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「ねぇ、ギャモンくん」

街道を2人で歩く。
ソウジはギャモンに擦り寄った。

「…あー?」

「寒いね」

「はあ?寒くなんかないだろ、いま春だぜ?」

「…寒いね」

ソウジはそう言って手を差し出した。彼の言わんとしていることが分かって、ギャモンは周りを注意深く見回してからおずおずと手を差し出した。ソウジが嬉しそうにそれを拐う。

「ふふ、」

ソウジが笑った。
じんわりと互いの体温が伝わりギャモンは気恥ずかしさに指が震える。そんな彼の気持ちを汲み取ってかソウジが彼の手をぎゅっと握った。

「……あったかいや」

幸せそうなソウジの表情を見て、ぼっと脳が沸騰しそうになるような感覚。はくはくと口を開くが言葉が出てこない。

「あはは、ギャモンくんはもしかしてあったかいよりもあつい、かな」

ギャモンは繋いでいない方の手で頬を擦る。

「い、言わなくたって…分かんだろ!」

自棄になって言葉を吐くと、ギャモンは黙ってソウジの手を握り返した。





長い夢を見ていた気がする。
掬い上げられるように意識が浮上していく。ぶる、と身体が震える感覚がしてそれからゆっくりと伺うように瞼が開いていく。
始めに見えたのは、白い天井だった。

「逆之上さん!?」

自分の名前を呼ばれて首を捻る。白い服を着た女性がギャモンを見て目を丸くしている。

「気が付きましたか!良かった!」

ギャモンが身体を起こしていると女性は壁についたボタンを押すとそこへ向けて話始めた、「先生、逆之上さんが意識を取り戻しました!」と興奮気味に。そしてそれが終わると彼女はまた興奮気味に彼に向けて喋り始める。

「待ってて、今、ご家族を呼んでくるから」

ギャモンが女性に声をかける前に彼女は慌てたように部屋を飛び出していった。どうにも状況が掴めない。彼がきょろきょろとあたりを見回す。どこかの家か、と思ったがそれにしては何か違和感がある。それに見知らぬ機械のようなものが積んであったりしている。普通の家にこんなものは置いてないだろう。そうして彼が部屋を眺めていると扉ががらりと開いた。黒い髪の女性が中へ駆け込んできた。

「お兄ちゃん!」

彼女はそう言うなりギャモンの胸へ飛び込んだ。涙を流してお兄ちゃん、お兄ちゃんと呟く彼女を見ていきなりのことにしばらくギャモンは呆気に取られていたが、我に帰るとギャモンは彼女を振り払った。
驚いた彼女が涙を止めてギャモンを見上げる。そんな彼女の顔を見て彼は顔をしかめる。

「………………誰だ」

ギャモンは低く言い放った。彼女の目が大きく見開かれる。

「…お兄ちゃん…?」

「お前は、誰だ…」

ギャモンの声は意図せず震えていた。
彼女の手が伸びてきて夢中でそれを払い除ける。

「誰なんだよお前は!」

「お兄ちゃんっ…」

「お兄ちゃんってなんだよっ…お前っ、お前は…誰なんだよ…」

彼女の顔が悲しそうに歪んだ。それでもそんなことは彼には関係なかった。

「お前はっ、ミハルじゃねぇ!!」

ギャモンは叫んだ。彼女に向かって。しかし彼女は顔を歪めたまま動かなくなった。
彼女はギャモンの妹であるミハルに確かに似ていた。けれどミハルは中学生、対して今ギャモンの前にいる彼女は立派な成人女性のように見える。

「誰だよお前は…!」

「その子はお前の妹さんだろ、ギャモン」

ギャモンが彼女に更に言葉を浴びせると、不意に扉の向こうから声が聞こえた。驚いてそちらを見るとそこから2人の男女が姿を現した。見たところ20代半ばかそこらの、面識はないはずなのになんだか見たことがあるような2人組だ。

「カイトさん…ノノハさん…」

ギャモンのすぐ近くにいた彼女が小さく呟いた。その口から出てきた名前に、ギャモンは耳を疑った。

「え…」

カイトに、ノノハ。彼女は確かにそう言った。けれど、それは有り得ない。彼らはギャモンの同級生であって大人であるはずがない。すらりと伸びた長身の男と茶色の髪を腰まで伸ばした女性。どこからどう見ても、今まで共に過ごしてきた同級生とは違う。ミハル同様に似てはいるが。

「カイトに…ノノハだと…?」

ギャモンが呆然と呟くと彼らはじっとギャモンを見つめた。その視線が彼には痛く感じられて首を振った。

「でたらめ言うなよ…なあ、お前ら一体何者だ!?」

まるきり現状が分からない上に訳の分からないことばかり言われてギャモンは苛立ちの末に怒鳴り散らした。男が近寄りギャモンの肩を掴む。

「おいギャモン、落ち着け!」

「触んな!てめぇが、カイトなわけあるか、てめぇがノノハなわけあるか、ミハルなわけあるか!ふざけんじゃねぇ!!」

「ギャモンくん…」

男の後ろに立っていた女が突然泣き始めた。ギャモンのすぐ側にいる彼女もまた顔をしかめ声を圧し殺して泣いていた。何故泣くのだ、ギャモンは思った。訳が分からなくて泣いてしまいたいのはこちらの方だった。

「何泣いてんだよ…何なんだよ、意味わかんねぇ!説明しやがれ!」

「ギャモン、」

「気安く呼ぶんじゃねぇ!」

しつこく肩を揺さぶる男から逃れるようにギャモンは暴れた。しかし相手は大人なため力では及ばない、逃れるのは難しかった。もがく彼を男が押さえ付ける。

「やめろ!離せよ!!」

「っ、ギャモン!」

ギャモンが喚くと次の瞬間には男が叫んでいてギャモンの頬に衝撃が走った。そのままベッドから落下する。それから男の側にいた女が慌てて男の腕を掴みあげて、もう1人の彼女はギャモンを助け起こした。…ああ、男に殴られたのだとギャモンは遅れて気付いた。

「カイト!もう、止めてよ…」

「………俺だって、」

女が涙を流しながら男に懇願する。すると男は黙りこんで、それからしばらくしてから小さく口を開いた。

「俺だって、訳が分かんねぇんだよ…」

絞り出すような声だった。女が静かに男に寄り添う。ギャモンはその様子に目を見張った。それは、確かにギャモンの同級生の2人の面影があった。

「………嘘だろ…」

「お兄ちゃん…?」

ギャモンを支える彼女を見る。改めて思う、似ている。見れば見るほどミハルに似ている。けれどそれはやはり似ているというだけで、ギャモンの記憶の中にいるミハルとは明らかに違う。
でも、彼を心配そうに見る眼差しに、嘘があるのだろうか。

「………ミハルなわけがないだろ…」

男女に目を向ける。愕然としたような気の抜けた声しか出てこない。

「お前らだって…そんな…」

「違うよ、私だよ、お兄ちゃん…」

彼女がギャモンの胸に顔を埋めた。今度は振り払えない。
男が静かに歩み寄ってきて言いにくそうに口を開いた。

「覚えてるか」

ギャモンが顔を上げる。何が、と尋ねる。

「目が覚める前、お前に何があったかだよ」

男にそう尋ねられてギャモンはふと自分を振り返る。何があったか?だと。彼は記憶を辿った。

「………トラック、が」

思い出してみて印象に残っているのは、仕事の打ち合わせの帰りの、うるさいクラクションと目の前に迫ってくるトラックだ。
男が頷く。

「ああ。お前はあの日、事故に遭った」

そこでギャモンは疑問に思った。記憶が正しければ、あのままギャモンはトラックと衝突して事故に遭ったのは間違いない。しかし男は、彼が事故にあった日を"あの日"と称した。いったいあの事故からどれくらい意識がなかったのだろうか。そう思っていると、すぐに答えは男の口から出てきた。

「それから…。それからお前は10年間、ずっと行方不明だったんだ」

「は、!?」

行方不明。
それは一体どういうことだ。
ギャモンは声を上げた。しかし、男は構うことなく続けた。

「でも昨日見付かった。事故があった、同じ場所に倒れてたらしい。……10年前の、ままの姿で」

男の言葉がぐるぐると頭の中を回る。10年間行方不明で、10年前のままの姿で見つかった。だなんて、突然言われても言葉の意味すら理解できない。
ギャモンは自分の手の平を見つめると、彼はそれから勢いよく立ち上がった。走って部屋から飛び出す。後ろから呼び止める声が聞こえる。それでも構わず走った。廊下の先にトイレが見えてそこに飛び込む。息を切らしながら、そして彼はおそるおそる鏡を覗き込んだ。
あの日から、事故があった日から10年も経っていた?だからギャモンの記憶の中にいるカイトやノノハやミハルと先ほど対面した彼女たちの姿は違っていた、10年分の成長を遂げていたということだったのか。
だったら、自分は10年間も意識のない状態だったというのだろうか。しかし男は言っていた、"昨日、10年前のままの姿で見付かった"と。
ギャモンは震える手で鏡をなぞった。冷たい感触に身体の芯まで冷えていく錯覚に陥る。自分の姿を見てさあっと頭の中が真っ白になっていく。
鏡には、まだ16歳である自分の驚愕に満ちた表情が映し出されていた。









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くそう…文章めちゃめちゃだ…。

インスピレーションは小学生の時に読んで号泣した小説。題名覚えてないんですがもう一度読みたいです。それと最近見た夢、というね。
そしたら最近見た某魔法アニメとまるかぶりしてて吹いた。
解説すると周りは10年分歳とってるし時間も経ってるけどギャモンだけは歳とってないですみたいなそんなようなことです。