スタマイ*短編 | ナノ

槙慶太『数センチメンタル』中編

恋人になったばかり 会社の部下
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「シャワー、先に浴びろよ」
部屋に入ってすぐにバスルームに彼女を促す。少し照れた表情で「はい」と答える彼女が可愛いなと思いながら、さっき途中で寄ったコンビニで買ったものを彼女に渡す。
「ん、これ。着替えは…適当に俺の服貸すから、あとで置いとく」
そう言ってバスルームの戸を閉め、俺は部屋を片付けつつ晩酌の準備を始める。そんなに酒は得意ではないが、二人でゆっくりしたいと思って缶チューハイも買ってきた。
(つまみ…忘れたな。でもいいか)
時間も時間だし、別にそんなに長く会話しているつもりはない。というか、彼女に触れたい気持ちで部屋に連れて帰ってきたと言っても過言ではない。付いてきてくれたということは、彼女にも多少その気がある、もしくは覚悟してくれているんだろうと思っているが…。そう考えながら、彼女が着る服を探した。
バスルームの脱衣場の棚にそっとTシャツとスウェットパンツを置く。隣には彼女が脱いだであろう衣類と下着が置いてあって、俺は見なかったことにしようと顔を上げた。しかし視界に入ってきたのは、磨りガラスに映るシャワーを浴びる彼女のシルエットで、抑えていた性欲が湧き上がって、腹の底がなんとなく熱くなる感じがした。俺はすぐさまバスルームを出て、牛乳を飲んで心を落ち着けた。
しばらくして、彼女がバスルームから出てきたが、彼女の風呂上がりの姿に絶句する。風呂上がりで火照った顔がとか、すっぴんが可愛いからとか、色々理由はあるけれど、何より俺の服を着ているという点がなんとも言えない気持ちになる。いや、これは…
(なんかエロい…)
俺の気も知らないで彼女は「シャワーありがとうございました」と笑顔を向けてくる。そして彼女は、自分の鞄から鏡と櫛を取り出し、無言でソファに座ったまま彼女を見つめる俺の横にちょこんと座って髪をとかし始めた。彼女の髪からふんわりといい香りが鼻を掠める。それは俺のとは違う、女物のシャンプーの香りで、さっき抑えたばかりの気持ちがまた膨らんでくるのを感じた。
「俺も、シャワー浴びてくる」
俺は立ち上がり、箪笥から部屋着と下着を取り出す。後ろから「いってらっしゃい」と声が聞こえたが、振り返らずそのまま彼女から逃げるようにバスルームに入った。
悶々としながらシャワーを浴びて、何度も繰り返し同じことを考える。
(本当に、今夜俺は…ミョウジを抱くのか)
その期待と覚悟がない訳ではない。ただやっぱり大切な彼女と距離を縮める、関係を深めることは、危険なのではないかと疑念がずっと付き纏う。抱きたいけど抱きたくない。そんな矛盾した気持ちが、ずっと…彼女を好きになったときから存在するのだ。結局は、傍にいたくて今日家に連れてきてしまったが。そして、そのための酒だ。
(酒飲んだ方が…余計なこと考えずにミョウジのこと愛してやれると思って…。なんて言えるかよ)
「ふぅ」
脱衣場で部屋着に着替え、ため息をつく。そして、俺は一度深呼吸をして、バスルームを出た。

「あ、ごめんなさい。冷蔵庫にあるもの、勝手に使っちゃった」
部屋に戻ると彼女は何やら料理をしていて、キッチンと部屋を往復していた。これはバターの匂いだろうか、香ばしい香りが鼻に入ってきて、食欲が湧いてくる。
「何?つまみ?」
「うん、買い忘れたなぁと思って、冷蔵庫にあるもので作ってみました。って言っても焼いただけなんですけど」
上手くできたのか、彼女は若干嬉しそうに出来上がったものを皿に盛り付け始めた。 一口サイズに切られたパンがこんがり焼かれて、上に黄色いとろっとしたものが乗っている。普段まともに料理をしない俺は、冷蔵庫に残っていたものすら覚えていない。おそらく、そんなに材料は入っていなかったはず。朝食用のパンとそれにつけるバターやジャム、あとは調味料と牛乳くらいしかないと思う。その中で何か料理ができるってことは、彼女は普段から料理をするということだろう。初めて知った。
ソファに座り、缶チューハイを開けて軽く乾杯をする。早速、彼女が作ってくれたつまみに手をつけた。
「ん、チーズか!」
「フフ、当たりです」
一口食べて、パン上に乗ってたものが何なのかやっとわかる。チーズは割と冷蔵庫の常連だから、きっと入ってたんだろう。手作りのつまみと缶チューハイ、自宅でこんな飲み方はしたことないけど、意外といいもんだなと酒が進む。気が付くと3缶開けていて、あっという間にほろ酔い状態が出来上がった。彼女を見ると3缶目を開けようか悩んでいる様子で、テーブルの上の缶チューハイを見つめている。
「飲まないのか?」
「うーん、今日はもういいかなって。槙さん酔ってるし」
そう言いながら、彼女は俺の顔を覗き込むようにして数センチ距離をつめる。顔が少し近くにあって、一瞬ドキリと心臓が跳ねそうになった。
「別にそこまで酔ってない。お前だって、ちょっと酔ってるだろ」
「うーん、どうでしょう?」
曖昧に返したかと思えば、急に彼女は立ち上がり、空になった皿を持って「洗い物してきます」とキッチンに歩いていった。足取りに特にもたついた様子はない。なんだ、酔っているのは俺だけかと複雑な気持ちになる。
俺も軽く伸びをして、寝る準備を始める。ベッドに彼女の分のクッション枕を並べて、さっきコンビニでこっそり別会計した避妊具の箱がベッドのヘッドボードにあることを再確認した。露骨に置いておくのはまずいかと思ったが、他に置ける場所が思いつかない。一先ず時計の裏に隠しておいた。
洗面所で歯を磨きながら、またぐるぐると頭の中で思考を巡らせる。酒も入れたし準備も整った。あとは、どうやって彼女を誘うか。こういうことはあまり経験がなく、自分から誘うってこともあまりしてこなかった。
(何て言おう…?)
こういうとき、羽鳥はいつもどうやって女性を口説いているのか気になる。ただ、羽鳥の場合は不特定多数の女性相手だ。俺は、たった一人の大切な彼女。聞いたところで参考になるかもわからない。結局は俺なりにできることをやってみるしかない。
(抱きたい…?いや、ストレートすぎる。一緒に寝よう…?これじゃ、ただ寝るだけだな。したい…?何を?)
口を濯いで、ため息をこぼす。なぜたった一言が決まらないのだろうか。
「槙さん、大丈夫ですか?具合悪い?」
悶々と考えていると彼女も洗面所に入ってきた。ため息をついてるのを見られたのか、心配そうに俺を見てくる。
「いや、なんでもない。大丈夫」
俺は彼女に考えを悟られないように、少し苦笑いをして見せた。俺の返答に安心したようで、彼女はさっきコンビニで買った歯磨きセットを開封し、歯ブラシを取り出す。俺は、その歯ブラシに数センチ歯磨き粉をチューブから出して付けてあげた。「ありがとう」と些細なことでもお礼を言って笑う彼女が可愛い。さっきは大泣きしていたのに…。色んな意味で目が離せない。きっと彼女はモテるだろうなと安易にそう思ってしまう。実際に同僚に言い寄られているのを見たことある。まあ、断ってはいたけれど。でもそんなのは彼女と他の人間との関わりの中でもほんの一部分に過ぎない。俺は、意外と彼女のことを知らないんだと思い知らされる。
(帰りたくないって、そういう意味だよな…?)
歯を磨いて部屋に戻ると、彼女は歯磨きセットを鞄に仕舞いながら、また仕事の話を始めた。職場でも、彼女からはよく相談を受ける。いつも真面目で真剣に俺に段取り良く説明して、二人で打開策を考えたり、上に掛け合ってみたりしてきた。仕事の中でも、この二人での話し合いはすごく重要で、時間をたくさん必要とするのはわかるけれど、今は、早く彼女と…。
「まだその案件のこと考えてたのか?」
俺は無理矢理話を遮った。そうでもしないと止まらなそうだったからだ。
「あ…はい」
彼女を見ると、少し驚いた様子で俺を見つめていた。無理もない、俺はいつもじっと彼女の話を聞いている。俺はベッドに座って、なるべく優しく聞こえるように声色を考えて話を続けた。
「アンタ、いつも仕事のこと考えてるよな」
「だって、槙さんに相談したいこといっぱいあるから、時間できた時にと思って」
ほら、やっぱり。彼女は真面目で仕事人間だ。俺の知ってる彼女はそういう彼女。でも、さっきみたいに大泣きしたり、笑顔を向けてきたり、時折、女を見せる。俺だって男だ。好きな女のそういう一面を知ってしまったからには、見て見ぬふりはできない。それに、今はプライベートだ。もう仕事の話はやめようと思いながら、俺は彼女の手を優しく掴んだ。
「それ、今じゃなきゃダメか?」
彼女をベッドに座るように促す。戸惑いながらも彼女は向かい合う様に座ってくれた。
「え…でも次いつ時間とれるかわからないし」
「仕事の話はいつでもできるから、俺は今しかできないことしたいんだけど」
彼女の腰に手を回し、少し抱き寄せる。驚いた顔をされたが、俺は空いている手を彼女の頬に添わせ追い討ちをかけた。
「帰りたくないって言ったのはアンタだろ?」
(このまま…キスしたい)
すると何かを察したのか、彼女は頬を染めてぎゅっと目を瞑ってくれた。そのタイミングで、俺もキスをしようと顔を近づけたが、唇が触れるまであと数センチのところで止めた。

本当にこのまま続けてもいいのだろうか。

そういった不安と戸惑いで、この数センチの距離が生まれてしまった。俺は、なんて弱いんだろう。自分の立場がどんなものなのか、また考えて重たい気持ちになる。その思考がもう一度頭を巡ると、今度はまたあの事件がフラッシュバックするんだ。そうやって繰り返し繰り返し、センチメンタルになる。
(彼女を傍に置いたら、また危険な目に合わせるかもしれない…)
結局、何もできずに彼女をそのまま見ていると、恐る恐る目を開け始める。恥ずかしそうな顔から不安そうな表情に変わっていき、体を離して小さな声で呟いた。
「やっぱり……やっぱり、やめましょう」
「……ん?」
「本当は、迷ってるんじゃないですか?」
最初、彼女が何を言ったのかわからず、反応が遅れる。しかし、次の言葉で一気に状況を把握し、図星すぎて無言になる。彼女は俺の表情や態度から、きっと俺の迷いを悟ったんだろう。いつも、人のことをよく見て気づいてくれる人間だから。
「理由はわからないけど、でも槙さんの職場での立場とかを考えたら、やっぱり私と関係を結ばない方がいいんですよね」
明るく穏やかな口調とは裏腹に彼女の頬には涙が伝っていた。それを見て、ああ…俺は彼女のこういうところが好きなんだと再確認する。自分を犠牲にして、人のために行動するところ。自分の気持ちを押し潰すように、彼女は人に優しい言葉をくれる。でも、そんなことをしていたら、彼女自身の幸せを逃してしまうのではないかと心配になった。
それなら…
俺のじゃない。アンタの幸せを考えよう。
その涙と言葉を信じてもいいだろうか。
(アンタは俺と一緒にいたら、幸せになれるのか?)
疑問も聞きたいことも確認したいこともたくさんある。でも、もう彼女の傷ついた笑顔を見ていたくなくて。
「私は、大丈夫です。槙さん、だから今ならまだやめられま」
「バカ、泣いてるくせに」
そう何度も言わせるわけにはいかない。そう思って、彼女の頬に手を伸ばして涙を拭う。彼女は驚いて俺を見つめながら、唇を震わせ泣き続けた。拭っても拭っても涙が溢れてくるこの光景に既視感を覚える。
(ああ…あの時と同じだ)
それはあの事件の日と同じ。男をねじ伏せたあと、彼女の無事を確認するため駆け寄ったとき。あの時も…
(あの時も俺の事を思って泣いてくれてたんだな)
止まらない涙にキスをして、彼女を再び抱き寄せた。それからもう一度、彼女の唇にキスをしようと顔を近づける。
「俺だって…帰したくないって思ったから、引き止めたんだよ」

残り数センチ、距離を埋める。

「ん…ぁ…はぁ」
角度を変えて、舌を絡めて、何度も貪る。時折、互いの息遣いとチュウとリップ音を部屋に響かせ、俺達の性欲を煽った。苦しくなったのか、彼女に軽く胸を押され、唇を離した。
「ミョウジ…本当に、いいのか?」
ここまでしておいてなんだが、こういうことはちゃんと聞いておきたいし、彼女に無理させたくない。少しだけ目をとろんとさせた彼女の顔を見ると、今すぐに押し倒したくなるのを抑えて返事を待った。
「それは…こっちの台詞ですよ」
予想外の言葉に驚くが、彼女も同じ気持ちでいてくれることに心が少し軽くなった。
「なんだよそれ、余裕かよ」
「ち、違っ…そうじゃなくて」
「ハハ…わかってる」
慌てる彼女が可愛くて思わず笑った。それからもう一度、唇を重ねながら、彼女の着ているものを脱がしていく。Tシャツを取り、ブラジャーも外す。露わになった白い肌に早く触れたくて、彼女に手を伸ばそうとすると、すぐさま両腕で胸を隠された。顔を見ると頬を真っ赤に染めていて、視線を泳がせて落ち着かない様子。
「緊張してる?」
彼女は俺の質問に小さな声で「はい」と答える。「俺も」と返事をしながら、軽くキスをして、ゆっくり彼女をベッドに押し倒した。そのまま彼女に覆いかぶさって、首筋にキスを落とす。
「… キスマーク、もう消えてるんだな」
以前、大量につけたキスマークが綺麗になくなっている。3ヶ月も経てばそりゃあそうだろう。あの時は、翌日からしばらくタートルネックの服を着て彼女は出勤していた。
「ん…見えるところに付けるのはやめてくださいね」
「ああ、あの時は悪い。泥酔して記憶が曖昧で。…じゃあ、ここ」
そう言って、彼女の胸を覆っていた腕を横に退かすと、形の整った丸い膨らみが二つ顔を覗かせる。躊躇することなく両手で左右の膨らみに触れると、彼女は肩をキュッと震わせた。そのまま指で膨らみについている突起を挟むようにやんわり揉む。彼女の小さく喘ぐ声を聞き逃さないように、自分の呼吸を浅くとった。
「胸の間、いい?」
「はぃ…ぁ」
確認してから、彼女の胸の間に顔を埋めて吸い付く。石鹸のいい香りを感じながら、一生懸命に脂肪の少ない部分に吸い付き、唇を離すと赤い痕を残した。
「ん…そこ…ぁ…好き…なの?」
二つ目をそのすぐ下につけようとして彼女にそんなことを聞かれる。意識したことはなかったが、前回も確かに胸の間にキスマークを付けた気がする。好きというか…
「やっぱ胸は好き…かな。普通に?」
「え?」
「こう…胸に挟まれる感じが、ちょっといい」
言葉にしてみて、しまったと思う。性癖とまではいかないが、これは男特有のロマン的なそういうので、女性からしてみたら変態だと感じるかもしれない。上体をあげて彼女を見ると、少し困惑したような表情で俺を見ていた。
「あんまり…気にすんなよ」
自分の発言が恥ずかしくて顔が熱くなる。照れ隠しに俺は視線を彼女の胸に落とし、胸の突起を集中的に指で攻め始めた。
「あぁ…やぁ…んっ」
舌で舐めたり、指で摘んだりすると彼女は声を抑えられないようで、恥ずかしそうに視線を逸らし口元を手で抑えていた。次第に目を閉じて、無意識に快楽に集中し始める彼女が可愛くて、手と口を動かすのを止められない。こんなのはまだ序の口であることを彼女はわかっているのだろうか。
(まだ胸しか弄ってないのに)
段々と彼女の声も大きく高くなり、悩ましい表情をする。そんな彼女が愛おしくて仕方ない。たくさん気持ちよくなってもらいたくて、俺は優しく彼女に触れ続けた。




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