スタマイ*短編 | ナノ

紳士~不動産王~

お相手:桧山貴臣
桧山視点
とある資産家の令嬢

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「わぁ、素敵…!」
ドアを開けて中に招き入れると、彼女は辺りを見回し目を輝かせる。壁一面に本が並ぶこの部屋は、きっと本好きには天国のような空間なのだろうと、彼女の表情を見て安堵した。
(可愛らしい)
結婚を前提に交際をして約3ヶ月。仕事の都合で彼女とはなかなか会えずにいたが、久しぶりに二人で時間を過ごせることに俺は高揚していた。生憎天候は雨のため、急遽屋敷内に彼女を迎え入れることになり、室内を案内する。しかし、室内を案内するだけでは味気ないと思い、俺は彼女が到着する前に、女性との交流が多い羽鳥に電話で、室内で女性と二人で楽しめる何かがないか聞いてみると「そのお楽しみの席、俺も混ぜてくれる?」と言い出したため丁重に断っておいた。すると羽鳥は笑い声を交えながら「桧山は独占欲が強いね」と言うもんだから、俺は「茶化すな」と返答し少し苛立ちを覚えた。そうして結局、以前彼女が本が好きと言っていたことを思い出し、彼女を案内したのが我が家の書庫になる。
「気に入ってくれたのなら良かった。退屈しのぎになればいいのだけれど」
「充分です。上から見て回ってもいいでしょうか?」
「ああ、階段に気をつけて」
彼女の手を引いて、簡単に棚に並んでいるものを説明をしながら2階に繋がる階段を登る。この中に彼女が楽しめる本がどれくらいあるだろうかと思い返して棚を一つずつ見ていくと、彼女がとある棚の前で足を止めた。
「ん?何か気になるものがあったのか?」
「…この棚は、園芸用の本がたくさんありますね」
「ああ、花を育てるのが趣味なんだ。庭の花も俺が手入れしている。本当は案内したいところだが、生憎今日は雨だからな。今度来たときには、庭を回りながらブーケでも一緒に作ろうか」
彼女は俺の話に軽く相槌をうって園芸の本が並ぶ棚を見ている。もしかしたら彼女も花が好きなのかもしれないと思うと、なんだか嬉しくて無意識に口元が緩んだ。
(次は晴れた日に庭を案内しよう)
心の中で決意を固め、ふと彼女の服装に目を向けた。白いブラウスに赤い花柄のスカート、胸元には可愛らしい花の形をしたブローチが留められている。
「お嬢さん、胸にジャスミンの花が咲いているな」
「ああ、これ貰い物なんです」
「ほう、そうか。お嬢さんの雰囲気にとても似合っている」
(貰い物?いったい誰からの…)
彼女の家柄に合う品のある落ち着いた装いに金縁の白いジャスミンの花を象ったブローチ。 きっと彼女のことをよく知っている間柄の人間から貰ったのだろうと思うけれど、それが家族なのか他人なのか、男性か女性かによっては気になってしまう。なぜならそのブローチの花は、とても友人やそういった密接した関係とは違う相手から貰うような花ではなかったからだ。
(プレゼントした髪飾りは、つけていない…か)
先日、俺はプロポーズ代わりに髪飾りをプレゼントをしたばかりだった。しかし、彼女はその髪飾りを今日はつけてくれてはいない様子。
「ナマエさん」
彼女に確認しようと、思わず名前を呼ぶ。本棚に視線を戻していた彼女は、俺の声に反応して少し驚いた顔で振り向いた。
(花言葉は…『愛想の良い』、『愛らしさ』、あとは『官能的』。そして、『あなたは私のもの』)
彼女はその胸に咲いている花の花言葉を知っているのだろうか。すぐそこの本棚にある花言葉辞典を手に取ればわかってしまう。出来れば気がついていないといいのだけれどと思いながら、俺は彼女の長い髪に触れ、距離を詰めた。
「ナマエさん、髪飾りは…」
「そうだ、探している本があるんです」
急に触れたせいか、彼女は唐突に俺のいる方とは反対に翻し、離れて他の本棚を見回す。まるで俺から逃れるように振る舞う彼女に、なんだか胸騒ぎを覚えた。
「なんていう本なんだ?」
「えっと…小説なんですけど」
別に彼女が怪しい行動をとったわけではない、今のは照れ隠しなのだろうと自分に言い聞かせながら、彼女の求める本を探す。小説の置いてある棚へ移動し、タイトルと話の内容を尋ねた。どうやら恋愛小説のようで、設定に大変共感したとのことで。
「少し、自分の状況に似ていて」
話を続ける彼女を見ると段々と頬が赤く染まっていった。
「大丈夫か?頬が少し赤いが」
気になってまた彼女の横髪に触れ、それを耳にかけて確認する。やはり頬を赤く染めながら、彼女は少し俯き気味に口を小さく動かした。
「あの…ちょっと、プロポーズを思い出したらドキドキしてきちゃって」
彼女の返答に俺も髪飾りを贈ったときのことを思い出す。確かに、あの時も彼女の髪に触れて同じくらいの距離で渡した気がする。そう考えると彼女の態度はやはり照れ隠しなのだろうと、俺は胸を撫で下ろした。
「貴臣さん」
「ん?どうかしたのか?」
「やっぱり、こういう本がたくさんある家に私も暮らしたいです」
俺を呼ぶ彼女はまだ頬を染めて俺を見上げる。 そして瞳を揺らしながら言葉を紡いだ。
「こうやって雨の日や貴臣さんに会えない時間も、本があれば寂しくないですから」
「なかなか会えずにすまない。退屈なときは好きなだけ本を読むといい。ここから本を貸すことも可能だ」
窓の外の雨に視線を向ける彼女を、俺は優しく抱き寄せてこちらを向かせる。そして視線を合わせて俺の願いのような想いを告げた。
「いや、ここで暮らせばいい。この書庫があるこの家に。そうして俺が帰ってきたら、その日に読んだ本の話を聞かせてくれないか?」
俺の問いに彼女は胸のブローチに手を当てて誠実な眼差しを俺に向けて笑う。その姿が愛おしくて、俺は心からの愛の微笑みを返すのだった。



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