スタマイ*短編 | ナノ

紳士~謎多き家の当主~

お相手:九条壮馬
九条視点
とある資産家の令嬢

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「壮馬さん、このお花も素敵だと思いませんか?」
広い庭の道をゆっくりと少しずつ歩みを進め、気になる花を見つけてはこうやって、彼女は愛想の良い声で俺に尋ねる。
(愛らしいというのは、ある意味心臓に悪いな)
結婚を前提に交際をして約3ヶ月。何度か逢瀬を交わし、今日は俺の体調を考えて屋敷に来てもらい、彼女が前に花が好きだと言っていたので、庭で花を見ながらゆっくり二人の時間を楽しむことにした。あまり花に詳しくない俺は、豪に庭の花について聞くと「当日僕も一緒に回りましょうか」と言い出したため断っておいた。すると豪はニヤリと笑って「兄さんは独占欲が強いですね」と言うもんだから、俺は「普通のことだろう」と返答し少し苛立ちを覚えた。そうして俺は、桐嶋やカナメ、新堂にも大切な彼女との時間を邪魔されないように、念の為それぞれに一言釘を刺しておいた。その甲斐あってか、今日は予定通り彼女と二人きりで穏やかな時間を送れている。
「ああ、その花は他の花とも合わせやすいから、庭のあちこちに植えてある、と庭の手入れをしている者が言っていた」
「そうなんですね。あ、本当だ!ここにも、あそこにもあります!」
「足元に気をつけなさい。水をやったばかりだから少し滑る」
彼女は、同じ花を見つけてはパタパタと追いかけるように道を進む。そんな彼女が転ばないか少し心配になりながら、俺はゆっくりと後を着いて行った。進むにつれ、芝生と石畳だけの少し開けた場所に出る。そして見えてきたのは、全面ガラス張りの小部屋、俺のお気に入りの場所でもあるサンルームだ。
「これは…?」
サンルームの手前で立ち止まり、彼女は声をあげた。
「ああ、これはサンルームだ。よく書斎から持ってきた本を読みながら庭を眺めている」
「素敵ですね…!ここで読書を」
キラキラと瞳を輝かせて彼女はサンルームを見つめ、ニコニコと嬉しそうに笑う。そんなに気に入ったのだろうか、それなら是非ここで本の話でもしながらゆっくり過ごしたいものだ。
「そういえば、先日貸した小説はどうだっただろうか?あなたの気に入るストーリーだと思ったんだが。今日も何冊か用意したから、持っていくといい」
彼女は俺の話に軽く相槌をうってから、中に入りたそうにサンルームの周りに植えてある花を眺める。やはり彼女も本が好きなのかもしれないと思うと、何時間もかけて選書した甲斐があったと口元が緩んだ。
(本の話なら、俺も少しは彼女を楽しませることができる)
自分の得意分野に改めて自信を持ち、彼女の手を引いてサンルームの中へ引き入れた。俺はいつも座るソファの定位置に座り、彼女はすぐ隣に腰掛けさせる。急に触れたせいか、彼女の頬はほんのりと赤く、そんな態度に俺は嬉しさが込み上げてきた。そのまま彼女の方を向き、腰を抱き寄せて頬に触れる。彼女は膝の上に置いた手をギュッと握って少し身を縮こませ、先程よりも頬を赤く染めて瞳を泳がせた。
「ナマエさん、やっと二人きりに」
せっかく邪魔者が来ないよう念入りに注意をして用意した二人きりの時間だ。もう少し彼女と触れ合いたい気持ちを募らせ、俺はそれを正直に行動として表現してみせる。
「壮馬さん、実は私、ブーケに使うお花を悩んでいるんです」
しかしやはり彼女は恥ずかしいのか、俺の意図を詠んで阻止するかのように話題を提供した。
「なるほど。だから先程から何か探しているような素振りをしていたのか」
「はい。すみません、たくさん歩かせてしまって」
「構わない。それよりも今は…」
彼女の話を聞きつつ、いっそ強引に口付けを交わそうと彼女の顎を少し持ち上げた瞬間、彼女はぐっと上半身を翻して髪を揺らした。
「…すまない。嫌だっただろうか?」
「いえ、その、ここでは外から見えてしまいますので」
そう言って彼女は俺に少し背を向けるように座り直し、両手で口元を隠す。確かに彼女の言う通りで、このサンルームは全面ガラス張り故に外から丸見えの状態だった。
(仕方ない。次は自室にでも招いて…ん?)
彼女の様子を見続けていると、ふと髪に視線がいく。そこには見覚えのない、とても繊細な作りの可愛らしい髪飾りが着いていた。
「その髪飾りは?」
「え…?あ、これは…貰い物です」
少しだけ振り向く彼女は小さな声でそう答える。貰い物だと言う彼女の言葉がなんとなく気になり、俺は当たり障りのない返答をした。
「そうか。可憐なあなたにとても似合っている」
改めてその髪飾りをまじまじと観察してみると、アイビーの葉の上に白い小花が散らされた、まるで花束のようなデザインで、ハーフアップに束ねられた後ろ髪の上に差し込まれていることがわかる。
(ブローチは、着けていないか…)
先日、プロポーズの代わりと言ってはなんだが、彼女にブローチをプレゼントをしたばかりだった。しかし、彼女は胸元の開いた淡い黄色のワンピースを着ているだけで、そのブローチを今日は着けていない様子。大事にしてくれているのかは分からないが、なんとなく気になった。
「…壮馬さん、どうかされましたか?」
急に立ち上がった俺に少し驚いた様子で彼女は見上げてくる。
「いや、花言葉辞典が確かこの辺に…ああ、これだ」
サンルームに置いてある本棚に、気に入っている本を数冊と花言葉辞典を置いていたことを思い出し、それを手に取る。
「ブーケを作ると言っていたな。花言葉を参考にして花を選ぶのはどうだろうか」
「あ!確かにそれは大事です」
俺の提案に彼女も立ち上がり、改めて外の花を眺める。彼女が調べたい花を選んでいる間に、俺は髪飾りの花言葉を素早くページを捲って探した。
(アイビーの花言葉は…『永遠の愛』、『結婚』。それから)
文字を辿り、俺はそこに書かれている言葉を睨みつける。髪飾りが贈り物だと考えるといったいどういうつもりでこのデザインを選んだのか、何か意味があってなのか、あまりにも意味深で不愉快である。
(それから…『死んでも離れない』。そんな、まさかな)
そう思いながら、俺はもう一度彼女の髪飾りを見る。贈り主はきっと単純にデザインだけを見て選んだに違いない。アイビーの葉は独特な形をしていることから、観葉植物としてもポピュラーなものだと豪に聞いた。俺も屋敷で見たことがある植物だと、話をしたときに思ったくらいだ。
「壮馬さん」
俺がぼんやりと不確定要素について考えていると、ふいに彼女に名前を呼ばれる。そして俺の元へやってきて、花言葉辞典をそっと閉じられた。
「すまない。少し興味深い花言葉があったので、つい没頭していた。どうかしたのか?」
(だから、きっと)
彼女は花言葉辞典をそのまま手に取り、徐ろにテーブルの上に置いた。代わりに俺の手には彼女の小さな手が添えられて、温もりが生まれる。
「やっぱり、私は綺麗なお花がたくさん咲いているお庭のある家に暮らしたいです」
「フフ、あなたは本当に花が好きなんだな。結婚したら、この庭のあるこの屋敷で暮らせるぞ」
(きっと、俺の思い過ごしだと)
彼女の行動に惑わされているのかもしれないと疑った思考を取り払い、俺はその手を握り返した。そして胸元から覗かせる彼女の清らかな白い肌に少しだけ目を奪われながら俺は、それを悟られないように呟く。
「そうだな…。二人の休日が合う時は、このサンルームで好きなだけ花を眺める。実に幸せな休日を過ごせると思わないか?」
俺の問いに彼女は横髪を耳に掛けながら官能的な眼差しを俺に向けて笑う。その姿が愛おしくて、俺は心からの愛の微笑みを返すのだった。



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