愛の宣告を捧げたとして、


※特殊設定
※予告なしに打ち切る可能性あり
※おそらくハッピーエンドじゃない






その日、花が見たいなぁだなんて軸川ソウジが言った。その言葉に逆之上ギャモンが振り返ってみると彼は理事長がいないのをいいことに理事長室に置かれているテレビをつけていた。色とりどりの、ギャモンにとっては名前も知らないような花の映像が流れて彼はソウジの後方からそれを眺めた。

「じゃあ、どっか見に行きますか」

「うーん、でも僕…花の匂いって駄目なんだよねぇ」

花を見たいだなんていうソウジの言葉が珍しくて気まぐれにギャモンがぽつりと提案してみる。しかしソウジから返ってきた言葉は意外なものだった。

「いや…だったら見に行けねぇだろ」

「うん、でも見に行くんならやっぱりチューリップかな」

何だか話が噛み合わない。ギャモンは相変わらずマイペースであるソウジに対してため息をつく。

「だから、花の匂い駄目なんだろ?」

するとソウジはギャモンの方を振り返ってからふと微笑んだ。

「チューリップはね、香りがないから」

「……そーなんすか?」

「うん。一般的なチューリップは品種改良されていてね、観賞するのに匂いが邪魔だっていってね」

「……へぇ」

ソウジの言葉にギャモンが気がなさそうに返事する。ソウジが手を伸ばしてギャモンの髪を撫でた。

「赤いチューリップが見たいなぁ」

「…そーかよ」

その日はそんなふうに会話が成された。なんてことのない、いつもの2人の会話だ。けれどそれから3カ月ほど経ったある日、パズル雑誌の会社から仕事の打ち合わせを終えて帰る途中にギャモンは何となく目に留まった花屋にバイクを止めた。これは本当にたまたま気が向いたからというか、店の前にこれみよがしにチューリップが置いてあるのを見て無意識にソウジの話を思い出していたから、である。
ギャモンはぼうっと、ひたすら赤いチューリップを見ていた。つるりとした楕円の花びらが集まり重なりあい花全体が丸みを帯びている。それはまるであの人が好きなりんごのようだな、なんてどこかそのチューリップに彼を重ねていた。

「何かお探しですか?」

その時、店の中から快活そうな女性が顔を覗かせた。"柿本生花店"という店の名前の書かれたエプロンをしているところからこの店の者なのだろう。
驚いたギャモンは彼女とチューリップを交互に見る。確かに先の行動は店員から見たら明らかに商品の品定めをしているように見えるだろう。なんと答えれば良いか悩んだ末にギャモンは大声で叫んだ。

「…こ、これ!一本くれ!!」

赤いチューリップを指差して。






「プレゼントですか」

女性はチューリップを包装しながら言った。ちらりと見えた名札に柿本とあり店内にも他の店員が見えないあたり、この店は彼女の店なのだろう。

「…………は!?」

「その顔は、プレゼントかなと思いまして」

女性にそう言われて反射的に両手で頬を触る。熱い。おそらく赤くなっていたに違いない。

「……まあ」

どう答えるかギャモンは迷ったものの、ここは素直に肯定しておいた。別に最初から買うつもりなんてなかったが、花を見てソウジのことを考えていたのは事実であった。

「チューリップ、お好きなんですか」

「…あいつが…赤いチューリップが見たいっつったから」

きらきらの包装紙が赤いチューリップの回りを取り巻いた。まるで宝石なんかのような高価な宝物みたいだった。

「赤いチューリップがいいって?彼女さんが?」

女性が手を止めてギャモンを見上げた。

「………あ、ああ…」

なんだか話しているうちに花を買う自分が恥ずかしくなってきてギャモンは女性から目を逸らした。
それを見てなのか何なのかは定かではないが、女性がふふ、と笑った。

「もしかしたら彼女さん、とてもロマンチストかもしれないわね」

「え…?」

なんだか意味深な発言をした彼女へ視線を向けると、彼女は笑いながら言葉を続けていった。

「だってね…」






店を出るとギャモンは仕事の書類や何やらを入れるために持参していた肩掛けのスポーツバッグに包装された花を慎重に入れた。それからバイクのエンジンを掛ける。
これからどうしようか、と考えながらバイクを走らせた。
買ったその足でソウジの家を訪ねるかどうか、ギャモンは大いに悩んだ。彼は変なところを気にする性分で、買ってすぐにわざわざ彼のもとを訪ねればまるでいかにも彼のために買ってきましたというように見えるのではないかと考えたのだ。しかし花についての知識なんてほとんど皆無のギャモンはソウジに見せる前に花が枯れてしまうのではとも思った。花は寿命が短いと聞く、だがその寿命がどれくらいかなんていうことは知らないギャモンは焦った。枯れてしまっては買った意味そのものが無くなってしまう。
信号に差し掛かろうとしている。ここから真っ直ぐ行けば自宅の方だが、ソウジの家に行くにはこの角を右に曲がって行かねばならない。角に立つビルの向こう側からバーッ、バーッという甲高い音が聞こえる。それがうるさくてどうにも気が散った。どうする。ギャモンは悩んだ。音が騒々しくて頭を振った。
もう角がすぐそこまで迫っている。どちらにせよ決断を出さねば。
悩んだ末に、ギャモンはウインカーを出した。右だ。結局彼は、今から会いに行こうと決めた。普段は絶対にこんなことはしないだろう。けれど今日は特別だ。たまには…たまには素直にあの人に、自分の気持ちを伝えてみるかとそう思ったのだ。
そうして右へ曲がった直後に、今度は目の前でバーッ、バーッと音が鳴った。ギャモンは音の正体に気付いてはっと息を呑む、それは大量のクラクションの音だった。
クラクションの波の中を猛スピードで大型のトラックが泳いでいる。その泳ぎは波を弄ぶように自由に。時には他の車にぶつかりながらしかし勢いを落とすことなく、それは。
狙ったかのように彼の前へ躍り出て。
気付いた時には、既に自分の身体が宙を舞っていた。
意識が途切れる前に思い出したのは、最後に女性が言った言葉だった。

(だってね…赤いチューリップには愛の宣告って花言葉があるのよ。あなたの前でそれが見たいって言ったってことは、あなたに愛してるって言いたかったのか。それとも、)

不思議と地面に叩き付けられるだとかいう衝撃は感じずに意識だけがふわふわと微睡んでいく。

(あなたに愛してるって、言ってほしかったのかも)

意識の糸は、そこで途切れた。