称号持ちの運命についてちょっとばかし真剣に考えてみた。


※過去捏造
※歴史上の人物像をもとに色々と捏造






弟がいて、妹がいる。兄弟は多く、俺はその一番上だった。騒がしい弟たちの世話をするのは正直うっとおしかったり面倒くさいと思うこともあったが、生活に不自由はなかったしそれなりに楽しかった。だがある日突然、親父が死んで俺の生活環境は一変した。別に生活が不自由になった訳じゃない。そりゃあ以前のような余裕は無くなったし贅沢はできなかった。だが親父の残した金で学校へは変わらず行けたし必要最低限の生活はできた。
だが俺は、一言で言えば親父と仲が悪かった。幼い時はそうじゃなかったが、物心ついた頃から。
今までさんざ親父の金で遊んできたっていうのに、親父が死んだ途端に何故かもう親父の金で生きていくのは止めようと思った。そう思ってからは話が早かった。自分の分は自分で稼ぐ、それが当たり前になった。決して親父への謝罪の気持ちだとかそんなのではなくて、俺自身と、そして残された家族のために。親父の残した金は、親父が大好きだった兄弟たちの、まだまだ先の長い未来のために使わなければ。

「…そう、か。だからギャモンくんは…」

俺の長い長い話の後に軸川先輩が静かに口を開いた。学園の屋上で、手摺に肘をつき横目で先輩を見ると先輩は手摺に凭れていつものパックジュースをすすっていた。

「何で聞いたんすか」

俺はどうにも気になったから聞いてしまった。どうしてこの人は俺をこんなところに呼び出して、俺に『金を欲しがる理由』だなんて聞いたのか。
軸川先輩がストローから口を離して俺を見た。俺の前じゃいつもへらへらと笑っているような人が珍しく複雑そうな、困惑したような表情をしていた。何だかいつもとは違う重くてどこかもどかしい雰囲気に居心地が悪くなかった。俺はこういう雰囲気はとことん苦手だ。

「神に定められた『運命』なのかもね」

そう言う軸川先輩の目は沈んでいた。普段は涼しい顔して訳の分からないことばかり言うものだから何を考えてんのか分からない人だとは思っていたが、今なら分かる。この人は明らかに何かに絶望していた。

「運命て、何がすか」

「うーん…簡単に言えば、僕らがこうして称号を持ち、生きていることかな」

「…何でそれが運命なんすか」

軸川先輩の言わんとすることが俺にはよく分からなかった。
今こうしていることが運命だと一言で結論付けられてしまうのなら、今まで俺が必死に生きてきた日々は何だったんだという話だ。俺の頭で稼いだ金も、兄弟の世話に手を焼いた日々も、予期せず親父が死んだことすら。それをそんな一言で言いきるだなんてのは、そりゃあ随分と軽いもんだな。

「そんなに怒らないでよ」

どうやら俺の本心が先程の言葉に表れていたようで軸川先輩が苦笑いを浮かべた。

「君の歩んできた人生を軽んじるつもりはないけど…それでも僕は、これが決められたことなんじゃないかって思うよ」

軸川先輩が軽く息を吐いて俺と同じように手摺に肘をつくような体勢になる。

「ガリレオガリレイは、『学資欠乏』で大学を退学した」

「…………」

「彼は7人兄弟の長男であり、音楽家の父が、」

「で?」

まったくもって回りくどくて陰湿な攻め方だ。その先に語られていく内容が何なのかは大体理解していて、それが聞きたくなくて先輩の言葉を遮った。…成る程これは、と思った。
『運命』とこの人が言うのも、全く分からないわけでもない。

「結局、何が言いたいんすか」

だから俺は促した。長い前置きなぞいらない。ましてや俺の話を前座にするなんざ腹が立って仕方がない。
先輩も俺が前置きの意味を理解したことを察し、少しの間の後にゆっくりと口を開いた。

「回りくどくてごめん。僕が本当に話したかったのは、彼のこと」

先輩が軽く俺の方を向いて謝り、それから視線を宙へやると言葉を続ける。

「僕は思ったんだ。彼はまさしくアインシュタインであって、まさしくオルペウスの契約者だって」

空を仰いで軸川先輩はそう言った。俺は一瞬その言葉の彼というのが誰を指しているのか分からず、は、と小さく声を漏らしたがすぐにそれがあのバカ面を指しているんだと理解する。
何であいつのことなんてと俺が口を開こうとすると、ちょうど先輩が笑って手摺の向こうの方を指差した。

「噂をすれば、てヤツ」

視線をやれば、軸川先輩の言うとおり向こうにはこちらに背を向けて恐らく何かを話しているカイト、とノノハ。後ろにはキュービックやアナもいる。

「…あんの、バカイト…」

ここからじゃよく見えないが、今日もあいつはバカ面のままきっとパズルの話でもしてるんだろう。そう思うと可笑しくて笑えてきた。先輩が「楽しそうだね」と俺の顔を覗き込んでそう言うもんだから慌てて眉を寄せてカイトを睨み付けてやると先輩は声を上げて笑った。
それからしばらくカイトの背を眺めていた先輩が不意に真剣な表情に戻り、言う。

「彼の姿は、人類滅亡を防ごうと宣言を掲げたアインシュタインのそれと重なるよ」

そういえばアインシュタインは物理学者として知られているが、彼はまた平和運動にも取り組んでいたことを思い出す。確か…人類として、人類に向かって訴える。だったか、と宣言の一節を思い出す。確か哲学者であるラッセルと共に核兵器廃絶を訴える内容だったはず。しかし皮肉にも彼が作り上げた特殊相対性理論は核兵器開発に応用されていることも同時に思い出す。それにアインシュタインは核兵器廃絶を掲げながらも以前に核兵器使用に賛成する文書に自らサインをしたともいう。かなりひん曲がった平和主義者だ。
アインシュタインといえば幼い頃は学校にも馴染めず、成長してからも科学者としても人間としても孤立していたらしく自覚するほどの孤高癖がある人間だ。それに彼は学生時代には自分の興味のある分野にしか力を入れていなかったらしい。
カイトの他の物には見せないパズルに対する異様な執着心を見ると、まあ似ている…とは言えなくもないが、何となくこじつけのようにしか思えなかった。
しかし…パズルに対する執着、といえば。いつだったかカイトがパズルを解けなくなっちまった時。あいつは俺に、これまでもこれからも1人でパズルを解くと言った。パズルに人を殺させない、だから1人でパズルを解く、と。その言葉はきっと、あいつ自身の根底にある本心そのものだろう。
そのカイトのどこか屈折した正義感だったりどうしようもないプライドなんかは、確かにアインシュタインの矛盾した平和主義と孤高感と通ずるものがあると思った。あと、あのバカイトの俺に張り合う口の悪さも。
そんなことを先輩は以前から考えて、カイトとアインシュタインの姿を重ねて見ていたのか。

「きっと『彼』だからこそ、オルペウスは彼を選んだんだろうね」

軸川先輩のゆっくりと言葉を選びながら喋るような口調とカイトの背をどこか羨望のような眼差しで見つめているのを見て、俺は先輩自身の内側の感情を少しだけ垣間見た気がした。
もしかして、嫉妬、なのか。と思うがどうも少し違う気がする。先輩はもしかしてオルペウスの腕輪と契約を交わしたかったのか、だからあのカイトに嫉妬を向けているんじゃないかと思ってみたのだか、その想像はどうにもしっくりこなかった。まあ、いちいち俺の方から首を突っ込むつもりはない。

「どうしてだとか、そんな理由はない。彼はただなるべくしてそうなった」

滑らかに発せられる軸川先輩の言葉はまるで何かの呪文みたいで、先輩はその呪文を必死に自分に掛けているようだった。

「だからね。僕は後悔してないんだ。この状況に」

でも、と先輩は小さく呟く。

「今更こんな愚痴、誰にも言えなかったんだ」

それから先輩は笑ってごめんね、と謝った。
その言葉を聞いて俺はやはり、嫉妬だったのかと自分の考えを改める。愚痴、というのがカイトへの嫉妬、ということなのだろう。先輩があのカイトに嫉妬かあ、と思うと何か変な感じはしたが。
そういえば、この人は俺が何を思っているのかを想像で把握しているようだ。先輩は俺の心情を汲み取り話を進めていくから端から見た奴は俺たちの会話の意味合いなんてほとんど正しくは理解できないだろうな。と、つくづく天才だということをこんなところで思い知らされる。いや、だからといって負けたつもりなどさらさらないが。

「別に、都合が良かったんだろ」

俺が。と。
今度は俺が先輩の気持ちを想像して言ってやる。すると先輩は「バレたか」とまた笑った。
こんな話を全くの無関係者に話せるはずもないしそれに他の称号持ちの奴らに話せばまた厄介なことになる。なんだかんだ言ってあいつらの性根は脆く、所詮は甘い。先輩やカイト、そしてそれこそ自分自身に何か良からぬ感情を抱いてしまうかもしれない。要するに、俺が一番冷めているということだ。

「ギャモンくんが、きっと一番こういうの嫌いそうだと思ったんだ」

ああ、と俺は頷いた。他の奴らのことは知らないが、確かに俺はその手の言葉が嫌いだった。ましてやこの『称号』が運命なのだと言われれば尚のこと。確かに俺の境遇はガリレオガリレイのものと似ている、と言ってやってもいいさ。だがそれから先の未来を考えてみろ。もしガリレオのような未来を辿ると言うのなら俺は何があってもその運命とやらを変えてやろうと思う。いや、変えてみせる。あんな悲惨な人生なぞ送りたくない。
そういうものを嫌い、なおかつこんな面倒な話も嫌いで後腐れのない、そして先輩の話に流されずに『もしも』や『例えば』の世界で片付け客観的に聞くことができるからこそ俺を話し相手として選んだわけだ。
だがそこで俺は気付いた。ふと沸き起こった疑問に、目を見張り思わず先輩を見つめる。

「付き合わせてごめんね」

軸川先輩は笑顔で言った。その笑みはいつもとどこか違うものだったが。そして俺に構わず先輩はじゃあね、とリンゴジュースのパックを持つ手を軽く上げて屋上を去っていった。
俺は振り返って先輩が消えていった屋上の扉に目を向ける。
先輩もいなくなりもうここにいる意味はないのだが俺は1人、じっとその場で考えていた。気になんてしなければいいような1つの疑問について。
ここからは全て俺の想像の上の把握だ。ちゃんとした結論まで辿り着くには情報や知識が足りないが、いくらかの仮説くらいは立てられるだろう。