冬涙のこころ


雪が降っている。いつもの格好じゃあまりにも寒いものだから、滅多にしないが今日はちゃんと着物を着込んだ。
吐く息が白い。奉行所内の敷地にも雪は徐々に積もり始めている。歩けばさくりと音が鳴った。
冬の空は、きれいだ。
しかし俺は冬の空が好きじゃない。冬がもたらす残酷な冷たさは嫌いじゃないが、儚いほどに澄んだ空はきれいすぎる。俺には合わない、汚れのない美しさがそこにはある。なんだか俺一人がこの世界に馴染めていないような気さえして居心地が悪い。取り残されるような感覚が、少しばかり胸の奥の方をちくりと刺すのだ。はみ出し者扱いなんて慣れてるのにな、馬鹿みてぇ。
それでも何となく空を見たくなって馬鹿みたいにじっと上を向いていた。そうするとやがて顔に雪が降りてきた。目尻にふわふわのそれが触れると程無くしてまるで持っていた力を奪われるかのように溶けていった。力を奪うのは、他でもない俺だ。

「春菊くん」

右手の方を向くと、縁側に小鳥ちゃんが立っていた。障子戸が半開きになっている。今しがた仕事を落ち着けて、部屋から出てきたのだろう。

「なんだよ小鳥ちゃん」

言葉を返しながら小鳥ちゃんのいる方まで歩いていく。

「寒くないのかい?そんな所でずっと……」

不意に小鳥ちゃんが固まった。縁側のすぐ側まで寄った俺はその反応に首を傾げた。

「小鳥ちゃん?」

「……大丈夫?」

「……え」

小鳥ちゃんの手が伸びてきて、迷いなく俺の頬に触れた。今、縁側に立つ小鳥ちゃんは俺と大体同じくらいの目線になっている。俺のボロボロの手よりもずっと綺麗で小さな手が、優しく目尻を拭った。

「……良かった」

何がどう良かったのか、よく分からない。だが、ここでその意味を問うことはできなかった。何故なら小鳥ちゃんが、ひどく切ない顔をして笑っていたから。とてもじゃないが、口を挟む気にはなれない。
そういえば以前、小鳥ちゃんが俺に何気なく、春菊くんは泣いたりしないの。と言ってきたことがあった。それに対して俺は特別深く考えずに、大の大人はそうそう泣かねぇよ。泣いて許されんのは寝しょんべんしてるガキまでだ。等と答えた。その時に小鳥ちゃんはふうんと相槌を打った後に、小さく呟いた。泣いてもいいのにね、と。それは俺に聞かせるつもりはない呟きだったのだと思う。けれど、俺は聞いてしまった。
もしかして小鳥ちゃんは、溶けた雪を涙だと勘違いしているのだろうか。

「冷たいね、春菊くんの顔」

しばらく外気に触れていたのだから冷たくて当然だった。冷えきった頬をあたためるように小鳥ちゃんの手が緩やかに動いた。

「……ほんと、冷たいよ」

小鳥ちゃんの手は、あたたかかった。その指で顔の傷跡に触れられるとそこはじくじくと疼いた。痛いのかむず痒いのか、ちょっとよく分からない。

「まあ、今まで外にいたからな。そういう小鳥ちゃんの手はあったけぇな」

「まあ、今まで中にいたしね」

俺がいつものように笑えば、小鳥ちゃんも表情を変えていつものように微笑んだ。

「ほら、上がりなよ」

最後に俺の頬についた滴を指で払うと、視線のみで背後の部屋を示す。

「おう。……あの、小鳥ちゃん、さっきのは……」

「うん?」

「…………いや、やっぱ……何もねぇ」

顔についていたのは涙じゃなくて雪だ。そう言ってやろうかと思ったけど、やめた。泣いてもいいのにね、と言った小鳥ちゃんの言葉が忘れられなかった。あの時小鳥ちゃんはどんなことを思ってそう言ったのだろう。俺の過去を想い、俺に泣くでも嘆くでも何でも、周りに何か感情を吐き出してほしいとでも思ってくれていたのだろうか。そうでなくとも、きっとそれに近いことを考えていたんじゃないのか。優しいというか、お人好しというか。まったく、心配性だよな。俺、そんなに弱かねぇのに。

「今日は、一層寒いな」

適当に会話を繋げつつ、俺は縁側に上がり小鳥ちゃんと共に部屋へ入っていった。

「明日には、雪。たくさん積もってるだろうねぇ」

みんなで雪合戦でもしようか。そう言う小鳥ちゃんの顔はどこかほっとしているようだった。
俺は、もう今さら過去を嘆いたり泣いたりは出来ない。だって俺は戦いに身を置く人間なのだから。いちいち立ち止まり後ろを振り返ることなど許されない。しかし、それでも小鳥ちゃんが少しでも安心してくれるのならば、雪の涙というのもいいかもしれない。涙を流せない俺の代わりに、俺の過去など知らないきれいな空が冷たい涙を貸してくれるから。
外でははらはらと雪が降り続ける。しばらく降り続くのかと思うと、何故だか無性に悲しくなった。










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あやまちれんさとセットにしてあげていたものです。
松恋ちゃんも大好きです!かわいい!
文章はともかく、こういう雰囲気のお話を書くのがとにかく好きなのでこの話は結構気に入ってます。