スタマイ*短編 | ナノ

大谷羽鳥『君との幸せはこの鞄につめて』

ゲーム内実装イベント『BLACK OR WHITE ウソとホントのHide out』
スペステハート10『仕事もスマートに』より
社長秘書で恋人

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最近、仕事用の鞄を新調しようかと思っていて、つい取引先の担当さんの鞄を別れ際に見てしまう。今も、応接室で向かいに座る彼が持っている鞄、話を聞きながらも何度か盗み見をして、話が終わって彼が立ち上がり鞄を持ち上げる瞬間、挨拶もそこそこに凝視する。
「本日はありがとうございました。例の件に関しましては、メールにて資料を送りますので、ご活用いただければと思います」
「いえ、わざわざ遠いところ、お越しいただきありがとうございます。ご提案のプロジェクトの進行状況の方は、こちらもメールでご報告致します」
俺の代わりに秘書の彼女が最終的な挨拶を交わし、俺は合間に相槌を打つみたいに別れの挨拶を挟んだ。何せ重要な話は終わって、俺は彼の持つ鞄に興味がいってしまっていたから仕方ない。
(このブランド、鞄も出してたんだ?)
見送りもそこそこに俺がそんなことを考えている中、彼女は相手に合わせて立ち上がり、深々と頭を下げる。そうして「出口まで案内して来ます」と俺に告げて二人で応接室を出ていった。
「いいなぁ、あのアタッシュケース」
資料もパソコンもそのままに、俺はスマホで彼が持っていた鞄を調べる。確かネクタイやハンカチを扱ってるブランドだった記憶に間違いはなく、ホームページには紳士小物が並んでいた。評判も良くて気に入ったデザインがあれば買っているけれど、鞄も扱っているなら近日中に店舗に見に行きたい。何より、さっきまでいた彼が持っていた鞄がすごく良かった。
「羽鳥社長」
「あ、おかえり。見てよこれ」
彼女が戻ってきて、見ていたスマホ画面を掲げて見せる。すぐ様怪訝そうな表情になり、「高い…」と呟いた。
「妥当な金額だと思うけど、仕事用の鞄を買おうと思っててさ」
「なぜアタッシュケースにされるんですか?」
「まあかっこいいし、お客さんに渡す資料をしっかり運べるからね」
彼女の質問にそう答えると、少し驚いたような表情で俺を見てきた。これはもしかして、俺の返答が意外だったのかと思い、俺はそのまま話を続ける。
「ほら、ペーパーレス化が進んでる世の中だけど、大事な書類ほど紙だったりするしね」
そう付け足すと納得したのか、彼女はテーブルの資料を片付けながら考えを話し始めた。俺としてはそこまで深刻な話のつもりではなかったんだけど、やっぱり彼女は真面目極まりない性格のせいか、こう返答した方が会話が続く気がする。
「そうですね、紹介状や許可証、契約書関係もまだ紙が多いですね。複数人のサインや認印が必要なものがまだ紙なのは、やはり直接人と対面して話をして決めたって記憶が残るからではないでしょうか?」
「そう言われると確かに。記憶にない契約って怖いからね」
(複数人のサイン、認印が必要なもの…ね)
彼女の話を聞いて、そういえばと思い出すものがあった。仕事のものでもないし、そう頻繁に目にするものでもないから忘れていたけど、アレもその類の契約書に該当する。今はネットで履歴書提出なんてのもあるけれど、コレはどうだろうか、俺は掲げていたスマホでまた調べ始めた。
「ペーパーレス化、書類を電子化することによって、管理面では紙がかさばることがないので楽になるとは思いますが、ハッキングによる情報漏洩のリスクも高まりそうですし、そういう意味ではこれはこれで…どうかしましたか?」
「ん?ああ、何でもペーパーレス化すればいいってわけじゃないよなって改めて思って」
スマホで調べてみて、やっぱりコレもネットで出来ることを確認するとなんだか少しやるせない気持ちになる。別に便利になったと言えばそうなのだけれど、コレばっかりは、彼女もペーパーレス化、電子化、ネットで出来るってのには反対なんじゃないかなと思った。
「例えばどういったところが?」
「そうだなぁ、今君が思ったみたいに”記憶に残らない”のは、ちょっと寂しいでしょ?」
俺の回答にいまいちピンときてない表情を彼女は浮かべる。そう、俺が言ったものは人と直接話して、いや、自分と特別な相手の認印が必要なものだから、その契約書を一緒に記入して提出するまでの過程が大切だと、彼女にはっきり話すべきだろうか一瞬迷ってやめた。だってそんなの俺らしくない。恋人の前でもやっぱりスマートでかっこいい俺でいたいから、そんな話はお終い。代わりにもっと直接的で彼女がドキドキすることを話すことにした。
「あ、お茶淹れ直しますけど、同じでいいですか?」
「うん。ねぇ、まだ締め切ってないよね?」
トレーを手に取り、俺のソーサーとティーカップを丁寧にその上に乗せる彼女に意味深な問いを投げてみる。
「は?」
やっぱり気づいてないみたいで、一瞬睨むみたいに彼女は俺を見てから、何か考える素振りで自分のソーサーとティーカップもトレーにそっと乗せた。その真剣な顔が面白くて笑いそうになるのを堪えて、俺ははっきりと書類の名前を告げる。
「婚姻届の提出」
「……え?」
今日一番の驚いた顔を見せる彼女は、やっと意味を理解したのか段々と頬を赤く染めていく。それが面白くて、可愛くて結局俺は口元が緩んで口角が上がってしまう。そのままその赤い頬に触れようと手を伸ばすと、下を向いていた顔を上げてサッと一歩後退られた。
「急に、何の話かと…。別に期日とか決まってないですけど…」
「あれ、いいのそんなこと言って?」
「いいも何も、そんな本気にも想っていない話…からかってるだけなら、やめてください」
動揺する彼女は少し震えたような声でそう言い、トレーをギュッと握って俺に背を向けた。そしてそのトレーを落とさないように部屋の入口へ歩き出す。
(俺にからかわられるの、好きなくせに)
いつもは本心なんて言わない。でもコレは大事なことだから、俺は彼女の背中に届くかわからない小さな声で投げかけた。
「本気だよ」
聞こえてるのか聞こえてないのか、足を止めて髪を揺らした彼女は、やっぱり振り向いてくれない。君が何を思って何を感じてどんな顔してるのか、その反応が見たいのにそうやっていつも俺を焦らす。
「…紙のままがいいです」
「え?」
「私は、大事な書類は二人で書いた思い出として覚えていたいから、全てをペーパーレス化にするのは反対です」
彼女は振り向かないまま落ち着いた口調でそう話す。その話は俺の中でもうお終いのつもりだったのに、彼女はやっぱり否定したことが嬉しくて、抱きしめたくなる衝動を抑えられず俺は、彼女の肩に触れた。
「ナマエちゃん」
「お茶、淹れてきますっ…!」
触れた瞬間、彼女はチラりと一瞬振り返ってそう言い放ち、慌てた様子でドアを開けて逃げるように部屋を出ていってしまった。しっかりとドアも閉められ、俺は一人、彼女の名前を呼んだままの状態でそのドアを見つめる。
(あーあ、逃げられちゃった。まぁ、俺もナマエちゃんのそういうところが可愛くて好きなんだけどね)
そう思いながら、彼女が一瞬振り返ったときの表情を思い出して笑ってしまう。すました顔で頬を染めて、本当に面白いし、本当に…可愛い。
(結婚か…)
鞄から一枚の紙を取り出す。先日、記入事項が気になって区役所でもらってきたものだ。その時は、そこまでちゃんとした気持ちもなかったのに、恋愛は暇つぶしと思っていた俺が結婚を意識するなんて、本当に面白い。
(君もそれを望むなら、二人で紙の契約書に記入しようか)
大切な人と記入する大事な契約書は、やっぱり思い出として記憶に残したい。誰でも書けるワープロの文字じゃなくて、俺たちの愛の証を自分の手で書きたい。だから紙のままがいい。そう思っていたのは俺だけじゃなかったみたいで、さっきの彼女の言葉にまた自然と笑みがこぼれた。
「指輪もだけど…やっぱり大事な書類を運ぶ鞄を探さないとね」
俺はソファに座って伸びをしながら、そう遠くない彼女との未来を思い浮かべる。そして大事な契約書と指輪を入れるためのかっこいいアタッシュケースをスマホで探し始めるのだった。



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