スタマイ*短編 | ナノ

都築誠『君と甘いひとときを』

恋人
付き合い始めて長いけれど、仲のいい友人のような関係。
よく料理を誠のために作りに来る。
※波原という人は誠の編集担当です

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さっきまで寒くて仕方なかったはずが、いつのまにか温かいもので体が包まれており、俺は目を覚ました。ぼんやりとする視界が段々と開けていき、疲れている体をゆっくりと起こす。手に触れた温かいものは毛布で、自分が今、自室のベッドにいるということがわかる。
(いつの間にこんなところに。…ん?…原稿は!?)
「うっ…!」
慌ててベッドから飛び出し、床に落ちていたクッションに足をとられて躓いた。体がだるいせいか、床に這いつくばった姿勢を戻す気力が起きず、そのまま四つん這いで進む。
(くっ…寝ている場合ではないのに、こんなところで)
思い通りに動かない自分に少し腹を立て、軽く握り拳をトンと床に寝転んでいるクッションにぶつける。なんて弱々しいのだろうか、余計に悔やんでいると、部屋のドアが開いた。
「あ、やだ誠!何してんの?」
ドアから姿を現したのは、手に何かを持ったナマエだった。同時にとても美味そうな香りがして、俺は顔を上げずにはいられなくその場に正座する。
「それはこちらの台詞だ。なんでお前がここにいる?」
「なんでって、今日約束してたでしょ」
彼女の言葉に記憶を辿り時計を見る。そういえば、原稿の提出日の翌日に近くにできたスイーツ店に行こうと約束をしていた。それが今日だというのだろうか。そこまで思い出し、再び原稿を確認しなければならないことが頭に飛び込んでくる。
「原稿は、波原は原稿を取りに来たのか?」
「それは大丈夫。昨日、京介くんがちゃんと渡してくれたみたいだから」
そう言いながら彼女はテーブルに持ってきたものを置き、俺の手を引いてゆっくりと立ち上がらせる。そのままベッドに座らされ、彼女は隣に座って、俺の膝の上の手をぎゅっと握られた。
「何があったのか聞きたい顔してるね」
「ああ、何せ原稿を書き上げたあとの記憶がないからな。原稿を書き上げたのかも怪しい。説明を頼む」
彼女の口振りからすると、おそらく今は原稿の提出日の翌日で、昨日京介が来た様子。いつものように仕事帰りに寄ってくれたのだろう。俺は波原が原稿を取りに来たのと、京介が来たのを知らないから、おそらく昨日の夕方以降、俺の意識が無くなるほどの何かがあったと推測はできる。
「説明って言っても、大体予想はついてるでしょ?」
「ああ」
「昨日、京介くんがここに来たら波原さんがドアの前で待ってて、中に入ったら誠が過労で倒れてるっていう」
「なるほど。波原は帰ったのか、薄情な男め」
「京介くんが原稿渡して帰したの。でも京介くんも仕事の合間に寄っただけみたいで、その後撮影があるらしくて」
「呼ばれたのか?」
「うん。一緒に居てあげてって」
話を聞いて、急な呼び出しに応じてくれた彼女に申し訳なさを感じつつ、原稿が無事に渡ったことに安堵の溜め息をついた。
「すまない、迷惑をかけた」
「違う」
「…なにが?」
じっと俺を見る彼女の目が、少し濡れている。それから、指を絡めるように温かい両手で握り直された。
「迷惑なわけないでしょ。心配したよ」
少し眉を下げて笑う彼女はそのまま口付けでもするかのように顔を近付ける。けれど唇を重ねることはなく、ゆっくり一度瞬きをするとスッと離れていった。
「でも、昨日に比べたら顔色もいいし…良かったぁ」
溜め息混じりの彼女の言葉に今度は別の申し訳なさを感じながら、俺はどこか温かい気持ちになる。きっとこれは、彼女から愛情を感じたからで、それに対して俺が愛おしいと思う気持ちなのだろう。幾度となく人の感情や情景を言葉にして文字として書き表してきたが、自分や自分に近い人間の内情ほど、言葉にするのが難しいものはない。心ではこんなにも相手の感情を感じ取って自分の中にも感情が生まれてくるのに、自分の中で言葉にして認識するのは、なかなかない気がする。
(彼女がそばにいると、やはり…)
「ナマエ」
「とりあえず、今日はスイーツ店に行くのはなしにして、シチュー作ったから一先ず食べてゆっくりしてよう?」
思わず名前を呼んだことで悟ったのか、切り替えの早い彼女はサッと立ち上がり、先程テーブルに置いたものを持ってまた俺の隣に座る。少しお預けをくらった気分に感じるが、仕方がない。おそらく、彼女は無意識の行動にすぎないからだ。
「ふーふー。はい、口開けて?」
ぼんやり彼女を見ていると、なにやらスプーンでシチューを掬って息を吹きかけ冷ましている。そして、そのスプーンを俺の口元まで持ってきて差し出した。
「自分で食べられる」
「いいから、たまには恋人らしいことさせてよ。はい、あーん」
これが恋人らしいことに該当するのだろうか。どう考えても介護にしか思えないのだが、でも彼女がそう思うのなら、彼女にとってはこれが恋人らしいことなのだろう。それなら、彼女の望みを叶えてやるのは恋人である俺の役目なのかもしれないと思えなくもない。
「…あ」
「ん、はい」
口を開いて彼女が差し出すスプーンを口に含みに行く。口の中に迎えたシチューの味は濃過ぎずまろやかで、そして温かい。まるで俺を包み込む布団のように、柔らかくて優しい温かさだと思うけれど、俺の頭には彼女を布団の中で抱きしめたときの感覚が浮かぶ。
「どう?食べられる?」
「…美味い」
(俺は…大分疲れているみたいだな)
俺の様子を見て、彼女は嬉しそうにもう一口薦めてくる。今度は戸惑うことなく口の中に受け取ると、また「良かったぁ」と溜め息を漏らした。その表情に俺もまた心が温かくなる。本当に心配をしてくれていたということに、やはり愛おしいと感じざるを得ない。
(恋人らしいこと…か。俺はもう少し)
「もう少し、甘い方が」
「え、お砂糖足す?」
「いや、そういう意味ではなくて」
「じゃあ、デザート食べ…ん?」
思わず立ち上がろうとした彼女の袖を握って制した。こういう時、京介なら素直に言えるのだろうなと、自分の性格を嘲笑う。
「ナマエ」
振り向く彼女の名前を呼んで、そっと頬に触れる。このままシチューを食べながら、君と甘いひとときを過ごせることが嬉しい。喜びと感謝の意味を込めて、俺はその薄紅色の唇に甘い口付けを贈るのだった。


「練乳を入れよう」
「…練乳!?」
「フッ…冗談だ」



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