スタマイ*短編 | ナノ

桧山貴臣『心に咲いた小さな花』

雪様 リクエスト夢
夢主視点
そこそこのお嬢様。

■リクエスト内容■
相手キャラ:桧山さん
夢主設定:お見合い相手(桧山さんに興味なし)
内容:お見合い相手を口説く桧山さんにだんだん惹かれる
夢傾向:甘

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茶葉のいい香りを鼻から吸い込み、バレないようにふぅーっと溜め息を吐く。いい香りではある。そう、この紅茶、すごくいい香り。
(ああ、優雅だなぁ)
ここ、桧山邸に到着して思ったのは、ものすごく広い屋敷で、ものすごく広い庭だなということ。私の家はマンションだから、こういうレトロな洋館はもの珍しく感じる。
(ここでお見合い?)
てっきり屋敷の中に案内されるかと思っていたけれど、私が通されたのはこの広い花畑のような庭の中央にあるガーデンテラスだった。オシャレなテーブルとソファが並ぶそこに腰をかけるやいなや、すぐ様お茶が出され、執事の方がこの家の当主、今日のお見合い相手を呼びに行く。それをこの紅茶でも飲みながら待っていろというわけだ。

「あ、初めまして、ミョウジナマエです。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ああ、桧山貴臣だ。すまない、もう少し待っていてくれ。すぐに戻る」
私の元へ姿を現した当主もといお見合い相手である桧山貴臣は、格好こそは有名ブランドのジャケットとシャツ、スラックスを着ているけれど、その手には軍手をはめて、シャベルとホースが握られていた。どうやら作業か何かの途中だったらしく、一言名乗るとすぐ様来た方へ彼は戻っていく。
(え…?そんな感じなの?)
仕方なく見送り、ソファに座り直す。すると、執事の方が簡単に今日の紅茶の説明をしてくださり、私はそれを聞いていることしかすることがなかった。10分程して、彼がこちらに戻ってくる。いったい何をしていたのだろうか、お見合いで放っておかれるのは初めてだった。
「待たせてすまない。改めて、本日はよろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」
彼は向かいのソファに腰を下ろし、再度軽く挨拶をしてきた。もちろん私は、何事も無かったように丁寧に挨拶を返す。だって、ミョウジの名前を掲げているからにはそうするしかできないのだ。
「実は今、花たちの引越しをしていたところなんだ」
「そう、なんですか…?」
「ああ、季節によって庭での配置を変えている。陽の当たる角度や気候も変わるから、ちゃんと見てやらないと綺麗に咲かせてやれないからな。藤林、紅茶を今朝採れた物でフレーバーティーに。それから昨日羽鳥からもらった茶菓子を」
器用にも彼は私に趣味の話をしながら、紅茶のテイスティングをして執事の方に新しく注文を入れている。落ち着いた口調ではあるけれど、なんだかパタパタと忙しない雰囲気を放つ彼は、本当に忙しい人であると聞いている。今日の約束もなかなか時間が取れず、桧山邸で行うなら可能だということで、私は遥々こんな所にやって来た。
「お嬢さん」
「はい」
「タルトは食べられるだろうか?」
「あ…大丈夫です」
忙しないくせに、私に話しかけるときは丁寧に柔らかい声色で話す気遣いぶり。今まで何人もの人間とお見合いをしてきた。どれも親が用意した、そこそこ名のある家の息子で、その家の跡継ぎや独立して事業を行う強者で、雰囲気や態度も紳士的だし好感を持つ人もたくさんいると思う相手ばかりだった。どうしても嫁が必要なのか、私の家が位としては扱いやすいのか、相手側から声がかかることもよくある。ビジネス的にも相性が良いとか関係を保つのに難しくない間柄なんだろうと、ビジネスのことを知らない私でも見ていてわかる。そういう態度をお見合いでされるからだ。

(この人も、同じ。一生懸命に私を口説こうとしてる)

新しい紅茶とタルト、それから可愛らしいお花のクッキーが運ばれてきて、それをいただきながら彼はまた庭の花の話を始めた。正直、園芸には興味が無い。興味が無いというか、縁がないから、何が良いのか何がすごいのかがわからない。
紅茶を一口、またバレないようにふぅーっと溜め息を吐く。最初の紅茶と違って、今度は花のような香りが口の中に広がった。
「退屈そうだな。花は嫌いか?」
程良い相槌をうっていたつもりが、何故だか彼には何か分かってしまったのか、指摘を受けた。
「いえ、そんなことは…」
慌てて否定したけれど、信じてもらえるか少し心配になる。嫌いではない、人並みに綺麗だなぁと思うことはあるし、今までも色んな人に花束を貰ってきた。ただ、花を育てるとかその行程に差程興味が湧かないだけで。
「そうか、それなら良かった。少し、庭を案内させてくれないか」
何が良かったのだろうか、彼は私の返事も聞かずに立ち上がり、ガーデンテラスの外へ向かい出す。私が着いて来ると思っているようなので、慌てて口についたクッキーの欠片をナプキンで拭い、彼の後に続く。
(案内って、まだ花の話を続けるのかな?)
趣味の話をこんなに長くする人は初めてかもしれない。もちろん、定番の「ご趣味は?」という会話はどのお見合い相手ともしてきたけれど、大抵はそれを聞いてすぐにビジネスの話と、将来の結婚生活についての計画の話をしてくる。私のことは何も聞かないのに。どうして、好きでもない人と将来の話をしなきゃいけないのか。そもそも口説き方を間違っている。本当に私を口説き落としたいなら、もっとこうドキドキするような素敵な言葉や態度で…。
「お嬢さん、そこは少し段差が…危ないっ!」
「わぁっ」
視界が揺れて、途端に足首に鈍い痛みが走る。どうやら、考えごとをしていたから段差に気が付かずに足を踏み外してしまったようだ。
「大丈夫か!?」
頭の上から彼の声が聞こえ、顔を上げると眉間に皺を寄せた綺麗な顔が私の視界を覆う。私はあまりの近さに驚いて視線を逸らし「大丈夫です」と言い、支えてもらっていた体を離そうと手を胸の前に掲げた。すると彼は私の肩から手を離し、そのまま何故か私の両方の手を握られる。
「目を見れば、その人となりがわかる。どれ、お前の目は…」
そして彼はそんなことを言いながら、一度離した顔をまた鼻の先がぶつかりそうになるくらい近づけてきた。
(近っ…!)
ミルクティー色の瞳が私を見据える。その表情に感情はなく、どうしてか目が離せずに、されるがまま目を合わせてしまう。時が止まったかのようにピタリと合わせた視線に、緊張に似た鼓動が体の中から聞こえてきた。
「可愛い」
「え?」
「曇りひとつない、素直で真っ直ぐな可愛らしい目をしている」
顔を離した彼から、一瞬何を言われたのか分からず唖然とする。それでも理解するのには数秒とかからず、彼の視線からその言葉が自分に向けられたものだと気づいて頬が熱くなった。男性から言われたことの無い褒め言葉に戸惑い、咄嗟に「ありがとうございます」とその場しのぎのお礼を口にできず、息を飲む。彼はそんな私が可笑しいのか、ふわりと微笑んで告げた。
「ふふっ…お嬢さん、顔が真っ赤だ」
指摘を受けて頬がさらに熱くなる。柔らかく微笑んだ彼の瞳からは、さっきの無感情なものとは違う、何か優しいような視線を感じる。こういうのをなんていうのだろうか。胸が少しざわざわするような、ぎゅーと締め付けられるような。
「お嬢さんはとても純粋なんだな。でも、嘘をついたな?瞳が揺れた」
「…嘘、ですか?」
「ああ、足を痛めたのだろう?」
彼は手を離して少し屈み、私の足元を見る。自分の鼓動に気を取られていて、足を痛めたことをすっかり忘れていた。彼に聞かれて思い出し少し足を動かしてみるけれど、痛みは特になく問題はなさそう。
「あ…」
「手当てをさせる。俺の首に手を回してしっかり掴まってくれ」
そう言うと彼は何を思ったのか、私の背中と膝の裏に腕を回して、私を抱きかかえようとしてきた。
「だ、大丈夫です。一人で歩けま…わっ」
またしても彼の綺麗な顔が距離をつめてくるから、私の中になんだか居た堪れない気持ちが溜まっていく。さっきから、彼の距離感はどこか人とは違う気がして、より胸がざわつく感じがした。
「大丈夫なんてことはない。もしもヒビが入っていたらどうする」
私を心配する彼は、結局強引に私を掬い上げ、私は咄嗟に彼の襟元を握る。所謂、お姫様抱っこをされている状態で、いったいどこにそんな力があるのか、彼の洗練された見た目からは想像ができない。そのまま彼は躊躇することなくガーデンテラスまで私を運び、ソファに座らせるように私を下ろした。
「すまなかった。話を聞いてもらえたのが嬉しくて、ついつい長々と話してしまった上に、花を見てもらいたくてな。乗り気でないのを知っていながら無理矢理歩かせた。責任は俺にある」
彼は謝罪の言葉を述べながら、 私の痛めた方の足を少し持ち上げて、靴をそっと脱がせる。その表情は今日一日の中で見たことない、苦悩に満ちたもので、ずっとハツラツとした雰囲気を放っていた人物とは思えない。
(やっぱり気づいてたんだ。でもどうして…)

『目を見れば、その人となりがわかる』

目を合わせたときに言われた言葉を思い出す。正直、そういうものなのだろうかと思ってしまう。今までの人は、私のことなんか気にも止めず、私と結婚すれば如何に自分の立場がより良いものになるか、それしか考えていない人たちだった。
(…この人は、違うのかも)
この人は、なんとなく違う気がする。迷いなく真っ直ぐに私を見る瞳が、そう訴えかけてくる感じがした。なんと言うか、人としてもビジネス的にも、対等に見てくれているような。そう考えると、何故だか口元が緩んだ。
「許してくれるのか?」
「許すもなにも、桧山さんは何も悪いことをしていません。寧ろ、抱きとめてくださったから、大事に至らずに済んでいますよ」
「本当か?」
「ええ」
「……」
私の返答に納得がいかないのか、持ち上げた足の角度を 優しく変えて「痛くないか?」と確認してくる。不思議と痛くはなく、そのまま素直に答えると諦めたのか、小さく溜め息をついて靴を履かせて戻してくれた。
「少しでも痛くなったら言ってほしい。それから帰りは車で送ろう。念の為に病院にも行くように」
「ありがとうございます」
この人は、やっぱり距離感がおかしい。たった数十分の間に色んな場所に触れられた気がする。気持ち悪いという感じはないけれど、思い返すとなんだか、少しだけ緊張するときみたいにドキドキしてしまう。
(タルト食べて落ち着こう)
テーブルに向き直り、置いたままだったタルトに手をつける。彼も私の向かいのソファに座り直して、紅茶の追加を執事の方に注文した。
「さて、本来なら将来設計の話をするところなんだろうが、そんなものはもう少しお嬢さんのことを知ってからでも遅くはない」
「え?」
突然、話し出す彼に少しばかり驚いて顔を上げると、彼は真剣な顔でこちらを向いていた。
「互いのことを何も知らないのに、結婚することに意味は無いだろう?少なくとも、俺は愛する人と結婚したいと思っているが、お嬢さんはどう思う?」
目の前の彼は、彼がしたい話をする優雅な紳士で、別に今までのお見合い相手と何ら変わらない。けれど彼は、桧山さんだけは、私の目を真っ直ぐに見つめて、私に意見を聞いてくれる。
「…私も、そう、思います」
「そうか。同じ考えで良かった」
そう返す彼はやはり、少し嬉しそうにニコリと笑った。紅茶を一口飲んで、仕切り直すかのように表情が変わり、また口を開く。
「では、次はお嬢さんの話を聞かせてくれないか」
上機嫌な顔で私に興味を持ってくれる彼の態度に、心の奥で静かに何かが膨らんでいく。そして彼がまたニコリと笑うと、その膨らみは弾けるようにパッと花開く。
(ああ、胸がいたい。でも…)
この人が私の花を咲かせ続けてくれたらいいなぁなんて、私はそう願いを込めて、初めて自分の想いを語り始めるのだった。




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