メランコリック・ワルツ | ナノ
明日は牽制とはいえ、親方様や旦那までもがわざわざ自ら兵を連れて進軍する。さっきも述べたように「牽制」なのだから刀を振るうことも、血を流すこともないだろうが、あくまでそれも予定だ。

なーんて重々しく考えてるのは俺様以外誰もいないだろうなんて、さっきまで旦那と旦那の妹君と騒がしく食卓を囲んでいる時は思っていたのに。

「どーしたの?こんな時間に」
「佐助様、」

あれから数刻。もうてっきり寝ていると思っていた姫君は、ざぁざぁ降りの雨を縁側に座ってぼんやりと眺めていた。体を冷やしたら大変だってのは、本人が一番分かっているだろうがついつい口煩く注意したくなってしまう。

小さい頃はよく旦那と姫君と遊んであげたもんだった。あの頃は二人とも佐助、佐助って俺様の後ばかり着いてきた。涙を何度も拭ってあげた。笑顔を何度も咲かせてあげた。旦那には今でもしてあげられるのに、彼女はもう成人した女性だから、俺様が気軽にそうすることは出来ない。

「佐助様はもう行かれるのですか?」
「まー、俺様は忍者だからね。旦那達と一緒に太陽の下出発ってのも柄じゃないでしょ」
「……そうですか」

俺様の軽口に、彼女は何故か苦しそうに笑った。姫君が俺様と距離をとったのは、俺様が成人した男だったから?俺様が身分違いだと知ったから?俺様が心なき殺人鬼だと知ったから?俺様は、君のぐしゃぐしゃにして笑う顔が大好きだったよ。なんて、大人の君にいうのは酷かな。

「雨、ですね」
「雨、だね」

ととめどなく聞こえる雨音に、会話などなくとも彼女の不安や悲しみが伝わった。「でも、平気だよ?俺様忍者だからね」なんて、おちゃらけたように言ったのは俺様の強がり。彼女は親方様や旦那の心配をしているのであって、俺様のではないだろう。でも、嘘でも俺様の心配をしているって言って欲しくて、あの日のように頼って欲しくて。

「分かっています!」

それなのに、彼女の表情は曇ったままで「佐助様が優秀な忍びであることも、私が何も出来ないことも」なんて的外れな答えを返した。よくよく見ると、彼女の傍には数本の巻物が転がっていた。こんな天気じゃ何も出来ないだろうに、諦めて眠ることも出来ず雨が止むのを待っていたのだろう。

「お祈りってやつ?」
「気休めですが」

確かにな。なんて思っても口にも表情にもなんて微塵も出さない。だけど、そんなのは命の駆け引きもしたことがないやつらが、意味のない安心感を得たいがために行う、偽善的な感情から行うものだろう。そんなことやってもやらなくても、死ぬ時は死ぬし生き残る時は生き残る。

なんて、確かに俺様も思っていたはずなのに。生憎、これを姫君に最初に教えたのは俺様だってゆーんだから、非難なんて出来るわけがない。俺様はさ、全然信じてないんだけどさ、戦場に俺様とか旦那とかを送り出す時、君があまりに泣くもんだからさ。どうしても、止めたくって。

「親方様とか旦那ってさ、太陽って感じしない?」
「はい、そうですね。私達の希望です」
「うん、俺様の希望でもあるよ」

嘘を言ったつもりはないよ。君が祈れば親方様も旦那も俺様も、生きて帰らなきゃなーって思うんだ。太陽のような希望を導く光は、君なんだ。なんてこと、説明したってわかんないと思うけど。

一人暗闇の中空を見上げると、君みたいな星が俺様を見守ってくれて早く帰らなきゃって思うし、太陽の下でだって俺様はその光を見つけることが出来る。

「だからさ、俺様はその二人が寝てる間空を照らす星ってのはど?素敵じゃなーい?」
「……それは、」

だから星なんてなくたって祈ってよ。星が願いを叶えてくれるなんて思ってるほど君も俺様も子供じゃないだろけど、何かに縋りたくなってしまう位には子供だったりする。

「とっても素敵ですね」

俺様は最初、君に占星術や陰陽道を指南したわけじゃない。ただ、君の気持ちを遠く離れた俺様達に向けて欲しいって言っただけだ。君は覚えてた?いや、思い出してくれた?

「でしょ」
「私、佐助様に祈りを込めます」
「うん。俺様は精一杯、それに応えるよ」

ずっとずっと思っていたことなんだ。君が俺様にとって星であるように、俺様も君にとっての星になれたら、なんて。人殺しを職業にした俺様がそんな綺麗事並べるなんて馬鹿馬鹿しいのは百も承知だ。でも、

「いってらっしゃいませ」

せめて君の前だけでは道化の仮面を被らせて。破顔した君の顔を見て、俺様の胸はあの日のいつも感じていたような穏やかさに包まれていた。


メランコリック・ワルツ
仮面を脱いだ俺様は、今宵も君のために踊りつづける


提出:星を泳ぐ魚 128
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