赤い実を食らう りんご飴、というものがある。 縁日などでよく売られているそれを1日放っておくとどうなるか知っているだろうか。 まずてらてらとつややかに見る者を誘う表面の光沢は失われる。そして一度噛みつけば、歯に、舌に絡みつく粘度の強い飴は水気を失くし硬度を増す。やがてその内にある実を食い破ろうとする歯さえも容易には通さなくなるのだ。 屋台の明かりにさらされることもなく、自ら輝きを放つことすらもできなくなったそれは。 しかしながらその頑なな殻を割り開いてみると、後に現れるのは当初の美しいままの赤を称えた瑞々しいりんごの実なのである。そしてその実にかじりつけばなおのこと。口内に溢れる甘酸っぱさと鼻を抜けていく柔らかくも爽やかな香りに、思わずその頬はゆるく綻んでいくだろう。 例えるのなら、彼はまさしく、それそのものである。 「先輩」 「…え、ああ、どうしたの」 軸川ソウジは我に返る。前方には訝しげにソウジを見る逆之上ギャモンの顔。ふとそこから視線を外し自然な動作で周りを見回す。彼らが腰を落ち着けているそこは学園でいうところの、いわゆる天才テラスと呼ばれている場所だった。下の階は何やら煩くない程度のざわめきが聞こえ人がいることが分かるが、この場所には彼ら2人の姿しかなかった。 「どうした、って…聞きてぇのは俺の方だっつうんだよ…」 独り言のようにそう言ってギャモンは大きなスプーンで自分の皿に盛られたカレーをすくい上げ、それを口内へ招き入れた。まったく美味そうに食べるものだとソウジは思った。 「自分で学食誘っといて、先輩は食わないんすか」 その言葉でソウジは気付いた。2人で共有している広めのテーブルの、自分の方を見る。そこは見事に綺麗さっぱり、皿の1つも乗っていなかった。強いて言うのなら、彼がいつも愛飲しているリンゴジュースのパックがテーブルの真ん中に所在なげに鎮座しているということくらいか。そうやって現状を把握していくうちに、彼は段々と自分が何故こんな風にギャモンと共にいるのかを理解してきた。 「そうだね。僕、お腹が空いてたんだった」 「、ぶはっ…じ、軸川先輩…あんた大丈夫すか…」 ソウジが呟くとギャモンはそれを聞いて噴き出した。丁度のタイミングで煽っていた水までもはなんとか吐き出さないようにと堪えたためか笑いながら何度か咳込んだ。 「やだなぁ、そんなに笑うこと?」 「え、いや、だって…」 終いには完全に食べる手を止めて笑いだすギャモンにソウジはわざとらしく肩をすくめた。取りなそうとギャモンが言葉を紡ごうとするが、笑えてなのか純粋に先が思い付かないのか、次に何かが続くことはなかった。 「食べたいなぁ」 ギャモンにその次とやらを追求することは諦めて、ソウジは話題を変えるようにギャモンの顔を見つめて一言放った。その視線に気付いて彼はやっと笑いの波を抑えてソウジを見とめた。 「や、だったら頼んでくりゃいいじゃないすか」 ギャモンがテラスの手摺の向こう側の階下を指した。だがソウジはそちらを一瞥してから渋るように首を振った。「違うんだよねぇ」だなんて言うソウジをギャモンは不思議そうに見ていた。 つんとスパイスの香りが鼻をつく。 「君が食べたいなぁ、なんて」 我ながらぞっとするような台詞だがソウジは表情を崩さずにいつもの装いのまま言い放った。どんな反応をしてくれるんだろうなんていう期待も必死に抑え込んで。 対してギャモンの方はただただ呆れることも笑い飛ばすこともせずに口を半開きのままにして固まっていた。しかし突如として彼は何かを思い付いたかのように顔を上げ、それからまた自分の手元を見て俯いた。そして彼は何を思ったか半分ほど減ったカレーの山からスプーンでそれをひとすくいし、こう言ったのだった。 「…食います?」 今度はギャモンの言葉にソウジが噴き出す番だった。ソウジにとって予想外の返答に彼は堪える間もなく声を上げて笑ってしまった。 「ちょ、軸川先輩!」 「はは、ねぇギャモンくん…それって本気?」 「はぁ!?…あー…いや、」 ソウジは笑った。まさかこんなに良い反応をしてくれるなんて、と。だがギャモンはソウジの言葉の意味を理解していないわけではないようだった。ソウジが問えば彼はふと言葉につまりぱっと顔を赤らめた。困ったように目線を逸らしさまよわせている。そしてせっかくすくったカレーを皿に戻し綺麗な二色に別れていたそれをぐしゃぐしゃに混ぜ始めた。 「いびるんなら他にやり方あんだろ…」 苦し紛れなのか、照れ隠しか。どちらにせよ彼の根底にある意味には相違ないためどちらであっても構わない。とにかく彼の容姿からはあまり想像できないような、なんとも子供っぽい行動にソウジはパックジュースのストローを曲げたり伸ばしたりしながらふふ、と小さく笑い声を漏らした。その声に反応してギャモンがぎりりと歯を鳴らしながらスプーンを握りしめた。 「僕は好きだよ、食べたいくらいね」 おどけたようにソウジが言うとギャモンは更に強く噛み締め彼を睨んだ。赤く染まった顔はさながらりんごのようであった。 「ギャモンくんて、ほんと面白いよね」 ソウジがソファにゆったりと背を預ける。 「見た目は…何ていうか、話掛けたらお金巻き上げられそうだから止めとこう、って感じなのにねぇ」 「はあぁ!?あんたそんなこと思ってたんすか!」 これには相当不満があったようで今までじっとソウジを睨み付けていたギャモンだったが突然テーブルを叩いて声を上げた。 「いやいや、今は思ってないよ。だってギャモンくんて実はよく笑うし、子供みたいに普段はひどく単純で言葉の裏を読もうとしないし怖いのが苦手で見かけによらずお化けとかすごく怖がるし、嘘をつくのも下手くそで感情がすぐに顔に出るし、それに」 「待った待った待った待った!」 ギャモンはテーブルに身を乗り出してソウジの言葉を遮った。そうしてソウジが止まったのを確認してから力なくソファへ倒れ込む。 「もう……十分す」 「え、そう?」 なんだか放っておいたら延々と喋り続けていたような気がしてギャモンはソウジの顔を見てからため息をついた。 「しかもあんま良いとこねぇし」 単純で、怖がりで、表情が顔に出る。まあ、褒められた気は全くしない。 だがそれに反してソウジは驚いたように声を上げた。 「そんなことないよ、僕は全部褒めてるつもり」 「……はあ」 ソウジが柔らかくギャモンに向かい微笑む。だがギャモンからしてみるとソウジの笑顔からは胡散臭さしか感じられなかった。 変わらずソウジは笑顔のまま。その笑顔のまま、彼はひたすらギャモンを見つめ続ける。…これはどうにも居たたまれなかった。 「ねぇ、ギャモンくんはりんご飴、好きかい?」 「……は?」 これはまた唐突だった。ギャモンはソウジの問いに答えられずにただ口を開けたまま目を瞬かせた。 「どう?」 「どうって…いや、別に好きでも嫌いでも」 訳の分からぬままとりあえず言葉を並べてみるも、どうやらソウジにとって重要なのはこの問いの答えではないようだった。 「だったら今度、機会でもあれば試してみて」 「試す?何を?」 「知ってるかい、りんご飴を1日放っておくとどうなるか」 「あ?何だそりゃ」 「そうすればきっと分かるよ」 ソウジのどこか含みのある言い方にギャモンは忙しなく視線をさまよわせた。いつの間にかどこかよろしくない雰囲気に変わり始めていることに気付きどうにも落ち着けずにソファを座り直した。 「分かるって…あんた一体何言ってんすか」 表情が読めない。ギャモンはソウジの内側を捉えられずただ尋ねることしかできなかった。 「知りたくないかい?」 ふとソウジがソファから身を起こし彼は膝をテーブルの上についた。そしてそのまま身を乗り出し向かいに座るギャモンの方へ顔を寄せる。ギャモンの肩が跳ねた。 「え、」 「僕が君を、好きな理由」 至近距離でそう告げられて。食われそうだ、と思ってしまった自分は気でも狂ったのではないか。迫ってきたソウジの顔に反応して心臓がばくばくと音を立てる、その音を聞きながらギャモンは回らない頭でそう思った。 かつてないほど近かった、互いの顔が。今すぐにでも目前にいる先輩を殴り飛ばしてこの異様な雰囲気から解放されたかったが、何故か魔法にでもかかったかのように身体が言うことを聞かなかった。目だって逸らせずに、何も言わず見つめることしかできなかった。 鼓動を刻むペースで体温が上がっていくような感覚がする。巡る血液が全身へ熱を運び終いには逆上せたように頭がぼうっとしてきた。ソウジの息がかかる、膝ががくがくと震えた。下手をしたら気を失ってしまいそうだ。 「ねぇ」 だがギャモンが気を失なうその前に、ソウジが顔を離し立ち上がった。そして彼はギャモンの方を振り返ると言った。 「それってりんご、入ってるのかな」 いつからだったか放っておかれたカレーの皿をちらりと見る。そして視線をギャモンへと移し、お決まりの笑顔を見せた。 「…………入ってないんじゃないんすか」 ギャモンはそれだけ呟くのが精一杯であった。 そっか、とソウジは応えてギャモンに背を向けてテラスを降りようと階段へ歩いて行った。だが階段へ差し掛かった時、彼はもう一度振り返った。 「僕は入ってると思うよ」 それだけ残してソウジはざわめきの聞こえる階下へと消えていった。 広いテーブルの上には中途半端に残ったカレーの皿、空のグラス。そしてリンゴジュースのパックだけが置かれていた。 --------------------------------------------- 支部に初めて投稿したやつ。緊張しすぎて何度消そうとしたことか。 支部の方で続編希望とのお言葉をいただいたので続き書くかも。 ギャモンくんが最近かわいすぎて怖い。あとソウジくんがホモにしか見えなくてウケる。 |