スタマイ*短編 | ナノ

【22:00】 with IkutoSaotome

「あいつ、くそ」
やっとの思いで帰宅したのに、何故かキッチンは荒れ放題、洗濯物も畳んではあったが秩序を知らないのかバランス悪くカーペットの上に積み重なっている。あいつから勝手に泊まると連絡があったから、雑用を的確に指示したのに、どうしてこうなっているんだろうか。少し苛立ちながら俺はリビングに行くと、ソファに見覚えのある靴下が見えて覗き込んだ。
(こいつ…!)
キッチンを荒らした犯人は勝手に俺のクッションを抱き枕にソファで幸せそうに寝ていた。器用にも寝返りをうって口をもごもごと動かしているその様子に呆れて溜め息が出る。とりあえず着替えてこようと屈んでいた姿勢を上げると、テーブルに何かが置いてあることに気がついた。
(シャンパンと、なんだこれ?)
テーブルにはシャンパンと白い皿、皿の上に拳くらいの大きさのかろうじてハートだとわかる歪な形をした茶色い物体。これを見て今日がバレンタインだということを思い出した。別に知らなかったわけじゃない。当然、朝から女子職員と女子生徒から、休み時間の度にチョコレートは貰っているからな。ただ、疲れて帰ってきてこいつの顔を見たら、今日の出来事なんか忘れただけだ。そう自分に言い聞かせる。
(用意してんなら、ちゃんと渡せよ)
そう思いながら振り返った瞬間、ソファで寝たままの彼女の口がまたもごもごと動いて開いた。
「…郁人しゃ〜ん……大好きぃ…」
寝言なのか呟いてクッションを強く抱きしめる。それは俺じゃないと心の中でツッコミながら、また溜め息を漏らした。
「…はぁ」
(くそっ…そんな可愛いことされたら叩き起こせなくなるだろ)
テーブルを見ると変わらず歪な形のチョコレートが置いてある。苛立ち疲れて腹が鳴ったから、俺はそれを摘んで一口齧った。口の中にそこそこの甘さとほろ苦さが広がる。きっと表面にまぶしてあるココアパウダーのせいだ。これが、苦い。
(甘さが足りないけど…)
チョコレートを飲み込んで、ソファで眠る彼女を見る。相変わらず幸せそうにクッションを抱きしめるこいつに起きる気配はなく、悶々とした気持ちになってなんかいないと自分に言い聞かせながら彼女の柔らかい頬に触れた。
(早く起きて感想くらい言わせろよ)
またもごもごと動く唇はやっぱり俺の名前を呼んでいる。寝てるくせに俺を煽ってくるこいつに苛立ちと、チョコレートのお礼を込めて、俺は顔を近づけその唇を塞ぐのだった。


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