最後の一片


たまに、自分のプライドに押し潰されそうになる時がある。
逆之上ギャモンは何かから逃れるように短く息を吐いた。
身を起こしてふと見回す。そこには誰もおらずギャモン1人だけだ。横たわっていたベッドに腰掛ける。
狭いベッドの上、裸の自分、夜中に微かな明かりの付いた薄暗い部屋。今の状況を把握した。
そうすると途端に香ってくる。
絡み付く、大門カイトの、匂い……。
ここだ。
こういう時に自分のなけなしのプライドがどっと襲ってくる。胸が痛い。

「ギャモン」

少し眠たそうなもたついた声で名前を呼ばれた。顔を上げると下穿きのみを身に付けたカイトが部屋に戻ってきていてギャモンをじっと見下ろしていた。

「……起きてたのかよ」

互いにまだ寝起き特有の気だるさが消えていないのかぼうっと見つめあう形になってしまい、それをどうにかしようとカイトが気まずそうに喋りだした。
しかしギャモンはどう答えていいのかわからずに視線をさ迷わせる。

「おう……」

結局ただ頷くことしか出来ずに、気まずさは払拭されなかった。
2人とも沈黙に戸惑い、あちこちに視線を飛ばした。目のやり場に困るのだ。何せどちらも裸同然、ギャモンに至っては本当に裸なのであるから。

「にしても、あっちーなぁ」

ギャモンはついに耐えきれず口を開いた。確かに室内はそう涼しくはなかった。まあ、大して暑くもなかったが。それでも2人は汗をかいていた。それは、つい先ほどまでの情事によるものである。

「あ、ああ……」

そうだな、と普通に返そうとしたところでカイトははっと息を呑んだ。
ギャモンの頬骨を伝い顎から落ちていった汗の滴。腿へ落下しさっと散った。行為の後の独特な空気と、じっとりと熱に浮かされた彼の肢体。カイトは無意識に喉を鳴らした。眠気はどこかへ消え失せた。
客観的に見ても、彼の身体は見事なプロポーションだとカイトは思う。男らしい美しさというものを持っている。それでいて、今はどことなく淫靡さも放っている。
そう思い始めると途端にむくむくと欲が芽生え、触れたい、そう求めてしまう。
突如沸き上がった衝動にカイトは一度ためらったのだが、しかしそれも一瞬であり膨れ上がる欲求のままに一歩二歩と踏み出した。

「なぁ、いいか」

徐にカイトは熱を孕んだ視線をギャモンに向けた。ギャモンは瞬時にその意味に気付く。するとまた、彼の胸が痛み始める。

「もういっかい」

「はあ?」

「いいだろ、あといっかい」

「なに発情してんだよ、てめぇは」

カイトの手がギャモンの胸板へ伸びた。肌に指が這う感覚を感じながらギャモンは不満げに眉を寄せた。切々とした、普段見せない自分に向けられた真っ直ぐな欲に濡れた瞳。不意に、痛みとは違う。どきりとした。
鼓動が速まる。かっと体内の血が煮え立ったように身体が熱くなる。不覚にも心を揺さぶられた。それが悔しかった。ギャモンはしばらく間を置いてからカイトの髪を掻き上げ、それから唇を彼の耳元へ寄せた。
悟られぬようあくまでもこちらが折れてやったのだと、わざとらしいため息も添えて。

「しょうがねぇなぁ」

擽るように囁くとカイトの身体が戦慄いた。それを見てふとギャモンは目を細める。そしてとどめと言わんばかりに目の前の耳朶をやんわりと食んだ。

「来いよ」

そう言えば、後はもう早かった。
カイトが強引にギャモンをシーツへ縫い付ける。
胸や腿の愛撫から焦りが伝わってくる。ギャモンの思ったとおり、カイトは愛撫もそこそこにギャモンの後孔へと手を伸ばした。

「おい」

ギャモンは一度制すように声を掛けるがカイトはお構い無しに指を孔へ埋めた。少し前の行為でそこはもう充分に解れていた。それを知ってカイトは拡げるというよりも確かめるように指を動かした。空いた片手は自身の下穿きをずり下ろしている。

「いれても、いいか…」

心底余裕のなさそうなカイトの切羽詰まった声。ギャモンはそんな状態であっても一応こちらに尋ねてくる健気さが、悔しくも愛しいと思えてしまった。

「我慢できねぇんだろ?」

からかうようにギャモンが言ってもカイトは素直に頷くのみ。普段からこれだけ素直ならもっと可愛いのに。ギャモンはそんなことを思いながらカイトの腰を撫でた。オーケー、という意味を込めて。
カイトはギャモンの首筋に舌を這わせながら下穿きを脱ぎ捨て熱く猛った性器を彼の孔に擦り付けた。ぬめった感触にぞわりとギャモンの背が震えた。カイトがギャモンの鎖骨へ流れた汗を舐めとる。同時に昂ったそれをゆっくりと押し進めた。

「んっ……」

「ぅ、う……く、ぁ」

互いに食いしばった歯の隙間から息が漏れる。
ギャモンはふと自分を抱く男の顔を見た。
正直言って、カイトはかわいい、とは思う。なんというか、惚れた弱みを含めての意味合いでの話だが。憎たらしくてむかつく奴ではあるがそうした反面、心を許している存在でもある。でなければこんな行為、絶対しない。
カイトはギャモンと比べて身体も小さいし顔付きだって、どちらがと言われればやはりカイトの方が女性的には見える。
そうやって考えてしまうと、よりによってどうしてこんなことに。とギャモンは思う。自分なんかがこうして受け身でいるよりも、カイトが声高に艶めく喘いだ方がそりゃあ見目もいいのではないか。自分がこんな風に女のように扱われるだなんて、そんな。そんな、端から見ればなんとも滑稽な。
自分が受け入れる側に回るなどとは思ってもみなくて。自分よりも『それらしい』奴に組み敷かれて、欲望を押し付けられて。良いように啼かされて。
まるで負かされているみたいだ。
ああ全てにおいて負けているのだ、自分は、カイトに。何をとっても、どうあがいても、たとえこんな行為であっても。優位に立っているのは自分じゃなかった。
プライドがぐちゃぐちゃに踏みにじられている気がしてギャモンは目を瞑った。激しく揺さぶられて、痛みも快楽も全てがない交ぜになる。怖いけれど、痛いだけであるよりもこちらの方が余程ましだ。
好きになってしまったのだ。それは、仕方のないこと。

「ギャモン……」

「っ、ふ……ん、ぁ……」

認めたくもないしこれから先に認めるつもりもさらさらない。しかし、それが打ち砕かれそうになる時が何度もある。例えば、この瞬間だって。誤魔化すことは出来ても痛み自体がなくなることはないのだ。
ギャモンはカイトの背に腕を回した。熱っぽく彼を見上げる。ギャモンの中へ穿たれた物が顕著に膨れ上がったのが分かった。

「ぁ、……ぅ、う、あ、んっ」

「な、もう……」

カイトの腰がびくついた。それが何を意味するかを理解してギャモンは自ら大胆に腰を押し付けた。

「な、ギャモン……!」

カイトから驚きの声が上がる。それを無視して極めつけに絡み付く内壁で締め付けてやると、予想外の刺激に彼はあっという間に達してしまった。抜いている暇すらなく白濁はギャモンの奥へと放たれる。

「ん、く……うあ」

遠慮なく腸内を満たす質量にギャモンも思わず達してしまいそうになる。しかしぎゅっと縮こまりそれを堪える。

「ははっ……はや」

そう茶化すように笑い汗で張り付いたカイトの前髪を避けてやる。
そして誘うかのように彼の唇に吸い付く。わざとらしく淫らな音が2人の間に生まれた。

「てめぇ……これで終わりじゃねぇよな」

口付けを終えるとギャモンは己の唇を赤い舌で舐める。
彼は決して、主導権だけは渡したくはなかった。たとえ何においてもカイトが自分の一歩先を行こうと。たとえどれだけ良いように啼かされていようともだ。最後の最後の。彼の手綱だけでも自分が握っていたかった。そうしなければ、胸の痛みにもうどうにかなってしまいそうだ。
好きなはずなのに。でもやはり、自分のプライドは捨てきれなくて。その板挟み。

「おい、バカイト」

促すようギャモンは声をかけた。すると今度はカイトから噛みつくようなキスを送られる。それを大人しく享受する。
カイトが決まりが悪そうに笑った。それを見て堪らなく罪悪感でいっぱいになって、ギャモンは自らの顔を隠すようカイトの胸に顔を埋めた。痛みも、辛さも、少しでも忘れられるようにと。
抱き合う2人の身体から伝う汗は混じり合い、しわくちゃのシーツの上へ弾けていった。









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人生最初のえろです、端折ったりおかしいのは華麗にスルーしてやってください。
アダルティな雰囲気のものが書きたかったんですが、やっぱり慣れてないと無理ですね、はい。

なんていうか、カイギャってギャモンくんにとっては色々と複雑なものがあると思います。納得いかない、辛い、痛い、でも好き、みたいな。だったらこっちが組み敷いてやればいいだろ、ってのともなんか違う。みたいな。
なんかそんなのを形にしたかったんですがあんまり上手くいかなかったです…いつかリベンジを…というかえろのリベンジを…!