スタマイ*短編 | ナノ

桧山貴臣『あなたの色』

婚約者→結婚して半年くらい新婚さん
冬至の話

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バスルーム前にやってきて、どこか既視感のある光景に少し眉間に皺を寄せた。
「蜜柑?」
「いや、柚子だ」
珍しく22時と早く帰宅してきた彼は、大きな紙袋いっぱいに詰まった柚子を抱えてニッコリと微笑んでいる。なんでこんな所にそんなものを持ってきているのか、私には全く見当がつかず、ただ不審がる。そんな私を気にせずに、彼は靴下を脱ぎバスルームの中に入って浴槽に柚子を一つずつ入れ始めた。
「え…何してるの?」
「今日は冬至だろう?せっかくだから柚子湯に入ろうと思って収穫したんだ」
「冬至…柚子湯…」
そういえば今朝、起き上がって早々に庭に出ていった様子だった。昨夜とても甘い夜を過ごしたというのに、裸で眠る私を置いて老人のように朝早くから動き回る彼に、こいつこの野郎と一瞬思ったのは内緒である。
私も靴下を脱いで中に入り、浴槽を覗き込むとふんわりと柚子の甘酸っぱい香りが鼻に流れ込んできた。銭湯のようにこんなに大きな浴槽に、まだ紙袋の半分しか柚子を入れてないにもかかわらず、香りが強い。この柚子を家の庭で育てたのだと思うと、この桧山貴臣という男、最早ただの不動産王ではない。
「貸して。私も入れる」
「ああ」
彼から少しばかり柚子を受け取り、二人で浴槽に柚子を入れて掻き回す。透明だったお湯が段々と黄色で埋め尽くされていき、袋が空になる頃には浴槽一面が黄色の柚子畑と化していた。
「よし、風呂に入ろうか」
「まさか、一緒に入るの?」
「別に、問題ないだろう?夫婦なのだから」
さらりと当たり前のようにそんなことを言われ、彼は脱衣場へ戻っていった。後に続いて私も脱衣場へ戻るけれど、本当に何の問題もないように、彼はさっさと服を脱ぎ始めていて思わず目を背けた。
(問題は…ない、けど。恥じらいとかないのかな…)
考えたところで無駄なのはわかっている。彼は出会ったときから、そういう人だ。照れたり、恥ずかしいという気持ちを表面に出さない。というより、元々『冷たい王様』なんて彼の仕事や友人の集う世の中では言われているくらい、温かい感情を表には出さない、出せない人なんだと一緒にいる時間が増える度に思う。それに比べて私はどちらかというと…
「何をしている?脱がないのか?」
声を掛けられて顔を上げると、腕にタオルをかけて全裸状態の彼が目の前にいた。
「ちょっ、た、貴臣さん!?タオルくらい巻いてよ…!!」
私はどちらかというと、上がってきた感情は、そのまま表に出すタイプである。今も、目のやり場に困って少しあたふたしてしまう。
私のその様子を見て、彼は不思議そうな表情を一瞬したけれど、すぐ様ニコリと口角を上げ、ゆっくり近寄って私の頬に手を添えた。
「恥じらっているのか」
明るい脱衣場で眩しいくらい白い肌を見せつけて、ドヤ顔で私に迫る彼は、そのまま私のブラウスに手をかけた。一つずつボタンが外されて、淡い黄色い花柄の下着が顔を覗かせる。
「俺がこのまま脱がせても?」
「自分で、脱ぐから…大丈夫」
彼の手を止めて1歩下がると、彼はスッと手を引いて「先に入っている」とバスルームへ入っていった。
(もう、なんで貴臣さんはいつも…そういうとこ…好き)
時々、彼は天然ではなくわざとそうやってるのではないかと思う。私がドキドキしてしまう方法を熟知している、きっとそう。私ばかりが、照れて悶えているような、彼と一緒に暮らすようになってそう思うことが増えた。
(私だって貴臣さんの照れてる顔とか見てみたいのに)
悶々としながら、脱がされかけたブラウスの残りのボタンを外して、順番に服を脱いでいく。下着だけになって姿見で自分の下着姿を見つめて思う。結局、この下着をちゃんと見てもらえなかったと。
(また今度着よう)
本当は昨日の夜のために着ていた淡い黄色い花柄の下着。段取りが上手くいかず、下着を身につけることなく二人でベッドに入ることになってしまったため、披露できていなかった。せっかくの大切な日だったから、盛り上げたかったのだけれど、少し残念に思いながら諦める。大丈夫、そのうち機会はくるはず。多分。
下着も脱いで素っ裸になる。バスルームに入ろうと思ったけど、このままはやっぱり恥ずかしいから大きいバスタオルで前を隠して、私はそっとバスルームのドアを開けた。
「ん…?やっと入ってきた。早く体を洗って湯船に浸かろう」
洗い場のところで彼はイスに座りながら手招きをしてこっちを見ている。私は彼の隣りに空いているイスを持ってきて座り、あまり彼を見ないようにシャワーで頭を濡らした。そのまま髪を洗っていると彼から視線を感じ、余計に恥ずかしくなる。互いに裸は見慣れているけれど、やはり明るいところでの無防備な姿は、まだ慣れていない。私は目を逸らしたくなるのに、彼はこんなに明るい場所でも恥ずかしくなったりしないのだろうか。
(そんなにじっと見られると洗いにくいんだけど)
シャンプーを流し終えて思わず顔を両手で覆う。ドキドキに耐えられなくて彼を見ることができない。彼も髪を洗ったばかりだからか、髪から水滴が滴っていてまさに水も滴るいい男である。顔も肌も私より綺麗で、体も意外としっかりしてるから、完璧すぎて隣りに並ぶのが辛い。こんな人が自分の夫だなんて、夢みたいで…
(こういうの、幸せっていうのかなぁ)
「はぁ〜」
「どうした、ため息なんてついて」
「ため息もつきたくなるわよ。だって貴臣さんずっとこっち見てるんだもん」
ドキドキして死にそうだと正直に伝えると、彼はニコリと笑いかけたかと思いきや、すぐに難しそうな表情をして私から視線を外した。そして口から微かに「すまない」と零れ、そのまま真剣な眼差しで私を見つめ、続ける。
「昨夜のことを少し思い出していただけだ。気にしないでくれ」
そう言ってから、ほんのりと彼の頬が赤く染まったように私には見えた。昨夜のこととは、私とのベッドの上での情事のことだろうか。それ以外に私には特に思い当たる節がなく、言われて私も少し思い出す。
「貴臣さんでも、そういうこと考えるのね。貴臣さんのスケベ」
「ぅ…妻の裸ほど魅力的なものはないだろう?お前の前では、俺も紳士でいられないただの男だからな」
きっとこの人は”スケベ”だなんて言われたことがないのだろう。だって口から出てくる弁解のような言葉は、紳士のように丁寧で、品のある色気を纏った口説き文句でしかない。
「まあ、だからと言って立て続けに今夜もとは言わないが」
これも、彼の根本にある紳士の冷静な対応。それでいて、どうしてそんな残念そうな表情を私に向けるのだろうか。
(本当にそういうところよ)
ズルいと思ってしまう。全てにおいて、彼の言動は私を幸せにする要素がたくさん含まれていて、どう対処しても逃れられない。無論、逃れるつもりもないけれど、ちょっとだけ悔しい。でもそれも、彼を愛しているからだってわかっている。
だから私も…
「いいんじゃない?」
「…ん?」
「別に、いいんじゃない?毎晩でも。夫婦なんだから」
私の回答に彼は一瞬驚いた顔をして「そうか」とニコリと微笑んだ。


体を洗い終わって二人で湯船に浸かると、また強い柚子の香りが鼻に入ってくる。あまり長く浸かっているとクラクラしそうだなと思いつつ、柚子湯は美肌効果が期待できるから、体の隅々まで浸かりたい。
「たまにはこうして二人で入るのも悪くないだろう?」
「そうだね。あったかいし」
彼の問いかけにそう返しながら、隣に座る彼の肩に頭を預ける。お湯もだけれど、彼の体温を近くに感じて、とてもポカポカと温かい、安心する温度に包まれていた。
「柚子もすごくいい香りが出ている。見栄えも…幸せの黄色だな」
「幸せの黄色って何?」
彼の言葉を聞いて、ぼんやりと黄色い花畑が頭に浮かぶ。
「ああ、幸せの象徴色のことだ。よく言うだろう、幸せの黄色って。由来は明確なものがないけれど、イメージが先行してそうなっているようだ」
(イメージかぁ…)
なんとなく聞いたことあるような気がした。そもそも幸せを色で表すってことがよくわからないけれど、私から今見える景色はとっても黄色くて、彼と二人でゆっくり過ごせることに幸せを感じる。”幸せの黄色”なのかもしれない。
「そういえばさっき着ていた下着も、黄色い花柄だったな。何故黄色に?」
「え?何故って言われても…」
「可愛らしい、ナマエによく似合いそうだと思った」
そう言いながら、彼は優しい眼差しを私に向けて、お湯の中で手を握ってきた。急なスキンシップに驚きつつも嫌な感じはない。見えなくても彼の手だとわかるくらいには、何度も手を繋いできたわけで、触れられると心が温かくなる。
「なんとなく、貴臣さんのこと考えながら選んだら、黄色がいいかなって」
口にしてみて気づいた。逆なのかもしれないと。
(あぁ違う。私、貴臣さんのこと考えるとき、いつも黄色い花畑で微笑んでる姿が浮かぶのかも)
無意識のイメージなのか、幸せの黄色は彼と共に私の中に広がっていく。自然に馴染んで当たり前のように。
私は、そのまま彼の手に指を絡めた。
「そうか、俺は幸せ者だな」
「ふふっ…なにそれ」
「正直に言ったまでだが?俺のことを考えて何かを決めてもらえるのは、幸せなことだろう?」
絡めた指が優しく握られる。それに応えるように私も少しだけぎゅっと気持ちを込めた。
「そんなの、私だって」
(私だって、幸せ者だよ)

あなたを愛せて幸せだと、
あなたにもこの幸せが伝わりますように

私が彼に微笑んでみせると、彼も「さっきの、後で見たい」と小さく呟いて私に微笑む。
(あったかいなぁ)
そうして私たちはもうしばらくの間、二人で黄色い柚子の香りに包まれるのだった。


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