ペーパー×ペーパーシンドローム


※ギャモンくんがビッチ注意!







びかびか、ぐらぐら。そんな風にどぎつい刺激を降らせるネオン街。どこか火照るような、情欲を煽るような空気が辺りには立ち込めている。連れ立って歩く男女、或いは男、女同士のカップル。この通りではそう珍しくもない。
このような、世間とは見放された1つの世界。もう決して潔白ではいられない汚れてしまった世界。
この世界は、逆之上ギャモンにとっては1番の、そしてたった1つの安寧の地であった。
彼はブルーネオンで彩られたこじんまりしたゲイバーの前に佇んだ、ここは彼の定位置である。
彼の装いも決まっていて、常に身体のラインをこれでもかと強調させたライダースにブーツというのがいつものスタイルであった。学校へもこの格好で赴き放課後そのままこの場所へと向かうのだ。鮮やかな赤の髪に白い肌と漆黒のライダースは最高に目を引いた。背後からは青みのライトが彼を照らす。その魅力的な絵に、人々は吸い寄せられるように足を向けてしまう。

「待ち合わせか?」

聞こえてきた男の声にギャモンは口端をつり上げた。ほら、釣れた。口には出さないが心の中でそう嘲った。

「ああ」

ギャモンは顔を上げ銀鼠の瞳で男を見やった。ストライプスーツにウルトラマリンブルーのカラーシャツ。スーツから覗く腕にはシルバーの重たそうなアクセサリーと高そうな時計。ついでに無駄に装飾の凝ったサングラス。
短い金髪を立たせた体格の良い男だった。ギャモンは高身長であるがその男も彼に劣らぬ背丈であった。

「お前とな」

一頻り値踏みをしてからギャモンは言った。その言葉を聞くと男は目をはっと開いてからくつくつと控え目に笑い声を漏らした。

「ああ、やっぱり噂通りだな。お洒落をしてきて正解だ」

そうしてこれ見よがしに時計を見せ付けた。よく見れば有名ブランドの新モデルだとすぐに分かる。同じものを何度か贈られた覚えがある。すぐに売り払ってしまって手元には1つもないのだが。
男はギャモンの腕を取った。

「ほら、来いよ」

少し強引な男の行動にもギャモンは抵抗しない。大人しく男に引かれるまま歩き始める。
見るからに男は堅気の人間ではない、と分かる。しかしギャモンはほんの微かに怒らせたら厄介かなという考えが過るが、次の瞬間にはそんなことは忘れて男の付けた高級そうなフレグランスに酔いしれた。肺いっぱいに吸い込むと、なんだか幸福で満たされているような錯覚に陥った。
けれどこの錯覚はすぐに現実になるのだとギャモンは胸を踊らせた。だって、もうすぐ、この男が。
この男が、ギャモンが欲しくて欲しくてたまらないあたたかな幸福をたくさん与えてくれるのだから。
ネオン街を歩いていくとちかちかと光る店に挟まれていかにもなホテルが見えてきた。もうすぐだ、とギャモンの胸がどきどきと昂った。

「ギャモンくん」

ホテルの前に、誰かが立っていた。
予想外の事態にギャモンは立ち止まった。
どうした、と男が話し掛けるがギャモンは曖昧な視線をやることしかできなかった。
聞き取りやすいこの声と、意外にもきっちりと着込んでいる制服。間違いない、とギャモンは思った。

「……ギャモンくん」

彼はもう一度名前を呼んだ。だがギャモンは返事などしたくなかった。

「どうして……」

「あんた誰だよ」

ギャモンは懲りずに口を開く彼を遮りさも他人であるかのように話し掛けた。ギャモンの横にいる男はじっと探るようにギャモンたちを交互に見やっている。

「ここはあんたみてぇなのが来る場所じゃねぇぞ」

「ギャモンくん!」

綺麗な茶髪を揺らして彼が走ってきた。ああ、やっぱりそうだとギャモンは思った。やっぱり、彼は軸川ソウジだ。
ソウジは拳を振り上げた。ギャモンはえ、と目を見開いた。
ソウジの作った拳が降り下ろされそうになった時に、不意に今までただ黙っていただけだった男がソウジの腕を掴んだ。

「っ!?」

「あのなぁ、別にお前らが知り合いでどういう関係でも構わねぇんだけどよ」

男は面倒臭そうに頭を少し傾けてソウジを睨み付けた。負けじとソウジも男をにらみ返す。

「これからヤる奴に傷なんか付けるなよ」

どこか必死に見えるソウジの様子を感じ取り、男は余裕そうに笑みを浮かべた。

「俺が付けた傷ならともかく…他人に付けられた傷なんか見ながらヤりたかねぇだろ?」

男の口振りに、ソウジは感情を隠さず怒りに顔を歪めた。その表情を見ていてギャモンはまた驚いた。
男は続けた。

「ま、坊やは帰んな。そんな格好してたらあっという間に掘られちまうぜ」

明らかにこちらを見下したような物言いだ。ソウジの着ている制服を見て男はせせら笑った。ソウジは唇を噛んだ。力で勝てないことは明らかだ。ソウジは男に掴まれていた腕の力を抜く。すると男は彼が諦めたと見て手を離した。
その時を狙って、ソウジは男を突き飛ばした。男のサングラスが落ちて鳶色の瞳がこれでもかと見開かれる。ソウジは急いでギャモンの手を取りネオン街を駆けた。

「先輩……」

「いいから走って!!」

なりふり構わぬソウジの大声にギャモンはまた驚く。今も、そして彼が拳を振り上げた時も男に対して怒りを示した時もそうだ。
この先輩は、こんなに感情を露に、顕著に表現する人だっただろうか。
いつも冷静で、にこにこ笑っていて。その表情の下に何を抱えているのか分からない。そんなイメージだったのにとギャモンはぼんやりと考える。だが少しすればその考えは頭の中から抜け落ちた。
きらびやかなネオン街を抜ける。そうするとギャモンはとてつもない喪失感に教われた。今日は結局、何の収穫もなかったなぁなんてため息が出た。
ソウジは走った。とにかくあの場所から離れられるように。不意に涙が出そうになって、それでも耐えた。
何故あの場所に、ソウジがいたのか。それは学園内の、ちょっとした噂を耳にしたから。制服を着崩した柄の悪い生徒たちが、ネオン街のホテルからギャモンが男と一緒に出てくるのを見たと話すのをたまたま聞いた。それだけだ。本当に、それだけ。
ただの噂だと流せば良かったのかもしれないが、ソウジはどうしてもそれが真実か否か確かめたかった。だから臆せずに行った。もちろん、ギャモンは来ないだろうと思って。しかし、ソウジは見たのだ。男と寄り添い歩いてくるギャモンの姿を。真っ直ぐ自分の立つ方へと向かってくるのを。
血の気が引いた。その場に座り込みたかった。
あの時の光景を思い出してソウジはギャモンの手をぎゅっと握り締めた。向こうから握り返されることはなかった。
ただ、ひたすらに走る。その一点に集中するように。
2人は光から遠ざかるように、更けた夜の闇へと溶けていった。










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なんか下品ぽい内容ですみません