スタマイ*短編 | ナノ

『二人の紳士に見初められて』

夢主視点
とある資産家の令嬢

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「俺たちが通じていることには気づいていないようだ」
まるでそんな言葉を交わしているかのような彼らの距離感に、少し背筋が凍るような感覚に襲われる。
(別に、騙しているわけじゃないから大丈夫)
そう思ってないと悪い方向に考えて自暴自棄になりそうだった。
とあるパーティーで、数台離れたテーブルに彼らは姿を現した。そして互いを見つけるなり近づいて、笑顔で挨拶を交わしている。社交辞令の挨拶ではない、あれは、親しい友人への挨拶の仕方だと、世間知らずのお嬢様と言われている私でもすぐにわかった。あまり近くに行くと私がこのパーティーに参加していることに気が付かれてしまう。しかしここは社交場、いつまでも同じ場所に居るわけにはいかないのだ。
(こんなはずじゃなかったんだけど)
悩みながらシャンパンを一口。周りには名のある家柄のご当主や若旦那、私と同じご令嬢という立場の人間もいる。誰一人、ひとりぼっちでその場に佇む者などいない。紳士淑女の優雅なパーティーとはこういうものだ。ただ、私一人を除いては。
昔からこういう社交場が、というか人付き合いが苦手だった。気がつくと歳を重ねて結婚適齢期になっていた私は、周りの目もあるからと気にして自ら婚活なるものに励んできたのだけれど、相手の趣味趣向に合わせながら愛を育むのは大変だなと実感してきたところだった。
(小説みたいに上手くいかないかな…)
お気に入りの小説がある。そこに登場する主人公は、私と似たような立場のご令嬢で、彼女は二人の紳士から見初められて、それぞれと本気の恋愛をしていく。次第に悩み迷い、真実の愛がわからなくなる中、どちらの紳士と結婚するかを迫られる。そして結末は…。
「これはこれは、ミョウジ家のご令嬢ではありませんか」
「ご機嫌よう、お久しぶりです」
頭の中で小説の文章を思い出していると、後ろから声をかけられた。私は振り返り、顔を確認するなり咄嗟に挨拶を返す。声をかけてきたのは、叔父の知り合い(一応友人枠)。大して力もないのに無駄に権力の主張をしてくると叔父が嫌っている人物だった。
「最近、婚活をされていると聞きましたよ。良いお相手は見つかりましたかな?」
「ええ、まあ何人か候補の方は…」
「いやぁね、近年若くして財閥のトップとして成り上がった奴らが多くてねぇ。大した人脈も権力もないような相手では将来が不安でしょう」
彼は私が交際している相手を知っているのか、何だか嫌な言い方で婚活の相手について話し始めた。私にはよくわからない地位や権力、そして価値とお金の話を彼は私の候補相手を蔑むようにネチネチとしゃべり続ける。段々と嫌な気持ちが膨らんで我慢ができなくなり、私は小さく口を開いて否定の言葉を述べた。
「いいえ、候補の方たちはそんな心配はありません」
「でもねぇ、ミョウジ家のご令嬢ともあろう方が名も知れぬ若造の元に嫁ぐのは、ミョウジ家としてはあまりよろしくないのでは?そうだ!うちの息子を紹介しましょう!さあ、あちらへ」
突然、彼に手首を掴まれ引っ張られる。驚きつつも私はこの場から動かないように抵抗した。
「な、や、やめてください」
「うちの息子なら何も心配はない!さあ、ご令嬢!」
抵抗したところでやはり男性の力には勝てず、足を一歩踏み出す。咄嗟に大声をあげようかと思ったけれど、候補の二人に私がこのパーティーにいることが気が付かれてしまう。ここは大人しく彼について行って、適当に挨拶をした方が大事にならないかもしれないという考えが頭を過ぎった。その瞬間…
「なるほど、それがお前の策略か」
「少々手荒がすぎるのではないか?」
「な、なんだお前たちは!?」
聞き覚えのある声が二つ、私の背後から手首を掴む彼に投げかけられた。
「彼は、あらゆる家のご令嬢に声をかけて自分の息子と政略結婚をさせようとしている。このパーティー会場に来ている女性にも声をかけて回っていたな」
「彼女の手を離してもらおう」
彼らは私の両隣まで来て男の手を掴み、私から払い除ける。私はそのまま彼らの後ろへ匿わられ、驚きから覚めないままただその光景を見ていた。
「お嬢さん、怪我はないか?」
「…ぁ、はい」
一人の紳士からの問いかけに、上擦った声で返事をする。気持ちだけが着いて行かないまま事は進み、彼らは男に牽制の言葉を突き付けた。
「大人しくこの場から立ち去れば見逃してやろう。これ以上、彼女に付きまとうと言うなら、こちらもそれなりの対応をさせていただく」
「くっ…お、お前たちのような若造が、ミョウジ家のご令嬢の相手になどなれると思うなよ!」
男は苦し紛れにそれだけ言い残し、足早に去っていった。私は少しばかり安堵の溜め息を漏らし、すぐに振り返り二人にペコリと頭を下げる。
「あの、お二人共、助けていただきありがとうございます」
「婚約をしている相手が連れ去られるのを見過ごせるわけがないだろう」
「あなたが無事で良かった」
二人は安心した表情で、それぞれ右と左、私の肩に触れる。私が笑顔で再びお礼を述べると、二人も嬉しそうに微笑んだ。けれど、
「さて…そろそろ話を聞かせてくれないか?」
「お嬢さん、何故こうなったのか説明を求む」
彼らは静かに一度深呼吸をし、落ち着いた声色で私に問う。その問いが何を示しているのか、私には心当たりが有りすぎて、一気に空気が重たく感じた。
(どうして、こうなってしまったの…?)
賑やかなパーティーの音が、全て私を攻撃する騒音に聞こえる。この雑然とした背景と私たち三人の間に広がる静寂に、焦りと不安が募り、混乱からか私の口は固く閉ざすことを選んだ。沈黙が続き、彼らからさっきまでの柔らかな微笑みは消え、やがて小さく溜め息の音が二人から聞こえてきた。
「説明ができないのならば仕方がない。実は先程、桧山とは話がついている」
「ああ、九条とお嬢さんがいったいどこまでの関係なのか、きっちり聞かせてもらった」
どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、二人はこの苦しい沈黙を破り、一度目配せをしてから私に告げる。さっき彼らが向こうのテーブルにいることを確認したときに思っていたことが本当になってしまい、私は少しばかり恐怖を感じていた。そんな私に彼らはどうしてか、また柔らかな微笑みで話続ける。
「さあ、選んでくれ」
「どちらと結婚するのか」
「俺たちはもう腹を括っている。遠慮する必要は無い」
「お嬢さんの意思に従おう」
私に向かって彼らは手を差し伸べる。
(どちらかを、選べって言うの?)
今がその時なのか、私が望んでいたあの小説とは、状況が少し違うような気がする。このあとの選択で、あの小説のようにハッピーエンドを迎えることができるのか、また不安と恐怖が胸の奥に渦巻いた。
「「ナマエさん」」
二人同時に私の名前を呼ぶ。その声は怒りと期待と、それから嘲笑っているような、私にはそんな風に聞こえる。そして、二人の紳士に見初められた私は、この状況からもう逃れる術もなく、抗うことも出来なくなっていた。
「私は……………」
頭の中に小説の最後のページに書かれた文字がぐるぐると巡り舞い踊る。私は小さな声で彼の名前を呟き、差し出された手に震える自分の手をそっと重ねるのだった。



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