スタマイ*短編 | ナノ

槙慶太『a Little』

カードSSR槙慶太『ミルク味が一番!』のスキル名『大人のキスで上書きして』より

広告関係の会社勤めOL。
槙の恋人でRevelに所属している。
ホワイトデーの話。

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部屋に着いて早々に、彼女の頬に触れる。驚いた顔でこちらを見る彼女は、どうしてかキスをする時のように目を閉じて、少しだけ唇を尖らせた。それをいいことに俺は、彼女の頬に自分の唇をチュッと小さく音が鳴るように当てる。柔らかい彼女の頬の感触に、少しだけ、嫌な気持ちが胸を走った。


いつものバーで行うRevel主催のパーティー。メンバーはもちろんRevelと主役のナマエ。そう、今日はホワイトデーだから、彼女にお礼とお返しをしたくて。
「すごい、量だな」
現れた彼女はやはり、すでに職場の人間からなのか、ホワイトデーのお返しらしきものが複数入った紙袋を手にしていた。思わず呟いた言葉に、彼女は苦笑いを浮かべて小さく溜め息をつく。
(バレンタイン、張り切ってたからな)
1か月前、バレンタインの日も似たような紙袋を持って彼女がバーに来ていたことを思い出す。社交辞令なのか何なのか、女には女の事情がある様で、義理チョコというものを用意しなければならないらしい。大変だろうなと他人事のような気持ちでいた俺にも、もちろん彼女は本命チョコを用意してくれていて、なんていうか頭が上がらない。
「槙、グラス持って」
羽鳥に言われてグラスを持つと、桧山くんの「乾杯」の声でパーティーが始まる。今日はそんな彼女へRevelからのお返しとして、退社後の少し遅い時間からだけど全員集まることができた。
(全員集まるのは、ちょっと久しぶりか)
ぼんやりと最近は忙しかったことを思い返しながらもパーティーは進む。やはり近況報告のような話から、いつしか話題はバレンタインとホワイトデーの話、そして誰かが言い出したのか、彼女の持ってきた紙袋の中身、つまりお返しの話になっていた。
「何そのスカーフ。ダサい」
「亜貴くん正直すぎだって。私も少し思ったけどさ、一応上司から貰ったから…どうしようかな」
「雑巾にでもしたら?」
「そ、それは可哀想でしょ」
「ナマエ、他には何貰ったの?」
「うーんと、」
ガサゴソと紙袋から一つずつ出しては説明をして、亜貴と羽鳥が感想を述べる。時たま桧山くんが興味を示して、どこでそれが手に入るのかを調べたりと話は大いに盛り上がった。
「それで、この中にある物でお返しは全部?」
「物はね。あとは、お爺に今度ご飯連れてってもらう約束と…あ、そういえばね」
羽鳥の質問に対して、急に彼女はクスッと笑いながら話し始める。どうやら親戚の子供から、お返しに頬にキスをされたらしい。
「へぇ、おマセさんだね、その子。ナマエのこと好きなのかな」
「だとしたら、勇気があってすごいことだな。その子がどんな男になるのか将来が楽しみだ」
「数年後、ナマエのこと攫っていくかもよ?槙、どうする?」
「え…」
急に羽鳥に話を振られて驚きつつも、その内容に少しだけ胸がザワつく。羽鳥のことだから、冗談交じりでからかっているだけなのはわかるけれど、数年後の自分と彼女がどうなっているのかは、誰にもわからない。
「ちょっと羽鳥、縁起でもないこと言わないでよ」
俺のことを気にしてか、亜貴が羽鳥に文句を言うが、羽鳥は面白がって亜貴の揚げ足をとるように会話を続けている。
(別に、子供のしたことだし、気にすることは…)
横目で隣に座る彼女を見ると、特に動揺している様子もなく、ただ少しだけ眉を下げて微笑んでいる。俺は少しだけ、モヤモヤが胸に引っかかっている感じがしたけれど、そのあとは気にしないようにバーでのパーティーを過ごした。


「慶くん…?」
名前を呼ばれて、我に返る。というより、自分の気持ちがはっきりする。
「…上書き」
「え?」
「上書きしておこうと思って」
そのまま彼女の耳元で、少しだけ生まれた嫌な気持ちを呟いた。
(そうか、俺…ヤキモチ妬いて)
羽鳥の言葉のせいではなくて、その男の子に俺が今彼女にしたことと同じことをされたのが嫌だったのだと気づく。そして気づいた瞬間、恥ずかしさが込み上げてきて、俺は彼女から離れて正面に向かい合った。
「…っ…今のは、なんでもない」
勝手に口から言い訳が出てきて、格好悪い自分が余計に恥ずかしくなる。なんとなく目を合わせられないでいると、彼女は俺をじっと見つめてから、ニヤニヤと笑いだした。
「な、なんで笑うんだよ」
「だって、慶くん…ふふ…それ、ヤキモチ」
やっぱり気づかれたみたいで、彼女は口元を手で軽く抑えながら笑い続ける。彼女のその態度に、というより自分に呆れて溜め息が漏れて俺は悪態をついた。
「悪かったな。ただの子供がしたことにヤキモチ妬いて」
「ふふ…じゃあ、こっちに大人のキスで上書きして?」
「え…?」
「慶くんからのお返し、まだ貰ってないんだけど?」
そう言って、彼女は人差し指で自分の唇を指差す。彼女のその行動に、また頭が上がらないと思えてしまって、それが可笑しくて自分を嘲笑った。
(ほんと、カッコ悪…)
一瞬俯いて深呼吸のような溜め息をついてから顔を上げると、彼女はまたキス待ち顔を向けている。身構えられると変に緊張するけれど、彼女は待っているから仕方ない。
(大人のキス、か)
俺は少しだけ胸が高鳴るのを感じながら、彼女の唇にキスするのだった。



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