スタマイ*短編 | ナノ

【15:00】 with AkiKagura

「失礼します」
休憩時間、今日は亜貴さんにどうしても渡したい物があって、アトリエの個室に彼が入ったのを確認して後に続く。個室に入って、焦る気持ちを胸に彼を見ると「なに?」と私の方を向いた。
「あの、チョコレート、お嫌いですか?」
「なに突然?嫌いじゃないけど、知り合いからたくさんもらってて今は食べ飽きてるから。…もしかして君も持ってきたの?」
彼のその態度に思わず手に持っていた包みをギュッと胸の前で握る。
「…すみません、いらないですよね」
ダメもとで確認の言葉をひっそり投げかけると、彼はまじまじと私の両手の上に乗る包みを見つめて小さく答えた。
「…いる」
「え?」
「それ、チョコレートじゃなくてマシュマロでしょ?」
半透明の包みから薄らと見えるそれを、彼は的確に言い当てて目を細める。
「マシュマロ…ですけど、中にチョコレート入ってますよ?」
「チョコレート入ってても…いいから、僕のために持ってきたんじゃないの?それとも、みんなで食べる用…とか?」
なかなか渡さない私に心配になったのか、彼は少し視線を逸らして質問してきた。亜貴さんのためにマシュマロ専門店で購入した特別なマシュマロ。私の彼への想いも伝わったら嬉しいなと、そういう意味でも特別なものでもあった。
「いいえ、これは亜貴さんにだけの特別なマシュマロですよ。はい、どうぞ」
「…そう、じゃあ有難くもらうけど」
私が少しだけ緊張した笑顔で両手に乗った包みを差し出すと、彼も少し緊張した面持ちでそれを受け取ってくれた。彼はすぐに丁寧に包みを開けて、中からマシュマロを一つ摘んで口に運ぶ。
「ん。なにこれ、美味しい!中のチョコレートもしつこくないし」
嬉しそうに食べる彼の顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。そしてなんとなく、そう感じてしまうのが気恥ずかしくて、私は視線を部屋の隅にあるトルソーに向けた。
(白い…ドレス)
トルソーには製作途中の白いドレスがかけられていて、そんな依頼があっただろうかとスケジュールを思い返す。すると私の視線に気づいてか、彼はマシュマロを手に持ったまま話し始めた。
「ねぇ、バレンタインにマシュマロをあげた場合の意味って知ってる?」
「え、あげるものによって意味が違うんですか?」
「マシュマロをあげる意味は、”あなたが嫌いです"」
衝撃的な言葉に思わず彼を見る。彼はそんな私の驚いた顔が可笑しいのか、少し笑いながら意地悪なことを言ってきた。
「僕のこと嫌いとか、生意気じゃない?」
「とんでもないですっ!私は亜貴さんのことが大好きですよ…あ」
今度は咄嗟に自分の口から出た衝撃的な言葉に慌てて口元を抑える。けれど言ってしまったものは仕方ない。一気に顔に熱が集中するのを感じながらも、何もできずにただ居たたまれなくなってしまった。
「へぇ…なにそれ、初耳。まあでも、中にチョコレートが入っているマシュマロには、"純白の愛で包む"って意味があるんだって」
「え、そう…なんですか?」
なんとなく、言葉から今目にした白いドレスを連想する。そしてまたトルソーに視線を向けると、彼はトルソーの近くまで移動し、徐ろにドレスに向かってマシュマロをかざした。
「…その時がきたら、お返しに僕も君のこと包んであげる」
白いドレスに向いていた彼の優しい眼差しは、いつの間にか私の方を向いている。そして少しだけ口角を上げて、彼はかざしていた私からのマシュマロを嬉しそうに頬張るのだった。


[ back ]


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -