バレンタインデーをぶっ壊せ!


※ギャモンくんが若干のキャラ崩壊


けたたましいベル音に俺は起こされる。目覚まし時計だ。ベッドの傍らに置かれたダークグリーンのボディのそれを破壊する勢いで叩く。朝の5時、ジャスト。
はっきり言うと朝はそんな強くない。しかしこの日だけは、寝坊することなど許されないのだ。
それは、今日は俺、逆之上ギャモンにとって大事な日だからだ。
手早く着替えを済ませ廊下に出る。妹のミハルはまだ夢の中だろうから邪魔などしないよう静かに移動しなければ。
洗濯機のスイッチを入れて朝食を作る。あまり時間がないから一人分だけ。俺は食パンを一枚くわえる。テーブルの上に出来上がった朝食を並べて洗濯物を干しておく。
家を出る前にやらなければならないことを終えて時計を見やるともう6時手前だった。そろそろ家を出なきゃならない。
一度自室へ戻って俺はある物をひっ掴む。今日のために夜なべして作った特大の布袋だ。体を丸めてしまえば人ひとりは軽く入るだろう。
袋をしっかりと持って玄関を出る。今日は心して掛からねばなるまい。何故か。無論。本日が2月14日であるからだ。
今日はバイクで学園へ行く訳には行かないため早めに家を出る。学園へ着いたその時からが、俺の勝負の時である。
深呼吸をしてから出発する。俺の掲げる合言葉を胸に。それは、何か。そんなの決まっている。
合言葉は、そう、




バレンタインデーをぶっ壊せ!




先輩が何時頃に登校するかなんてこと、俺はすっかり把握済みだ。
だから先輩が学校へ着く少し前に待ち伏せすることだって朝飯前。
俺はバイクを停めてから下駄箱へ急いだ。3年の場所まで行けば一目で軸川先輩の場所が分かってしまうのが嫌だ。予想通り、あの様子から見て先輩はまだ学校へ来てはいないらしい。
何故なら一つだけ、靴箱の戸がぶち壊されているからだ。寂しそうに木製のそれが床に転がっている。
ぎりぎりと歯が鳴った。箱には溢れんばかりの可愛らしい包みが入ってこれでもかと詰められている。

「忌々しいチョコレートだぜ……!」

バレンタインデー。簡単に言うのなら女子が想いを寄せる男へチョコレートを送る日だ。だからこのイベントに便乗する者たちは山ほどいる。俺はまさに今それを目の当たりにしている状況だ。
俺は手前にはみ出しているピンク色の包装紙の箱を手に取った。白いリボンの間に小さなカードが挟まっている。
迷わず抜き取って開いてみた。するとそこにはいかにも女らしい丸文字で、チョコレートが手作りであることと軸川先輩のことが好きなのだという内容が書かれていた。右下に小さく名前が書いてある。
俺は秘密兵器である布袋を広げた。そして先程のピンクの箱だけを放り込んだ。カードは別だ、後で名前を控えておかなきゃならない。なんたって俺の許可も取らずに先輩にチョコレートを渡そうとするような女なんだ。後々しっかりとお返ししてやらなきゃならない。それはそれは丁寧にな。
他のものも同様に、カードや手紙があるものはそれらを別にしチョコレートだけを全て袋の中へ入れていく。他の生徒が見てる?そんなの気にしない。先輩が登校するまでに回収しておかなきゃ駄目だ。
それにしても、全く。何なんだこの女共は。よりにもよって軸川先輩にチョコレートだなんて、身の程知らずにもほどがあるな。大体、軸川先輩は直接チョコレートを渡せない度胸のねぇ女なんて好きじゃねぇんだよ。分かったか、ヘタレ。
下駄箱がすっかり綺麗になる。袋はまだまだ入りそうで安心した。今日一日分のチョコレートはこれに入るだろう。戸はどうしようか迷ったが、とりあえずセロハンテープで取り付けておくことにする。
次は教室だな。袋を担いで3年の教室が並ぶ階へ。向かうのはもちろん先輩の教室だ。
確か先輩が座る席は廊下側の端の列、後ろから2番目だ。これもあらかじめ調べてある。
探ってみると先輩の机の中にもいくつも綺麗にラッピングされた包みが出てきた。問答無用で袋行きだ。
ふと顔を上げると遠巻きにこちらを見る女子の集団が目に映る。こそこそと俺を指しながら小声で何やら話している。どうやら俺が回収したチョコレートの中に奴らのものが入っていたのだろう。俺は苛ついてそんな女共に思いきりガン垂れてやった。

「ひっ」

短い悲鳴が聞こえたかと思えば蜘蛛の子散らすようにそいつらは自分の席へと戻っていく。面と向かって文句を言う気がないのならあんな目で見ないで欲しい。第一、軸川先輩はお前らみたいな陰険女なんて好きじゃねぇんだよ。分かったか、性悪。
机の中に入っているものも全て回収し終えた。なかなか疲れる作業だ。しかし、こんなものが先輩の手に渡ることだけは阻止しなければ。
とりあえず朝の分はこれで終わりだ。また後で来よう、と教室から出ようとすると。

「あれ、おはようギャモンくん」

「うわあっ」

先輩だ。俺は慌てて袋を後ろ手に持って隠した。

「珍しいね、僕のクラスまで来てるなんて」

「あ、は、はい!えっと……」

突然のことで、何と誤魔化そうかと考えていると。先輩はふと目を細めた。

「もしかして、僕に会いに来てくれたの?」

そうやって嬉しそうにしている姿を見て無意識に首を縦に振ろうとしていたが寸前で止めた。

「そっ、そんなわけねぇだろ!」

「そんなこと言って、じゃあどうしてここへ来たんだい?」

「は、いやぁ……その……」

「ふふ、ほらね」

先輩の好み。それはツンデレだ。
俺が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど先輩は楽しそうにするしさんざん素っ気なく振る舞った後に本音を曝して甘えるとこれ以上ないくらいに優しくて、そんでもって格好いい先輩になる。
だから俺は本当のことは言わないのだ。先輩のために他の女子のチョコレートを奪ってるなんて。先輩のためだけに。
先輩は本当に嬉しそうに俺の頭を撫でると、また来てもいいんだよ。と言った。

「……先輩、もしかして他に話し相手いないんすか?」

少し考えてからからかうように言ってやる。すると先輩が一瞬だけ驚いたような顔をして。

「うん、いないから寂しいんだ」

それから笑った。なんて、なんて格好いいんだ。これだから先輩は。こんなだから訳の分からない虫がつくんだ。この笑顔でどれだけのメスを落としてきたんだ。ああもう、ため息でるほどに格好いいぜ。

「じゃ、じゃあ……」

来てやらないこともないです。と伝えると、素直じゃないなぁと先輩が返す。
俺は軽く頭を下げると自分の教室へ走った。朝から先輩に撫でてもらえるたぁ、ついてるぜ。ホームルーム開始の鐘が鳴った。これだけぎりぎりまで先輩に張っていたから、朝はもう先輩にチョコレートを渡す隙なんてないはずだ。
勝負は休み時間か。俺は袋を握りしめる。
先輩にチョコを渡そうとする愚かな者共に教えてやるのだ。
先輩の女は、この俺様だけで十分だってことをな。





休み時間だ。ダッシュで先輩の教室へ駆ける。もちろん袋も持って。全速力で向かえば到着した時には先輩がびっくりしていた。
たぶん、来るのが早かったからというよりは俺の必死の形相を見たからなんだと思う。
俺は朝のように教室には入らずに廊下の窓越しに先輩と喋ることにした。先輩は自分の席で、俺は窓枠に凭れる。そうして話ながら廊下を歩いてくる女子生徒に注意するのだ。
1人、教室の扉の前で立ち止まった生徒を確認する。その手には、綺麗にリボンを巻いた角柱型の箱。控えめに室内を覗いてはそわそわとしている。

「ちょっといいですか」

そこで俺は、先輩にはそう断ってから窓の下に置いておいた袋を持ってその女子へ近付いた。こいつ、俺と同じ学年の奴だ。見たことがある。

「おい」

声を掛けるとそいつは振り返った。俺を見て驚いたようで、目を丸くしていた。

「逆之上くん、どうしてここに……」

1年の俺が何故3年の教室にいるのか疑問なんだろうが、俺は別に答えるつもりはない。

「それ、軸川先輩に?」

「え?」

「軸川先輩に渡すのかよ」

若干凄んで問えば相手は狼狽えて視線を逸らす。こうして訊いても否定をしないってことはそうなんだろう。やっぱりこいつもか。

「俺が先輩に渡してやるよ」

「……え?」

何でもないような顔して言ってやったらその女は信じられないといった様子でこちらを見た。

「だから、俺が渡しといてやるよ」

「え、で、でも」

「ほら」

俺が手を出す。するとそいつは首を振った。

「ううん、いいよ。自分で渡したいし」

その言葉に腹が立った。俺がこうして言っているというのに拒否しやがって。そもそも、先輩はお前みたいなわがままな女なんて好きじゃねぇんだよ。分かったか自己中。
それに当たり前のように受け取ってもらえるような口ぶりで言ってんじゃねぇよ。
俺が耐えかねて舌打ちすると、奴は怯えたように後退した。

「なぁ、どうしてここに、ってお前言ったよなぁ」

急に最初の話を持ち出された女は何も答えられなかった。そんな奴に俺は一歩迫り、両手で持っていた細長い箱を奪い取った。

「あっ」

抗議の声を上げられるが気にしない。例外なく袋へ直行。

「こういう訳だ」

そうやって俺はわざとらしく大きめの声で軸川先輩、と呼んで窓から教室へ顔を出した。
先輩が用は済んだのと訊いてくるから、俺は素直にはい終わりましたよ、と笑った。ふと廊下を見る。女がこちらを呆然と見ていた。そいつに向かって笑ってやった。可哀想に。相手が先輩じゃなきゃ、バレンタインをぶち壊されずに済んだだろうに。
お前は恋する相手を間違えたんだよ。





そんな具合に俺は今日一日、先輩に張り付きひたすら先輩狙いである女子生徒のバレンタインイベントを破壊することに成功した。
下校時刻になる頃には袋に半分以上のチョコレートが詰まっていた。でかい袋を作っておいて良かった。半端じゃないモテ方をする人だ、軸川先輩って。まあ、そのチョコレートの量はそっくりそのままあの人の魅力の度合いを物語っているわけなんだが。

「あの、先輩」

さすがに帰る頃にはこのとてつもない存在感を持つ袋を隠すことなどできるはずもなく。先輩はそれは何と訊いてきたのを俺はそれとなく誤魔化した。まあ色々と、
これから使うものが入ってるんですよ。そう答えたら先輩はへぇ、と袋を見ながら頷いていた。

「今日がなんの日か、分かります?」

「え?」

2人して校舎を出る。その時に俺は先輩に訪ねてみた。

「うーん……まあ、分かってはいる、とは思うけど」

かなり曖昧な返事に俺は思わず笑いそうになった。きっと先輩は、俺が今日という日に何も用意をしていないと思っているのだ。
せっかくのバレンタインだってのに。そんなわけないだろ。

「これから空いてます?」

予定。と聞くと先輩が戸惑いながら頷いた。

「じゃあ、家……寄って来ませんか」

「……それって」

「これからミハルに、チョコでも作ってやろうかなと。それと、まあ、先輩にも」

ついでと言わんばかりに付け加える。本当はついでじゃあないけど。
先輩が顔面を崩してにやついている。男前が台無しなのだが、そういう顔も可愛らしくて俺は好きだ。何より、他の誰も知らない表情であるから好きだなのだ。
空いてる空いてる、と嬉々として答える先輩と一緒に歩く。

「楽しみだなぁ、ギャモンくんが作ってくれるだなんて」

「もういらないってくらい作ってあげますよ」

そう、これだけあれば色々と作れる。材料は腐るほどあるのだ。今、ここに。何を作ろうか。帰りながら先輩に希望を訊いてみることにしよう。
女共の作ったまずいチョコレートも、俺が美味しくしてやって先輩の口に入るのなら本望だろう。
がさがさ。歩く度に袋の中の箱やラッピングの包みが音を立てる。
バレンタインデーをぶっ壊した後の気分は最高だ。
幸せなのは、俺たちだけで十分。

「ですよね、軸川先輩!」

「え、なぁに?」

「いや、何でも!ホワイトデーは期待してますよ」

「そうだねぇ、考えておくよ」

ああ、そう。
俺も考えておかなくちゃならない。
チョコレートをくれた女共への、お返しをな。







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バレンタインデーなどくそ食らえという気持ちで書きました、あと正直他の作業に追われて書いたのでやっつけな部分もあります、すみません。
軸川大好きなギャモンくんが好きです。にしてもこのギャモンくんは下手したらヤンデレに走りそうでやばいです。ああ……ヤンホモ……。

ではみなさん、良いバレンタインをお過ごしくださいwwww誰かにぶち壊されませんように!wwwwww