらなくなって。もう隠すという役割を成していないタオルをちぎるように剥いだ。放り投げれば宙を舞って、どこかへ落ちた。ムラサキは微妙な顔付きで俺を見ていた。出方をうかがうような、身構えるような、それでいて期待するような。でもこれだけははっきりと分かった。余裕が、見える。
俺はそんな生意気な奴に言ってやった。鼻先すれすれで。

「お前まじでそういうとこだけは、変わんねーのな」

あれだ。何て言うの。ああ、そうだそうだ。
めちゃくちゃにしてやるよ。
だっけ、こういう時って。まあ、とにかくそんな感じだ。そんな気分だ。
今日こそは、縋り付かせてやりたいのだ。俺の背に。
あの幸福を、もう一度感じるために。