スタマイ*短編 | ナノ

【12:30】 with KyosukeTsuduki

「お待たせ」
カフェのカウンターに座るスーツ姿の彼女の隣に座って、鞄を下ろしながら小声で話しかける。彼女は俺の方を見ずに何か仕事の書類を読みながら、小さな声で「お疲れ様」と返してきた。
「あ、コーヒーをオリジナルブレンドで1つ」
マスターに注文をして、俺は鞄の中から次の撮影で使う台本を取り出し、それをテーブルの上に開いて置く。それからマーカーとかペンも一応。外で会うときは大体こんな感じ。特に今日みたいに現場から移動先でってなると、ファンの子に着いてこられてることも多いから、恋人だってバレないようにする。
「うーんと、待ち合わせ。明日から出張で会えなくなるから彼女は恋人を呼び出して、何か渡しておかなきゃいけないものがある。男はそれに気づいていない…。難しいなぁ、俺は台本読んじゃって知ってるからどうしても知ってる雰囲気出ちゃうだろうし、どう演じようかなぁ」
台本にかじり付く姿勢で独り言を呟くふりをして彼女に要件を聞く。それが可笑しいのか、彼女はニヤニヤとした口元を手で抑えて、俺がいる方と反対を向いてスマホを弄り始めた。
(あ…LIME。そっか、LIMEで話せばよかった)
ポケットで震えたスマホを取り出して確認すると彼女から『気づいてたの?』とメッセージがあった。気づいていたのかと言われれば、まあ一つの可能性程度には。だって今日は街中にカップルが溢れ出ているから。撮影現場からお昼休憩でこっそり抜け出してきたけれど、道中いろんな人達に見せつけられて、明日からの泊まり込み地方ロケが嫌になってきたところだった。
「あぁ、でもこの男は気づいてた可能性も…。もし気づいてたとしたら、あえて気づかない演技をして…いや、でも本当に気づいてないのか」
俺がまた返事をするように独り言を呟くと、LIMEでまた『大事なもの、忘れてる』と返事が返ってくる。
(大事なもの…?え、忘れ物したかな?)
彼女はそんな俺を嘲笑うように少し笑いながら、荷物カゴ方に屈んでガサゴソと荷物の中を漁り始めた。それを俺はスマホと台本に目を向けて、気にしないように振る舞う。
『帰ってきたら何食べたいか、考えておいてね』
またLIMEがきたと思えば、彼女はコートを着て荷物を持ち、お会計を済ませて出ていってしまった。直接振り向いて見送ることはできず、俺はスマホ画面にかろうじて映る彼女の後ろ姿を見送る。そして、すぐに画面からいなくなり、代わりに映し出された時刻を見て、たった20分しか一緒にいられなかったことを少し残念に思う。
(俺ももう戻ろうかな)
撮影現場に戻ろうと支度をして、荷物カゴから鞄を持ち上げた。するとその下から小さな紙袋が出てきて、俺はそれがなんなのか結局検討がついていないまま中を見る。
(これって…あ、鍵)
中に入っていたのは、可愛くラッピングされた箱で、リボンに家の鍵が括り付けられていた。俺としたことが、家の鍵を忘れるとは情けないと思いつつ、お礼を伝えようとLIMEを開く。丁度また、彼女からメッセージがきて画面に通知で文章が表示された。
『ハッピーバレンタイン!京介、大好きだよ』
一瞬、目を疑ったけれど俺の手元の可愛い箱は間違いないと思える見た目をしていた。嬉しくて今すぐ彼女を追いかけたいけれど、今は我慢する。この喜びをなんて伝えよう、そう思いながら俺は、チョコレートの入った箱にキスをするのだった。


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