好き嫌いは駄目よ


※BL第1巻特典CDのネタ。聴いてなくても恐らく読めます。






「それで?」

顔を青くして保健室の硬いベッドに寝ているギャモンにキュービックは尋ねた。寝台に腰掛けるとギシ、と渇いた音が鳴り響く。
ギャモンは未だ気分の悪そうな顔のままゆっくりと起き上がった。まあ、知らず意味不明なしかも見たこともないような気色の悪い容姿の生物の肉を食わされた(食わされたとは言ったが食べたのはギャモンの意思である)のだ、無理もない。

「それで、って…なにがだ」

キュービックが問うている内容が把握できずギャモンは素直に聞き返した。するとキュービックはむっとしてギャモンの鼻先に向けて指差した。

「もう、ちょっと前の話のことも忘れたの!?僕が聞きたいのは、それで結局ギャモンの嫌いな食べ物って何だったのかってこと!」

そう高らかに宣言するキュービックに対しギャモンは小声で「そんなの言わなきゃわかんねぇよ」と彼には聞こえないように呟いた。

「何でお前、そんなに気になんだよ」

「気になるに決まってるじゃないか!散々もったいぶった言い方して、最終的に嘘なんかついて!!」

そう言ってキュービックはギャモンよりも幾分か小さな手を握りギャモンの広い肩をぽかぽかと叩いた。
そう、もとはといえばそんな話。食べ物の好き嫌いがどうのこうのなんて話をしていたのだった。その話の矛先がギャモンに向き、彼がふざけて好物の焼き肉が嫌いだなんて言ってしまったことが発端だった。カイトがそれを聞いて彼の前で大量の焼き肉を焼いてやろうと企んだところまではよかった。そこまではギャモンの計画どおり、なのだが。しかしアナの用意した肉がまさかあんな…。どこぞの外国のホラー映画に出てくる化物のような生物の肉だとは思いもせずに彼は腹が膨れるまでそれを食らいつくしてしまった。
そんなことがあって忘れていたが、ギャモンはキュービックの言葉でそんな話があったことを思い出した。叩かれる肩はあまり痛くはないがとりあえず「悪かった悪かった」と謝ってキュービックの頭を撫でて彼を宥める。

「…で、教えてよ」

実はギャモンに撫でられるのが嬉しいのか。キュービックは彼の手を払うことはせずに叩く手を止め、ちょっとすましたように尋ねた。そんな年相応のキュービックの様子にギャモンも少し気分がよくなってキュービックの髪に指を通した。

「なんだよ、そんなに気になんのか?」

「知りたいよ」

勿体ぶろうと不敵に笑うギャモンにキュービックはきっぱりと答えた。それを見てギャモンは彼の頭から手を離し起こしていた半身をベッドに沈めた。

「ま、教えてやりてぇのはやまやまなんだがな。実際、嫌いな食い物はねぇからなぁ」

天井を眺めながらそう答えると脇から必死な形相のキュービックが割り込んでくる。

「えーっ!そんなことないでしょ!?誰だって1こくらいあるでしょ!!」

「んなこと言われてもなあ」

「食わず嫌いとか、何でもいいから!」

「…つーか、マジで何でそんなに知りてぇんだよ」

「一度気になった問題はすぐに解かないとすっきりしないの!」

「だ、だったら解決しただろ!嫌いなもんはねぇ!!これでいいだろ!?」

「そんなんじゃ駄目ーー!」

「ぐほっ!!」

駄々っ子のようにごねるキュービックにギャモンは辟易としつつも言い返す。すると終いには横になっているギャモンの腹にキュービックがダイブしてきた。予想しなかった衝撃に思わず胃の中のものが出そうな感覚に陥る。

「こ、この野郎…!!」

怒りにこめかみが震えるが、そんなギャモンの顔を見てもキュービックは怯むことはなかった。ギャモンの腹の上に寝そべり彼に向かって舌を突き出した。

「ギャモンが悪いんだよーだ!素直に言わないギャモンのせいだ!」

完全に拗ねてしまったキュービックにギャモンは内心ため息をつく。普段はどこか気丈にしていてもっと子供らしくすればいいのにと思っていた。そうしてやっと少し可愛げのある一面が見れたと思えばあっという間にこの有り様だ。数分前までは頭を撫でられると照れながらも嬉しがる可愛らしい奴だったのに。別に癇癪の起こし方まで子供らしくなくてもいいと彼は思った。

「……言えば機嫌直んのかよ」

「もちろん!だから僕の納得いくような答えを言って!!」

もはやキュービックにとってはギャモンの本当の好みなんかはどうでもいいようだった。とにかく何か明確な回答を与えて自分自身を納得させたいのだろう。全く、中途半端に化学者…というか変なところで化学者、というか。とにもかくにも面倒くさいもんだ。ギャモンは思った。
しかし実際のところギャモンには嫌いな食べ物が思いあたらなかった。もしかしたら何かあるかもしれない。だが大抵の食材は好んで何でも食べてしまう彼にとって今なにか1つ挙げろと言われても思い浮かぶものがなかった。

「あー…じゃあ…」

「じゃあとか言わないで!」

「いてっ!はいはいはい分かったよ。んーと…」

キュービックに胸板を叩かれる。何か言わねば。ギャモンの目に小憎たらしいキュービックの顔が映る。

「お前とか…」

「………え?」

気づけば思わずギャモンは呟いていた。しつこいキュービックに対するちょっとした悪戯というか仕返しなのか、いずれにせよ無意識に。
はっと我に返り彼がキュービックを見上げるとキュービックは大きな目を見開いて呆然とギャモンを見つめていた。それを見てしまったと彼は思い慌てて口を開く。

「いや…いや!今のナシ!!な、忘れろ!悪かったな、今のは違ぇから、」

「………………」

「あ…その、悪かったから、んなに落ち込むなって」

「うん、よく分かった」

「おおそうか良かった良かった……って、分かったって、何が…?」

無意識とはいえちょっと悪いことを言ってしまったと自覚しているギャモンは早口で捲し立てて先の発言を撤回するも、不意にキュービックの口からぽろんと一言こぼれ落ちた。嫌に響くその声にギャモンははたと動きを止める。
なんだか大人しくなってしまったキュービックの俯く顔を恐る恐るギャモンが覗こうとした。だがそれは叶わず彼が動く前にキュービックの両手がギャモンの肩をがっしりと掴んだ。今までギャモンの腹を横断するようにのし掛かっていたキュービックは素早く体勢を変え馬乗りになる。

「君の好き嫌い、よおく分かったよ」

何故か、キュービックがにっこりと微笑んだ。いや、微笑むというより満面の笑みを浮かべていた。それはなんとも無邪気で端から見れば可愛らしいものだった。

「……なあ、おこ、怒ってる…?」

「え?何で僕が!うーん、でも…」

ギャモンの背を何か冷たいものが駆け抜けて身体が震えた。と同時に冷や汗が噴き出した。相変わらずキュービックは笑顔だ。それが何故かギャモンは怖かった。

「でも、ギャモンにそんな好き嫌いがあったなんてなぁ」

「い゙っ」

ギャモンの髪の毛がぎりぎりと引っ張られる。

「いてててて!ぬ、抜ける!抜けるから!!」

ギャモンがキュービックの手を押さえるも髪を掴む力は緩まない。キュービックがギャモンに顔を近付ける。

「僕が矯正してあげようか?」

「……………!!?」

あとほんの数センチで鼻が触れあうという距離。目前に迫るぎらついた瞳に呑まれギャモンはひゅっと喉が鳴った。このままだと確実に何か大変なことになる、と彼は瞬間的に悟った。

「おおお、お前っ…ふざけんな…!!」

こうなったら実力行使しかないと思い立った彼は馬乗りになっているキュービックを引き剥がしにかかる。その行動に対し少々驚いてみせるもしかしキュービックは動じない。むしろ彼は至極楽しそうであった。彼はおもむろに白衣のポケットの中に手を差し入れた。

「大丈夫だよ」

そう言って中から取り出したのは小さな鉄の箱のようなものだった。だがギャモンにはそれに見覚えがあった。記憶を辿り、それが何であるのかを理解した時にギャモンは抵抗の手を止めた。

「ギャモンが抵抗しても大丈夫なように、廊下にはオカベくんがスタンバイしてるよ」

そう言って鉄の箱を振ってみせる。恐らくその箱にくっついているものを動かせば保健室の扉なんて一瞬で吹き飛ばしてキュービックの素晴らしい発明品が主人のピンチに駆け付けるのであろう。

「……キュービック、くん?」

知らず、ギャモンがキュービックを掴む手が震えた。キュービック単体を相手にするならばどうってことはない。体力だって体格だってギャモンの方が格段に勝っていた。しかし、怖いのは後だ。この状況を脱したとして。
その後にどんな仕返しが待っているのかと思うと目眩がした。

「安心しなよー。僕のことが離したくなくなるくらい好きになるまでしっかり矯正してあげるから」

あくまでも少年そのものの無邪気な笑顔でとんでもないことばかり話すキュービックを前にギャモンは真面目に中学生相手に泣きそうになった。まあそこは意地でも耐えて涙は流さなかったが。

「待て、いやその頼むからマジで勘弁してくれって!謝る、謝るって、滅茶苦茶、誠心誠意、とにかく謝るからぁ!!」

「ふうん、あっそ」

キュービックの返事はそっけない。その様子にギャモンはますます焦った。

「ごめん、ごめん、な、な、な!?ごめんて謝ってんだろだからやめろってつか何でお前脱いでんだよごめんってばあぁ!!」

「ギャモンって口数多いよねぇ」

「だから呑気にそんなこと言うなよ、ってそうじゃなくてごめ…いだだだだ引っ張んないでぇ!そこは本当に無理だってぇ!!」

「僕、ギャモンが泣いて僕が大好きって言ってくれるまで本当にやめないよ」

「………………は…!?」

ギャモンにとってキュービックの言葉は死刑宣告のように聞こえただろう。数回瞬きを繰り返し彼は短く声を漏らした。

「はい、じゃあ食事の前は?」

「…いただきます?」

反射的に答えてしまった。

「よし、じゃあ召し上がれ」

「え、いやいやいやちょっとごめんホント無理だって言うよ言うから好きです大好きですよだからもうやめてって馬鹿やろ触んなやだって、もう…ごめんっつってんだろおがよおお!!」

保健室から響き渡る渾身の絶叫。しかし扉の前にはオカベくんという名のバリケード。近寄れる者などどこにもいない。
結局ギャモンの好き嫌いは無事に矯正されたのか、それは当事者たちのみが知ることなのである。













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続、かない^^
キューギャって楽しいな。勢いで書いてしまった…。特典ドラマCDでのキューちゃんがしつこくギャモンくんに嫌いな食べ物聞くとこが可愛かったんでつい。だがしかしこれはキューギャなのかどうなのかっていうね。
私的に可愛い攻めってすんごく好きなのでキューギャは最高です。しかもキューちゃん動かしやすい。なんでもオカベくんとか発明品が助けてくれるww

にしてもこのサイト、寸止めが多い。