昼時になりギャモンは外へ出た。あれからもう何をすればいいか分からずソウジの結んだネクタイをソファに叩きつけリビングでテレビを観ていたのだが、腹が減り冷蔵庫を覗くと見事に何も入っていなかったため仕方なく外に出ることにしたのだ。
玄関を出てふと何気なく表札を見ると黒のプレートに白字で「軸川」とでかでかと彫られており驚愕した。一瞬、最悪な考えが頭を過る。だが彼はその考えを振り払うよう走り出した。まさか俺の名前ってと考えようとして、やめた。とりあえず今は何も考えないようにした。妻は俺の方だったのかあはははは、とは冗談でも笑えなかった。
家の前から逃げるように去り、しばらく住宅街を抜け大型スーパーや飲食店を探す。静かなこの場所を歩いていると少しずつだが心も落ち着いてくる。今日は半日だけで衝撃がでかすぎた。
少し広めの通りを歩いていくと某大型スーパーが見えてきた。とりあえずフードコートでどこか手頃な店に入ろうとそちらを目指して歩いていった。
1階のフードコート内にハンバーガーショップを見付けてそこへ入る。てきとうに注文し空いている隅のテーブル席に腰を下ろした。注文のメニューにアップルパイの文字を見ていささか気分が悪くなったが忘れようと首を振った。

「あら、ガリレオじゃない」

1つ目のハンバーガーにかぶりついた時に声をかけられそちらを見上げる。するとそこにはスタイルのよい女性が立っていた。色付きのサングラスをかけて目元を隠してはいたがギャモンはその女性にどこか見覚えがあった。

「…アントワネット…」

アントワネットと呼ばれた女性、もとい姫川エレナは「相席、構わないわよね」とこちらが頷く暇も与えずにギャモンの向かい側に座る。彼女のトレイにはギャモンが一番見たくない食べ物の1つであるアップルパイも乗っていた。

「何で頼んでんだよ…」

「え?何?」

「いや、何も!」

ギャモンは誤魔化しながらなるべくアレ、は視界に入れないようにしようと密かに思う。

「お前…変わったな」

シェイクを啜るエレナにギャモンは素直にそう言った。学生時代に見た彼女はまだ見た目も中身も含め少女っぽさが抜けていなかったが、今は少なくとも見た目は著しい成長を遂げたようである。
すると彼女は自身あり気に微笑みサングラスをずらして弧を描く目元を覗かせた。

「あら、やっと私の魅力が伝わったの?」

「はぁ?なぁにが伝わるってぇ?」

「もう…あんたの方も中身は相変わらずねー」

少しは気の効いた言葉でも掛けてやれないのかしら、とエレナがため息をつきながら言った。
そりゃあお前もだろ、と言ってやりたかったのだが先にあんたも相変わらずと自身で言っていたあたり、彼女も自覚はしているのだろう。

「ね、そういえばあんた、こんな所まで出歩いてていいわけ?」

「……あぁ?」

「あー、そうはいっても適度な運動は必要っていうわよね」

それにまだ見た目からしても目立たないしね、とエレナは1人でぶつぶつと呟く。

「…何の話だよ」

突然エレナから振られた話題にギャモンは戸惑った。何について問われているのか分からなかった、心当たりすらない。彼がひたすら首を傾げているとエレナがふと真剣な表情で尋ねてきた。

「あんた今、何ヵ月?」

「だから、何が」

「妊娠」

「ぶっ、うっげほっ…うぇっお、おま」

「ちょっと、汚いじゃない!」

油断していた時に強烈な衝撃に口の中の物を全てテーブルの上に召喚しそうになる。どうしてこういつも食事時に衝撃が襲うのだろうか。
シェイクを流し込み力ずくで全てを流し込んで胃に収める。

「おま…何でそんなに、ににに妊娠、とか…」

驚きと恥ずかしさ―――無論これは彼が本当に妊娠していてその追求自体を恥ずかしく思ったわけではなく、妊娠という言葉そのものに対しての恥じらいである―――に赤面しながら尋ねるとエレナはふん、と得意気に笑った。彼女はデザートのアップルパイを持ちその手でギャモンを指差した。

「私が知らないとでも思ったの?ソウジから聞いたもの、知ってて当然でしょ」

ちょっと待て、どうしてお前があの人とそんな話をするほどに仲が良いんだとか俺は男なのに妊娠したとかマジで思ってるのかおかしいとは思わないのかとか言いたいことは山ほどあったのだが、ギャモンは何も言えなかった。
目前で揺れるアップルパイの香りに顔をしかめ口元を押さえる。もうギャモンにとってはりんごというのはある種のトラウマだった。必死に詰めた胃の中の物までリバースしてしまいそうでギャモンは脂汗を浮かべ立ち上がった。

「ちょ、もしかしてつわり!?」

「ふざけんじゃねぇ!んなことあってたまるか!!」

「あ、ちょっと待ちなさいよガリレオ!」

「二度と俺にそれを近付けんな!」

とにかくりんごの香りが漂うこの場から離れたくてギャモンは通路を行き交う客たちを押し退けて店を出た。エレナが後ろで何やら叫ぶのも気にせずに。







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もうこれ書くの楽しすぎてやばい。
でもどんどんギャモンが可哀想になっていく。ちなみにまだあと数話続きますがたぶんどんどん酷くなる。

ちなみにむしゃのこはりんごが大好きです^ω^