江戸にて、妖怪と、おにぎりと


※03/17〜18に行われたΦ脳チャットに参加されたみなさんに捧げます。
※時代ものです、妖怪と人間です。
※世界観がギャグ
※ほんのりギャモンくんがキャラ崩壊






これは、今は昔。まだこの日本国に異形の者が存在すると堅く信じられていた時代の話である。
とある村のはずれの方に大層美味い握り飯を売る店があったそうな。そこの店主はまだ二十歳を越えぬ少年であった。その少年は日本国には珍しい赤い髪と色素の薄い灰色の瞳をしていた。名を、逆之上ギャモン。早々に両親を亡くし幼い妹のために父の着物を羽織り日夜握り飯を握り続けている。そんなギャモンのひたむきさと握り飯の美味さに村の者たちはよくその店を贔屓にしていた。
ある日のこと、昼時を過ぎ客足も落ち着いたころ、ギャモンの店に常連客の一人がやってきた。

「よう、逆之上の坊っちゃん」

「真方のところの旦那じゃねぇか。昼時は過ぎたが、どうせまだなんだろう?なんか食ってくか」

常連客の名は真方ジンといった。彼はギャモンの村に住んでいるものの気ままにふらふらと辺りを放浪している。

「ああ、ちょうど山向こうの方から帰ってきたところだ。なんでもいい、握ってくれ」

ジンはギャモンに向かって銭を投げると笠を取りずかずかと家の中へ入っていく。これはいつものことであるのでギャモンは大して気にしない。ジンは狭い店頭の裏にある土間へ入り腰を下ろした。

「なあギャモン、ミハルちゃんは」

ジンは首を巡らし室内を見回す。いつもならジンが訪ねてくると照れ臭そうに顔を出すギャモンの妹ミハルの姿が見えない。

「ミハル?ああ、今は解道のところで字を」

「なに、バロンの奴はついに手習いまで始めたか」

「違ぇさ、近所のこども集めて趣味で教えてる」

彼らが言うのはこの村の長である解道バロンのことだ。村の中でも特に頭の良い人であり、よく村のこどもたちを招いて読み書きなどを教えている。この時代になって手習いという現代でいうところの寺子屋が増えてはきたのだが、山に囲まれたこの村にはまだそのような教育が受けられる施設はないのである。

「そうか、ミハルちゃん…今はいねぇのか」

やけに含みを持ったようなジンの言葉の響きにギャモンは少しばかり不審に思った。真っ白い米を両手で手際よく握りながらジンに向かって尋ねた。

「なんだ、ミハルに用でもあったのか」

すると、ジンは店頭の方で作業するギャモンの背中を見、緩やかに首を振った。

「いいや、用があるのはお前さんの方だ」

ジンはきっぱりと言いはなった。ギャモンが振り返って土間を覗く。口調とは裏腹にジンはだらしなく胡座をかいてにやりとこちらを見ていた。
ギャモンの口からため息が溢れた。

「で、用ってのは何だ」

「…まずは飯だ」

「はあ?」

ジンの言葉にギャモンは思わず聞き返す。

「食いながら話そう。腹が減ったよ、ギャモン」

そのようにジンが眉を下げて笑うものだから、ギャモンもこれ以上は諦めてただただ握り飯を握るのだった。
細長い皿に握り飯と漬物を添えてジンへ差し出す。ついでに熱い茶も横に置く。そしてギャモンは彼の向かい側に腰を下ろした。

「で、話は」

「うん?ああ…」

ジンは早々に話を切り出すギャモンの顔をちらっと見てから口を開いて握り飯を頬張った。海苔が小気味良い音を立てる。
充分に咀嚼してからもう一度口を開いた。

「妖怪さ」

そうしてジンの口から出たのはとんでもなく恐ろしい者の名称であった。

「…妖怪!?」

「ああ、なんでも最近この辺りに逃げ込んだんだと。近くの村じゃ被害も出てる、聞くところによると人を喰うらしい」

握り飯を口へ運びながら軽くそう話すジンに対してギャモンは膝の上に置いた手をぎゅう、と握り締めた。妖怪の噂は実によく聞く。けれどそれは遠い風の噂、どこどこの国で現れただとか、山をいくつも越えた先の名前も聞かぬような町が襲われただとかそのようなものである。今までそんなに恐れたことなどなかった。妖怪に襲われた町や村の顛末は様々だがどれも悲惨なものばかりであるが、それでもギャモンがその程度に捉えることができたのはやはりどこか現実味がないからということが大きい。だがそれが、今はこの村の辺りにいるというのだ。
みるみるうちに顔を青ざめさせていくギャモンを見てジンは申し訳なさそうに眉を下げた。

「悪いな、怖がらせるつもりはなかったんだが。でもとりあえず警戒のためにお前さんの耳にも入れておきたくてな」

その言葉を聞いたギャモンがはっと気付いて強張っていた顔を慌てて引き締めた。

「こ…怖がってなんか…ねぇよ」

精一杯虚勢を張り歳の割には発育の良い厚めの胸板を反らしすました態度を取るギャモンにジンは首を横に振って言った。

「無理はするな」

両親を亡くしてからというもの妹のために強く在ろうと生きてきたギャモンだが、そうはいってもやはり中身はまだ子供なのである。大人であっても恐れおののく異形の者を彼が怖がらないわけがない。

「お前らのことは村の皆が気にかけてる。何かあったらすぐに知らせろよ」

「……おう」

ジンが優しく諭すように言えば、しばしの後にギャモンも素直に頷いた。それを見るとジンはよし、と膝を叩いて立ち上がった。

「ミハルちゃんは俺が迎えに行ってやろう」

「え?あ、いや、んなこと…」

「相変わらず美味かったぜ、じゃあまた後で」

ギャモンが止める間もなくジンは投げ出されていた笠を取り外へと駆け出していた。あまりにも早いジンの行動にしばらく彼が去っていった方をぼうっと眺めていたのだがやがて我に返るとゆっくりと腰を上げた。
いつの間にか、ジンの残していった皿は綺麗に空になっていた。





全てが起きたのは、その日の夜であった。
久しぶりにジンと会ってはしゃいでいたミハルを寝かし付け、さあ自分も眠ろうかと思ったところである。
店頭の方で、何やら物音が聞こえたのだ。
かたん、と小さな音が響いた瞬間にギャモンの肩は跳ね上がった。風のせいか?とギャモンが耳を澄ませると何やらがたがたと物音が続いている。明らかにこれは、風のせいなどではない。
ギャモンはふとジンの話を思い出す。しかし瞬時にそんな訳がないと首を振る。そんな、よりにもよって自分の家に…妖怪がいるだなんて。何か…そう、鼠か何かが紛れ込んだのかもしれない。
だがギャモンの不安はますます膨らむばかりで、しかし後ろを振り返ればすやすやと眠っている妹の姿がそこにはある。ここで強く在らなくてどうする。彼はそう自分に言い聞かせた。
暗がりの中、四つん這いで室内を移動し手燭に明かりを灯す。戸棚を開けると震える手で使わなくなって埃の被った鉄製の鍋を取る。…まともな武器になりそうなものは全て店側の台所にあるため、今はこんなものに頼るしかなかったのだ。
がたがたと不自然な音が依然として聞こえ続けている。
ギャモンは音を立てないように注意しながら立ち上がった。店頭に向かって一歩一歩進んでいく。物音が近くなる。やはり、何かいるのは間違いないようだ。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。がたん、とまた音がしてギャモンの肩が大きく跳ねた。
ギャモンはごくりと唾を飲み込むと必死に心を落ち着けた、一気に踏み込もう。そう決意し一人頷く。

「………っ、誰だ!!」

素早く店頭に入り手燭で辺りを照らす。その瞬間、明かりに当てられ浮かび上がった影に驚いてギャモンは手燭と鍋を手放した。

「ひっ……」

ギャモンの口から情けない声が上がり、手燭と鍋が床に落ちて派手な音が鳴る。

「やっべぇ…」

不意にギャモンではない何かが呟いた。焦燥を滲ませた声色。ああ、そうだ。手燭に照らされたそれは、立派な人の姿をしていた。
ギャモンは気が動転して後ずさろうとするが足が絡んで尻餅をついた。

「もしかして…ど、ど、どろぼ、んんんー!?」

こんな夜中に店の中に人間がいるということは、もしかして泥棒だろうか。そう思いおもわず大声をあげようとしたところで何者かに口を塞がれる。布と暖かい感触。店に忍び込んだ奴は手に何かはめているようだった。

「しーっ、静かに。大人しくしてくれたら、僕なんにもしないからさ。な?」

目の前に何者かの顔が迫ってきてやっとギャモンはその顔を確認することができた。顔全体に白粉が塗られており唇は変わった色の紅を差していた。目元も紅と同じ色に縁取られている。この村の女もそれぞれ化粧をしたりするがこんなものは見たことがない。まるでこの世のものではないかのようだ。と、そこまで考えてギャモンはさぁっと青ざめた。この世のまのではない、ということはもしかして目の前にいるのは泥棒ではなくて…やっぱり…。

(なんでも最近この辺りに逃げ込んだんだと。近くの村じゃ被害も出てる、聞くところによると人を喰うらしい)

ジンの言葉がまた頭を過り、ギャモンは震え上がった。そうだ、彼は言っていた。妖怪は人を食うのだと。

「………、ぅ…」

そう思うともう駄目だった。
怖くて怖くて仕方がなくなった。勝手に嗚咽が洩れて目から雫が溢れ落ちていく。

「え…。え、ちょっと!な、泣くなよぉ?なんで泣いちゃうのさ!?」

そんなギャモンの涙を見た何者かが慌てて彼の口を塞いでいた手をどかし彼と距離を取った。
それでも一度溢れたものはそう簡単に止まるわけもなくギャモンは泣き続ける。どうにも泣き止まないギャモンを見て彼の前でしばらくおろおろと目線を泳がしていたその人物は耐えきれなくなってギャモンの前に座り床に額が付くほどに頭を下げた。

「すみませんでした!!」

いきなりの大声にギャモンは顔を上げる。

「その、僕…決して泥棒とかじゃなくて…いやその…なんていうか、ただ…ただそのちょっと…腹が減ってて…」

必死にギャモンを慰めようとするも、その言葉は逆効果であった。腹が減ったという言葉にギャモンは反応する、ジンの話によれば妖怪は人を食うらしい。腹が減っている中にギャモンはのこのことこいつの目の前に現れたのだ。食われない訳がない。一層恐怖は増すばかりだ。

「ええええ!?なんでまた泣いちゃうのぉ、どうすればいいのさ僕は!」

ギャモンがいつまで経っても泣き止まないのに困惑していると、泣きながらギャモンが口を開いた。

「…俺は…俺はっ、食われてもいいから…妹は!ミハル、だけはぁ…!」

それはギャモンの精一杯の虚勢であった。食われてもいいだなんてそんなことはない。怖い。けれど、大事な大事な妹だけは守らなければならない。

「……………へ?」

しかし目の前の人物は気の抜けた声を出した後にしばらく呆けた顔でギャモンを見つめる。すると突然ぷっと吹き出し声をあげて笑い始めたのだ。

「なぁんだ、もしかして食われると思った?しないさそんなこと。僕、人間食えないから」

笑いながらその人物はギャモンに言った。

「僕が口にできるのは、あれだけ」

そうして指を差した方にギャモンはおそるおそるといったように目線を向ける。そこで彼は目を丸くする。
示された場所にあったのはなんと、ギャモンの普段の商売には欠かせない米の入った米俵が置かれていたのである。





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江戸時代にダイスマンメイクした人間が現れたとお考えください。そら泣くわ。