昼休みの時間旅行


隣の軸川先輩が、なんだかやけに嬉しそうだ。
明日は天気がいいから、お昼はギャモンくんが作ったお弁当を屋上で食べよう。そんなことを昨日の昼休みに言われて俺は最初はとんでもないと断るつもりだった。学食の飯はタダで美味いんだしわざわざ俺が作って、わざわざ屋上で食べるなんてこと、しなくてもいいのではと思った。ミハルの弁当ならまだしも、男2人分の弁当なんてなかなかボリュームも必要だ。正直言うと面倒くさかったりする。しかしそんな時に目に入ったのは俺の「yes」を待ち望んでいる先輩の眼差しだった。それは期待というよりも、なんだか純粋な憧れの色というのが強いように見えた。先輩は、珍しく先輩らしくなかった。その顔はちょっと子供みたいだと思った。そして俺にはそれが少しだけ愛しく感じてしまった。ああ、まあなんというか、そうだな、敗けを認めよう。
そういう訳だから、俺はちゃんと「yes」と応えて今朝に早起きして弁当を作ってきた。そういえば、朝に地味な色の包みを発見した時の先輩の顔はまるで見事な虹を見つけた時の無邪気な少年のそれのようだったと思い出す。
そして、そんな過程を終えて迎えた本日、昼休み。晴天。外は少し肌寒いと感じる時もあるが日が出ていて比較的過ごしやすい。隣にいる先輩は蓋を開けるのを今か今かと待ち望んでいる。
手作りの弁当、というのはある種の魔法のようなものであって、それを一度差し出せば目の当たりにした相手はたちまち子供に戻ってしまう。先輩もそうだった。

「どうぞ」

俺が弁当箱を1つ差し出すと先輩はだらしなく眉を下げて気が抜けそうな笑みで笑った。ありがとう、と言ってからやけにゆっくりと箱を受け取って蓋を開けた。それが逆に平静を装おうとしているのがばればれで少し可笑しかった。
そうして中身を見た先輩が最初にしたことといえば俺を見つめることだった。紺のシンプルな容器にはあまり似合わないカラフルな彩りの弁当をしばらく凝視してから先輩は俺のことをこれでもかと見つめた。

「なんか不満でもありますか」

ちなみに弁当の中身は唐揚げとかウィンナーとか玉子焼きとか、ごくごく一般的なものばかりだ。
何となく先輩の視線から逸らすことができずにいて俺たちは長いこと見つめ合っていた。小恥ずかしくなって早口で先輩に問う。

「ううん」

先輩は横に首を振った。

「何ていうか……色々と考えてたんだけど」

うーん。と、先輩はあまり困ってなさそうに唸った。

「こういうのが幸せっていうんだろうなって」

軽々しく幸せとのたまう先輩はプラスチックの箸でカニ型のウィンナーを取った。一般的にウィンナーはタコ型が多いが家の定番は前からカニ型だった。昔見てた戦隊ものの、弱いけど何故か応援したくなるような紅色のカニの姿をした敵の星人が俺もミハルも大好きだったから多分それからきているのだろう。名前は、もうよく覚えていない。タラバなんちゃらとかズワイなんちゃらとか、多分そんな感じだった気がする。
俺の口元にカニ星人がこんがり焼けて踊っている。

「なんすか」

「はい、あーん」

「俺が作ってきたんだから普通、逆じゃね?」

「じゃあ、してくれる?」

「するわけねーだろ」

「ほらぁ」

食べて食べてと言わんばかりに箸を振られて仕方なくカニ星人を奪い取るように口内に移す。朝も確認したがいい焼き具合だ。

「おいしい?」

「……やっぱ逆だろ」

「ふふ」

何だろうな、くすぐったい。首の後ろと肩甲骨のあたりがざわざわとむず痒かった。でもまあそれは、嫌なもんじゃなかった。
先輩が玉子焼きを半分に割って自身の口に放り込む。先輩のは甘めにして、俺のはダシの玉子焼きだ。俺も玉子焼きを1つ食べてから握り飯にかじりついた。中身はおかかだ。

「嬉しいなぁ」

美味しい、ではなく、嬉しい、と先輩は言った。
ゆっくりと咀嚼しつつ俺を意味深に見る。何だ、と思うがいつの間にか俺ではなく俺の弁当箱へ狙いを定めていることに気付いて何となく理解した。阻止しようとする前にダシで味付けした玉子焼きが1つ姿を消した。なんとまあ、手が早い。
きっと俺がわざわざ2つの味付けの玉子焼きを作ったことにすぐに気付いたんだろう。
甘くないそれを噛み締める先輩の顔は、言われてみれば確かに幸福の表情をしていた。それを見てたまにはこういうのも悪くないと思えるあたり、俺も少なからず感じているのかもしれない。柄じゃないが、幸せを。
やはり凄いんだな、弁当ってやつは。こうも簡単に互いに年相応、言ってしまえばもっと幼い頃に戻ることが出来る。この両手に収まるくらいの小さな箱は、俺たちの一番身近なタイムマシンらしかった。

「ギャモンくん」

悪戯に冷たい風が吹き抜けていって俺は身を震わせた。先輩も同じらしい。控えめに身を寄せてきた。隣を見たら、驚くくらい無邪気な笑顔の先輩がいた。

「結婚しよっか」

やけに自然な響きで吐き出された一見してみれば突飛なその言葉も、もしかしたら子供たちがよくやるような「大きくなったらお嫁さんにしてあげる」的な発言なのかもしれない。
そう思うといつもの先輩の毎度毎度繰り返されるうざったいアプローチも今日は何だか意地らしく見えた。
はは、と笑ったら先輩が不思議そうにこちらを見上げたから俺は自分の小指で先輩の綺麗な指を拐った。

「破ったら針千本すからね」

それはまた子供みたいな誓いだった。先輩の目の前に絡めた小指同士を見せつけてやる。今の俺は相当意地の悪い笑みを浮かべているんだろう。
俺の反応に先輩は目を見張ったが、やがて恥ずかしそうに頬を染めながら笑った。

「破るなんてとんでもないよ」

そう言って先輩が俺にしてくれたキスは、頬に唇を押し付けるだけの恐ろしくチープで幼稚なキスだった。









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最近どうにもちゃんとした文章が書けなくてですね、なのでリハビリ感覚で短めで軽いお題を決めて書いてみました。

学食があって、しかも称号持ちはタダなんだからお弁当つつくなんてことがあんまりないんじゃないかと思ってソウギャの2人でゆったり弁当食ってもらおうと思ったらこういうことになりました、と^^^^
ほのぼのでかわいい感じを目指してみたけど結果は微妙でしたwwwwwww