ふたりでゆきましょう


※キス描写がちょいと露骨め。







この季節、花の香りが絶えず世界を満たしている。

「卒業生代表、軸川ソウジ」

ギャモンの耳にそんな声が入ってきて瞬時に肩が引き上げられる。緊張したように縮こまらせ、居住まいを正す。
ギャモンの大きな瞳がソウジの歩いていく後ろ姿を捉えた。今この会場にいる者全てが彼、軸川ソウジに注目しているのだ。わざわざ周りを見回さなくともギャモンにはそれが空気で分かった。
凛としたソウジの背中は誰もが憧れる天才の背中そのものであった。静まり返る空間の中でギャモンは震える膝を両手で覆い力強く掴んだ。何故かばくばくと大きく鼓動する心臓を落ち着かせようと深く長い息を吐いた。
卒業証書を受け取り壇上に上がったソウジがギャモンらが座る席の方へ振り返る。その引き締まった表情と、未来への希望を微かに抱いたライトを浴び煌めく瞳にギャモンが感じたのは何物でもない、単なる恐怖。その1つだけだった。






「分かったんだよ」

卒業証書の入った黒い証書筒を片手で弄ぶソウジに向かってギャモンは言った。しかし彼はソウジに向けて言ったものの、視線は外の景色へと向いていた。証書授与式の後。誰も来ないであろう生徒会室にギャモンとソウジは2人きりであった。ギャモンは開け放った窓から身を乗り出し、対してソウジは少し汚れた革張りのソファに腰掛けギャモンの後ろ姿を見つめていた。

「何が、分かったって?」

証書筒を高く投げソウジが問うた。ぱし、と受け取る手のひらの音が室内に静かに響いた。

「…先輩は先輩なんだな」

「……ギャモンくん?」

ソウジのいる場所からではギャモンの後ろ姿しか見えなかった。そのため彼の言葉の意味を汲み取ることができなかった上に表情を伺うことすらできなかった。
室内は静寂に包まれた。ギャモンは先ほどから外を向いたまま動かないしソウジもじっとその場でギャモンの後ろ姿を捉えていた。
風が戯れに吹き室内のカーテンが大きく舞う。それがソウジの視界から一瞬だけギャモンの存在を隠した。

「今日気付くなんてな」

静寂に音を溢したのはギャモンだった。
笑っちまうぜ、と自嘲気味に呟く。片手で軽くカーテンを避けつつくるりと反転し窓の桟に凭れかかる。笑っているような、はたまた何かを侮蔑でもしているかのような、何かを秘めたギャモンの表情にソウジは彼の言葉に対して挟もうとしていた口を閉じた。それに気付いたギャモンがふっ、と笑って声を漏らした。それから、少しだけ躊躇うようにしてからゆっくりと声を発した。

「あんたは――、」

そこまで言ってから言い澱むように口を開いては閉じるを繰り返す。普段ははきはきとものを言う彼がこのようになるのは珍しいことだった。
突然ギャモンの顔がくしゃりと歪んだ。しかし、それに驚いてソウジが声を上げる間もなく彼はまた後ろを向いてしまった。焦れったくなったソウジが立ち上がる。

「…あんたは、俺だけのもんじゃないんだなぁ」

ギャモンの背中に向かって伸ばされた手が止まった。ソウジは自身の耳を疑った、今さっき聞こえた言葉は何かの間違いなんじゃないかと。
2人の恋愛というものは、今までずっとソウジ1人によって保たれていたようなものである。ソウジが愛を囁き、時には抱き締め口付けし繋がるのだ。しかしそれらはギャモンから乞われることはない。一度だって彼の方からそれらしい行動を起こされたことはなかった。いつだって、ソウジに流されるということだけだった。
その彼が、今なんと言ったのか。ソウジの中で何かしらの感情が膨れ上がった。思うように息も吐けず、言葉も紡げず胸がいっぱいになる。熱く、抜けるようなそれはむくむくと体内を駆け上がり、弾けるように。唐突に体外へと溢れだした。

「あ、」

「………っ、先輩!?」

ソウジの漏らした声にふとギャモンが振り返る。すると彼は驚いて目を見開いた。
収まりきらなかった感情が外へ流れだし、ソウジの頬に一筋の涙が伝っていた。
うろたえたギャモンが戸惑いつつソウジの頬へ指を這わしそれを拭う。

「…なんで、泣いてんすか」

どうしてソウジがいきなり泣き出したのか、ギャモンには何一つ分からなくて。ただただ流れてくる涙を繰り返し拭ってやることしか出来ない自分が情けなくなる。

「先輩?…な、」

何も喋らないソウジが心配で屈んで彼の顔を覗き込んだ。するとその刹那に視界はぼやけ、気付いた時には2人の唇はぴったりと合わさっていた。
ギャモンは屈んだ無理な態勢でぐらつきながらソウジの勢いに押され一歩、二歩と下がる。
ソウジがギャモンの唇を割り開く。歯列をなぞるとギャモンも口内へとソウジを受け入れた。ギャモンが更に下がると臀部に窓の桟が当たるのを感じる。落ちる、と思いつつギャモンは桟に腰掛け落ちないよう窓の両側に手を掛けた。歯を1つ1つ撫で回すようなねっとりとしたソウジの舌使いにギャモンは眉を寄せた。上顎にそれが伸びると呼応するように腰がわななく。脳天が熱く痺れた。舌を吸われるてじゅる、と色気もへったくれもない下品な音が響いた。負けじとこちらも舌を捩じ込むとソウジが嬉しそうに目を細めた。はあ、と熱の籠った吐息が漏れる。
ソウジの片手がギャモンの後頭部に回りもう片方は桟を掴んだ。舌同士が絡み合う、ぴりぴりと脳内が弾ける。口づけが深すぎて互いの歯がかちかちと当たって喧しかった。

「ふ、ぅあ…先輩…いきなり…」

「はぁ…はは、…ごめんね…」

暫くして2人は離れる。ソウジがギャモンに抱きつき耳元で謝罪を述べる。

「先輩、落ちる」

「……ごめん」

かなり不安定な態勢のままソウジを受け入れるギャモンは首を無理に動かして背後を見た。このまま頭から落下すれば色々と不味いことになるのは間違いなかった。しかしソウジは謝るものの動こうとはしなかった。むしろどんどん抱き締める力が強くなる。

「……君が、嫉妬してくれるのが嬉しい」

「嫉妬?」

「そうだよ」

ソウジがまるで陶器を扱うような繊細な手付きでギャモンの頬に触れた。

「今までそんなことを僕に言ってくれたかい?ないだろう」

「…それじゃあなにか、俺は全校生徒に嫉妬してたのか」

「違うの?」

ソウジが詰め寄るとギャモンはう、と言葉に詰まる。しばらくうろうろと視線をどこかへやってから諦めたように息を吐いた。

「………いや?」

ギャモンはどこか照れ臭そうに微笑んでソウジを見つめる。

「そーかもな」

そうして肯定してくれたことが嬉しくてソウジはまた無性に泣きたくなった。そんな感情を読み取ったギャモンが控えめにソウジへ手を伸ばした。指先が頬に触れる。

「あんたが、俺のことを見てるのが当たり前で…。俺が嫌だっつっても、それでも引っ付いてくるのが当たり前だと思ってた」

手のひらでソウジの頬を撫でてから、それはなめらかに首筋へ滑っていく。

「でも、あの時。あそこにいる奴ら皆があんたのことを見てて、あんたは俺のことなんか見ずにちゃんと前を向いてんのを見て」

あの時ギャモンが感じたのは紛れもない恐怖。たまらなく不安で、どうしようもなく寂しい。もう1人で生きていけるはずの男なのに、情けないかもしれないがそう感じてしまった。

「俺って……ただあんたの邪魔してるだけなんじゃねぇかって」

誰からも尊敬されている。輝かしい未来が待っている。全ての期待や羨望を込めてあの場にいた者はみなソウジを見つめていたのに。自分だけは違って。
絶対に栄光の道を歩むべき人なのに、自分の存在があるだけで障害になるんじゃないか。そう思うだけであの場にすらいてはいけない気さえしていた。

「でも、俺、」

今度はギャモンの方からソウジを抱き込んだ。彼の肩口に目頭を押し付ける。

「気付いた。ちゃんと、先輩が好きだ」

今までなんとなくそばにいて、それが楽しくて。また明日も先輩と一緒にいるんだろうなぁ、話すんだろうなぁなんて、そんなふうに漠然とそして曖昧な好きでギャモンはソウジとの恋愛を渡り歩いてきた。そりゃあ"すごく好き"でなきゃキスをしたり身体を重ねたりなんてのはできやしないが、それでもただすごく好きなんだろうなぁというどこか判然としないぼやけた感情をギャモンは抱いていたのだ。
これが恋だと思ったし、照れくさいが幸せだなと感じてはいたから別にどうとも思っていなかったのだけれど。

「あんたがいなくなるのが………正直言うと、怖い」

なんだか悟ってしまった、恋ってそんなんじゃないんだと。
"楽しい"だとか"幸せ"だとか、それだけじゃない。側にいないと"不安"だとか、いなくなる"恐怖"だとか、"怒り"も"寂しさ"も"焦燥"もとにかく感情の全て。今ギャモンが持ち合わせている感情の全てがソウジに向かっている。気付いた、それが恋だ。
ギャモンは息をついた。何故か喋るのにひどく緊張していたようで一区切り話終えたところで無意識に息が漏れたのだ。

「僕がいなくなる?」

「あんた卒業だろ。もう、理由がなくなんだろ」

同じ学校にいるから一緒に歩いて登校したり、先輩と後輩だから互いに気にかける。もちろん卒業したことで物理的に距離が遠くなるのもあるが、そんな理由付けがなくなればもう側にいることなんてなくなってしまうんじゃないか。たとえ互いが好き同士であっても、許されない関係だ、いつ壊れてしまってもおかしくはないのだ。

「……本当に僕が、君の前からいなくなるとでも?」

ソウジはギャモンの後頭部へ手を這わした。指で彼の赤い髪を弄ぶ。

「そんなの有り得ないと思うよ」

目頭が熱い。胸がいっぱいだ。ソウジはぎゅ、と目を瞑った。それからゆっくり瞼を開けると顔を上げたギャモンと視線がかち合った。

「ごめん。申し訳ないけど、僕は今…すごく幸福だ」

ギャモンが悩んでいた。彼にはほとんど皆無と言ってもいいほどの弱さを、自分に打ち明けられた。
怖かったね、大丈夫だよ。と支えてやらねばならないはずなのに。今ソウジは自分のことしか考えられなかった。

「だって君がこんなにも、僕を想ってくれてただなんて……っ」

「あ、おいまた…」

「ごめん、嬉しくてもう止まんないや」

微笑むソウジの瞳からまたはらはらと涙が流れ落ちてきた。ギャモンは狼狽えつつもそれを拭ってやる。

「僕は君の前からいなくなったりなんてしないよ」

目元を拭うギャモンの手に手を重ねる。

「君を離したりなんてしない」

意思の籠ったその一言にギャモンは笑った。そして口を開く。

「たぶん、俺も」

ふわりと風が吹いた。ソウジはギャモンの首にすがり付くように腕を回すと真っ直ぐに顔を上げた。

「今年も綺麗に咲いたもんだ…」

「え?」

「桜」

ギャモンは外に背を向けて窓の桟に座っているためソウジの言うものは見えない。しかし先刻まで外を眺めていたため分かる、この学園には見事な桜が何本か植わっていた。ソウジはそれを指しているのだろう。

「見に行こう、2人で」

「花見すか」

「来年も、再来年も。なんていうか、月並みだけど。この先もずっと2人で」

「……いーんじゃないすか、月並みで。それが一番伝わりやすい」

「……そうだね、っと、うわ」

どこかしんみりとした雰囲気の中、ギャモンが桟から立ち上がった。前触れもなく動いた彼に驚きつつソウジは慌てて回していた腕を離す。

「じゃあ行きますか」

「え、どこに」

「花見」

「今から?」

「そーすよ」

ギャモンはポケットからバイクのキーを取り出した。

「来年とか再来年とか、ケチくさいこと言うな」

ギャモンがソウジの手を引く。
今までソウジがギャモンの手を引いて歩くことが多かったため、ソウジにとってはなんだかそれは新鮮だった。揃って教室を出る。

「俺たちは今も、ふたりだろ」

繋いだ手がこんなにも温かいことを改めて認識した。並んで歩くことがこんなにも安心できることを改めて実感した。それら全ては決して1人では叶うことが出来ないものだ。
ふたり、でいることがこんなにも幸福であることを改めて噛み締めた。

「そっか」

ソウジは廊下に響く2人分の足音を聞きながら目を細めた。

「僕らは、ふたりだね」

輝かしい未来か、とソウジは考える。
それでもきっと。僕の未来だなんて、僕らふたりの未来に比べたらきっと輝きも半分なんだろう。
僕らはふたりだ。
僕らは、僕らだけのものなのだ。
そう自分の中で完結してから、彼は深く息を吸い目を細めた。これから2人で見る見事な桜を胸に思い描く。
この季節、花の香りが絶えず世界を満たしていた。







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なっげぇwwww色々と長いわwwwwww

卒業ネタは学園モノの王道ですよね、ソウギャ卒業ネタうまいうまい。私が書くとまずいことになりましたがね、みんな書く(描く)べきだって…ソウギャ卒業ネタ…!
そういやこの話ほんと文字数多い……ここまで読んでくださった方がいたらありがとうございます!

毎度毎度謎な話が多くてすみません、最早謎な話というのが私の特徴みたいな感じに…wwwww