幼子が己を知った時


どうしてだろうなぁ。
そう思って手を伸ばしたら払われた。

「なんだ」

そしてギャモンはそう言ってきた。
フリーセルはじっとギャモンの髪から目から鼻から口から、それら全てを凝視してから首を傾げた。

「なんなんだろうねぇ」

「なんだそりゃ」

「うん、なんなんだろうねぇ」

「……訳わかんねぇ」

会話が成り立たないと見たのかギャモンはフリーセルから目を背けた。フリーセルは相変わらずギャモンのことを見つめ続けている。
逆之上ギャモン。逆之上ギャモン。彼は口の中でその名を玩ぶように気紛れに転がした。なんてことはない、ただの男。カイトの隣にいる男。そう、カイトの、隣。

「……カイトの…」

「あー?なんか言ったか?」

気のなさそうな声と目がフリーセルに向けられた。その目を真っ向から受け止めて、フリーセルは表情一つ変えずただ見つめた。そう、見つめた。先程からずっと逸らされることのないフリーセルの眼差しにギャモンはそろそろ限界だった。

「あのよ、何もねぇんならそうじろじろ見るのやめてくれねぇか」

「その目を……」

「あ?」

「いや、視線を」

今は、2人の視線の先には互いしかいない。フリーセルは口を開いた。
そう、今、だけなのだ。

「僕にちょうだい」

努めて冗談めいたように発したのだが、滲み出るそれはまるで祈りのようだったかもしれない。思わず重ねて懇願の意を口にしてしまいそうになってフリーセルは唇を噛み締めた。
何度も何度も言い募れば、それはまるで子供。特別でもなんでもない日に、高価な玩具を親にねだる子供のようだ。みっともない。

「はぁ?なんだよそりゃ」

ギャモンはフリーセルの言葉に戸惑いを見せる。回答に困るというよりも問いに対して困っているようだった。

「んなもん、誰かにやるだとかやらねぇだとか、そんなんじゃねぇだろ」

「それなら、隣を」

すがるように、そして静かに言い放ったフリーセルに、ギャモンは驚いたように眉を上げた。

「となり?」

「隣が欲しいな。君の隣」

ギャモンが聞き返せば、フリーセルは先ほどよりも幾分か余裕そうに言い直した。

「カイトの隣じゃなくて、僕の隣にくればいい」

声色は明らかに軽いのだがその目は決して笑っておらず、相手の出方を伺うようなそんな用心深い目をしていた。

「はは、そりゃあ無理な話だな」

フリーセルが、半分真剣に物を言っているのにギャモンは気付いていながらもあっさりとそしてからかうように切り捨てた。

「あいつから離れるわけには、いかねぇしな」

そう呟いたギャモンの瞳にほんの一瞬、なんとも言えぬほどの優しさを感じた。
その視線だよ。とフリーセルは心の中で言った。僕が欲しいのは、その眼差しだと。
優しくて、素直じゃないけどそれでも愛を感じる眼差しを。それが叶わないのなら、柔らかな温もりを感じられる場所を。そのどちらも叶わないというのなら、一体何を欲すればいいのだろう。
少しくらい、分けてくれたっていいのに。フリーセルはカイトが羨ましかった。

「ずるいよ」

自然と言葉が出た。

「僕も欲しい。君の何かが」

「何か、ねぇ」

その言葉をギャモンは拾い上げる。

「俺はお前のそういうところが嫌いだ」

フリーセルは大きな瞳を揺らがした。ギャモンは彼をいつもはとらえどころのない食えない奴だと思っていたのだが、今ならフリーセルの心情が手に取るように分かった。彼はただ飢えているのだ、温かく心地の良いものに。

「俺の何かじゃなくて、俺がって言ってみやがれ」

温かく心地が良い、そんなものに飢えているからこそ、人そのものを欲することなどできないのだ。孤独や嫌悪のような冷たさも、人によりもたらされるのだから。
結局は己の欠落した何かを埋めたいだけなのだ。

「それが僕とカイトの違いかぁ」

フリーセルはまた手を伸ばした。振り払われなかった。

「カイトは言ってくれた?」

君が欲しいって。フリーセルはそう言いながらギャモンの滑らかな頬を這い上がり睫毛をそっと撫でた。その感触がひどく柔らかくてその繊細さと温もりに涙が出そうだった。

「さあ、な」

分かりきったことを聞くなと、ギャモンの目はそう語っていた。慈しみの瞳だ。ただその慈しみは、目の前にいるフリーセルに向けられたものでは決してないのだ。

「……欲しいよ」

どうしてだろうなぁ。
フリーセルはそう思った。どうしてこんなにも渇望してしまうのだろう。

「君の、」

くれるのなら、何だって。温かく心地が良いものなら何だって。
こんなにも子供のように意地汚く食い下がるのは何故だ。
フリーセルは震える唇を必死に動かした。

「君の……」

どうしてだろうなぁ。
そう思っていたら手を払われてしまった。

「ばぁか」

続きを紡ぐ前にギャモンが笑った。それからフリーセルに背を向けてしまった。

「もう、遅ぇよ」

ギャモンはもう一度だけフリーセルの方を振り返り微笑むともう彼には目もくれず歩いていった。きっとギャモンが向かうあちらには、彼のすべてを捧げた相手が待っているのだろう。
フリーセルはそっと手を掲げ先ほどの情景を思いだしつつ撫でるかのように動かしてみせる。
あの肌の温かさも柔らかさも手に入らなかった。彼の何かを手に入れることすらできなかった。彼の全ては、もう誰かのものだった。そう思うととてつもない切なさと息苦しさに襲われる。胸の奥のあたりとこめかみのあたりがじぃんと熱く重く響く。歯を食い縛るとそこが激しく痛んだ。
あまり慣れない苦い痛みに打ちのめされる。が、その時フリーセルはふと気付いた。

「そうか」

どうしてだろうなぁ。
そんなの、知ってしまえば恐ろしく簡単だった。

「これが恋か」

ただ、こんな形でこの感情を知りたくはなかったのだけれど。








-------------------------------------------
はじめはちゃんとフリギャ書いてたんですけどね。いつの間にかカイギャ←フリになってました、危うく展開を間違えたらギャモンがビッチになりそうでひやひやしました。
フリギャやルクギャはどうしたってカイトの影が消えない感じがとても美味しい。
フリーセルはいつまで経っても子供みたいな考えが消えない気がする…。