スタマイ*短編 | ナノ

【18:00】 with HaruNatsume

「待って!待って夏目くん!これ!」
定時であがって少し廊下のベンチで寛いでから、厚労省の敷地内を出ると、聞き覚えのある声に呼び止められる。はい、来ました。俺が思った通り、振り返るとさっきまで廊下で雑談をしていた女子職員の一人が息を切らしながら、紙袋から綺麗に包装されたチョコレートらしき箱を取り出して差し出してきた。
「もしかして、バレンタインのチョコレート?」
分かりきったことをあえて確認する。朝からいろんな人にチョコレートを貰ったわけで、このオーソドックスなパターンはチョコレートでしかないと確信していた。
「そう、です。あのこれは関さん、あとこれは青山さん。それから…」
「え?ちょ、ちょっと何!?」
彼女は次から次へと紙袋からチョコレートを出して、何故かマトリのメンバーの名前をあげていく。そうして両腕いっぱいにチョコレートを抱えて「渡してほしい」とお願いしてきた。
「あのさ、なんでこうなったの?」
「…えっと、麻薬取締部の部屋は入りにくいって。みんな渡しそびれちゃって…。それでさっき廊下にいたでしょ?夏目くんにお願いしようってなったの」
話を聞いて溜め息が出る。俺は定時で帰りたいのに、なんでこんなことを頼まれなきゃいけないんだろうか。
「悪いけど、俺もう帰るから。それは自分で戻って渡しに行って」
「え!?待ってお願い!明日でもいいから」
「明日って…バレンタイン過ぎてるけど意味あるの?それに、義理チョコならともかく、人に頼むとかどうかと思うけどね」
彼女は抱えたチョコレートたちを紙袋に戻しながら、訳の分からない説得で俺を引き止めようとする。そもそもなんで、俺へのチョコレートは一つも無いのに、他の男へのチョコレートを代わりに受け渡さなきゃならないんだろうか。これを引き受けるなら、本命じゃなくてもせめて義理チョコくらいくれたっていいと思うんだけど。
(さっき廊下でコソコソ俺に渡すって言ってたのに)
廊下のベンチで寛いでいたときのことを思い出す。女子職員何人かが俺をチラチラ見ながらヒソヒソと話していて、今目の前にいる彼女は俺にチョコレートを渡すと言っていた。
「今日、自分で渡さないと後悔するのはそっちじゃないの?」
なんとなく、彼女の本心を聞きたくてそんな言葉を投げてみる。渡すって言ってたんだから、きっとあるはず。俺へのチョコレートが。
(俺にはくれないのかな…?)
俺の言葉に彼女は少しバツが悪そうな表情でゆっくりと口を開いた。
「私…夏目くんのことが、好き…です。でも、夏目くんがバレンタイン面倒臭いって思ってるの、なんとなく知ってたから」
頬を真っ赤に染める彼女の言う通り、毎年面倒臭い行事だなとは思っている。けれど、別に嫌いってほどではないし、好意を持ってくれるっていうのは嫌なことではないから、貰えるものは貰いたいし。
「で、チョコレート、俺のは無いってこと?」
「…あります。ここに」
そう言って彼女は自分の鞄から小さなプレゼント袋を取り出した。
「貰って…くれますか?」
人の顔を窺って友達の分まで引き受け入れちゃう、それでいて大胆で勇気のある行動、言動がはちゃめちゃで矛盾してる彼女に溜め息が出た。
(まぁ、意味わかんないことしちゃうくらい、俺のことが好きってことなのかな)
「そんなに好きならこれは貰ってあげる。でも、その友達の分は本人達に返して来なよ。自分で渡さないと後悔するよって」
「…そう、だね。私、戻って返してくる」
何事もないように受け取ると、彼女は少しだけ明るい表情になった。その彼女を見てそこそこ可愛い顔してるなと思う。
(もうちょっと喜んでくれてもいいと思うけど)
「なるべく早くしてよね。俺、定時で帰りたい派だから」
「え?待ってて…くれるの?」
俺は、顔をあげて驚きつつ少し不安そうな声色で聞いてくる彼女に、また溜め息をついて答えた。
「ま、早めのお返し?お腹空いたし、食事くらい奢ってあげるよ」
俺の返答に彼女の顔はさっきよりも嬉しそうな表情に変わり、お礼を述べて一旦庁舎に戻っていく。俺は彼女から貰ったチョコレートを食べながら、彼女が笑顔で俺のところに戻ってくるのを楽しみに待つのだった。


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