スタマイ*短編 | ナノ

都築京介『リコリスの啓示』

脚本演出家。誠の古くからの知人で、京介に自分の作品に出演してもらったことがある。
※間接的にメインストのネタバレに繋がる表現あり

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葬儀が終わって、会場の外に出ると見覚えのある後ろ姿が一人、庭にポツンと立っていた。
「京介くん」
声をかけて覗き込むように近づくと、彼は振り返って微笑み、私の名前を呼んだ。
「ナマエさん。良かった、会えないかと思った」
こんな時でも暗い影を見せず笑顔を絶やさない彼は、やはり一流の俳優さんだなと思う。まあ彼の性分なのかもしれないけれど。
「連絡したの私なんだから、会えないわけないでしょ。もう、会場内探し回っちゃったよ。なんで外にいるの?」
「ああ、ごめん。アレが見えたから、つい」
”アレ”と言って彼が目を向けたのは、敷地内の隅に植わっているリコリスの花だった。
「彼岸花。えっと、リコリスって言うんだっけ?懐かしいなぁ。この時期に咲くんだね」
「お彼岸ってこの時期でしょ?だから彼岸花。リコリスっていうのは学名なんだよ」
彩やかな赤い色を放つその花は、まるで当てつけかのように私に昔のことを思い出させる。少しだけ嫌気がさして、私は花から視線を外した。
「そうなんだ。俺、この花けっこう好きなんだ。あのショートフィルムの撮影の時に初めて見て、すごく綺麗だなって」
彼の”あのショートフィルム”という言葉に胸の奥が少し掴まれるような鈍い痛みを感じる。私にとってあのショートフィルムが、処女作と言える作品で、想い入れの深いものだからだ。まだ駆け出しだった彼を主演に、同じく駆け出しだった私が手掛けた脚本、そして沢山のスタッフや出演者を迎えて完成にまで至ったショートフィルム。世の中で、この作品を知っている人はあまりいないだろうけれど、あのショートフィルムがなければ、私は今、この仕事を続けていなかっただろう。
「あのショートフィルム、最初は正直諦めてたの」
「そうなの?」
「リコリスの花が血塗れの床を思わせるって。視聴率とか色々、局からも言われてて」
「ああ、確かに。絵コンテ見た時、真っ赤でびっくりした。でも、それってわざとでしょ?」
「うん。サスペンスミステリーものって、どうしても捜査とかで地味なシーンが多いから、インパクトのある画面を作りたかったの。それで、」
「一面リコリスの花で埋めて、死体を置いた」
「うん」
話しながら、自分の描いたシーンを思い出す。リコリスの花が沢山咲いた花畑に死体を転がした絵と実際に被害者が死んで倒れていた血塗れの床の絵。それを交互に映すという、彩やかな強い赤色で画面を覆い尽くした異様な空間を演出した。当時は出来上がった映像を何度も繰り返し見てチェックしていたからなんとも思わなかったけれど、久々にこうやってリコリスを目の前にすると、少しおぞましさを感じて身震いする。名前のせいだろうけれど、やはりどこか安易に”死”を連想させてしまう花に不気味な印象が強かった。
「俺はナマエさんの描いた絵コンテ見て、すごく素敵だなと思ったよ。俺が出演したらどんな風に演じようって思いながら引き受けたんだよ」
「そうだったんだ…」
「うん、だってリコリスの花で一面真っ赤に埋めつくしちゃうって、斬新で本当に綺麗だろうなって」
沢山の視聴者から”怖い”と言われた私の作品を彼はどうしてか、にこやかに話す。彼の性分なのだろうその表情に少し不気味さを感じたけれど、ショートフィルムを撮影したときのフレームの中の彼を思い出して、やはりどの表情も演技なんだろうと納得するしかなかった。
「初めて枠をもらっての仕事だったから、どうしても完成させたかったの。俳優も用意してもらってたし、最後までちゃんとやろうと思って…」
「ナマエさんのその情熱がなきゃ、あの作品は完成もしなかったし、世の中に見てもらうこともなかったわけだから。俺は良かったと思ってるよ、参加できて」
「そう言ってもらえるなら、光栄です」
恥ずかしがりながら彼の方を向くと、彼は嬉しそうにニコリと笑った。 本心なのか、優しいのか、私にはわからない。彼とは長い付き合いだけれど、二人でゆっくり話すことはあっても、仕事仲間のような意識でいるから、あまり彼の奥底に触れたことがない。いや、寧ろ表面での付き合いと、そう変わらないのかもしれない。
「そうだ、話って何?」
リコリスに気を取られていて、彼を呼び出した理由を忘れかけていたことに気づく。彼はこちらを向いて、またニコッと一瞬口角をあげた。
「あ…実は、独立しようと思ってて」
「え?」
「今の所を辞めて、舞台系の脚演をやっていくつもりなの」
「そっか、昔から舞台の方をやりたがってたもんね」
話してみて、気づいたことがある。どうして…
(私、そんな将来の夢みたいな話したことあったっけ?)
どうして彼は私の事を詳しく知っているのだろうか。彼とは仕事かテレビ局でたまに会う程度で、彼も人気俳優なだけあって忙しいから、喋る機会は多くはない。誠さんを通じて何か聞いていたりするのかも知れないけれど、私は誠さんとは仕事の話かスイーツの話しかしない。
(観察されている…とか)
俳優特有の人間観察思考が働いているのか、物書きである私もそれなりに持ち合わせてはいるけれど、その人の将来の夢が分かるほどではない。そう思うと、こんなに親しげに会話する彼が、急に不思議な人間に思えた。
「そ…そんなわけで、その…独立して最初の作品をね、またあの時のメンバーでできないかと思って」
少しどもってしまったけれど、私は話を続けた。私にはちゃんと目的があって、彼に時間をもらったのだから。
「なるほどね。だから、LIMEくれたんだね」
「うん、まさかこんな形での再会になるとは思わなかったけど」
口に出してみて、ぼんやりと頭に今日の葬儀がフラッシュバックする。今日埋葬された彼は、あのショートフィルムのカメラマンだった。今はもう別の仕事をしているけれど、当時は私とはよくフレームに収める絵の話し合いを二人で夜通し飲みながらしていた。
(なんで…こんなことに)
まだ、彼が死んだ原因は不明の状態で葬儀は行われ、警察が動いていると噂で聞いた時は、恐怖で涙も出なかった。
きっと、今隣にいる彼、京介くんも似たような気持ちでいるのだろう。だから今、彼は私の言葉に返答出来ずに黙っている。私も何も言えなくて、黙ることしか出来ないでいた。
数分か…数十秒かして、沈黙を破ったのは京介くんだった。
「あのさ」
「何、京介くん」
「今月、3人目だよね?」
「…何が?」
「あのショートフィルムに関わった人のお葬式」
知っていたけど、なんだか怖くて話題にしようとは思えなかった。だから黙っていたのに、どうして彼はそれを口にするのだろうか。私は思わず彼を睨みつけるように見つめて、小さく口を開いた。
「言わないでよ」
「空気を読めば、言わないのが正解だとは思うけど…」
「…なに?」
「事実を受け止めないと意味がない気がして」
彼の言葉が何一つ間違っていないことが、やんわりと胸に当たる。頭では理解していても、気持ちが追いつかず、これまで3人の悲報を耳にしても表面上でショックを受けるだけ。私は、受け入れることに躊躇わずにはいられなかったのだ。
「そんなこと…わかってるよ…」
声が小さくなる。彼の話にあまり答えたくなくて、声が小さくなっていくしかなかった。そんな私を見兼ねてか、彼はため息をついて話を続けた。
「はぁ…それに、ナマエさん泣いてないでしょ。ちゃんと、泣いてあげてよ」
また、私の心を見透かすような温かい言葉をかけてくれる彼は、徐ろに私を抱きしめて、私の背中をさすった。安心する程良い手の温もりに、張り詰めていた心が柔らかくなっていくのを感じる。自然と瞳に水滴が溜まる感覚に頭痛がした。
(本当は…ずっとこうしたかった…)
どこかで、泣いてはいけないと思い込んでいたのかもしれない。私は、私の作品に関わった人間が死んでいっている事実を拒絶して気を張ることしかしていなかった。認めたくない、次は私が死ぬかもしれないと、有り得ない可能性に被害妄想ばかり膨らんで、現実が見えていない。それをどうしてか、京介くんが理解していてくれて、今、私は彼に支えられている。
「怖がらないで。大丈夫、俺たちは死なないよ」
耳元で、私にしか聞こえないくらい小さな声で囁かれた。
「なんで、そう断言できるの…?」
「だって俺はあの時、犯人役でナマエさんは、脚本家。誰を犯人にするのかも殺す順番を考えたのも脚本家。だから、俺たちは共犯者みたいなものじゃない?」
(共犯者…)
彼の言葉に恐怖で背筋がゾッとするのを感じる。しかし、彼はそんな私の背中を撫でて安心させようとしてくれている。怖がらせたいのか落ち着かせたいのか、本当の彼が見えないまま、瞳を覆った涙が引いていく。
(…あれ、京介くん笑ってる?)
どんな時でも笑顔を絶やさない俳優は、こんな時でも笑顔を向けるのだろうか。私の位置からは見えないけれど、微かに彼の口角が上がっている気がした。
「きょ…京介くん」
思わず私は声をあげる。だって、今笑っているのはおかしいから。どうして笑っているのか知りたかったから。けれど、彼は構わず話し続ける。
「それに、”思うのはあなた一人”。そう言って犯人はヒロインのことを思って色んな人を殺していったっていう…そういう話だったよね?」
「…そうだね」
「あのヒロインのモデルって、ナマエさん自身でしょ」
「…よくわかったね」
「わかるよ、ずっと君だけを思って見てきたんだから。ね、ナマエさん」
名前を呼ばれると同時に左耳に柔らかくて温かい何かが触れる。そして、チュッとリップ音を鳴らされてまた背筋に寒気を感じた。
(どうして…キス…?)
セリフだけ切り取れば、ただの告白のように見えなくもない。彼の今の表情だって、優しく私に微笑んでいるようにしか見えない。でも本当は彼がどう思っているのか、どんな表情をしているのか、強く抱き締められた状態からは確認することができないでいる。ただ分かるのは、私が今、困惑し始めているという事実だけだった。このよく分からない状況から逃げ出したくて、私は少し溜め息を漏らしながら彼の体を軽く押した。すると、案外あっさりと彼の腕は解けて、少しだけ緊張する。
「…な、なんか、悲しい思い出になっちゃうね、あのショートフィルム」
慌てて話を繋げようと口を開く。本来なら言うべきではない言葉が自分の口から出てきたことに驚いて、瞳に溜まっていた水滴が一粒落ちた。
「俺は、そうは思わないよ。小説やフィクションになぞられて事件が起こるってよくあることだし。はい」
私の様子を見て、彼からハンカチを差し出される。私はそれを受け取り、軽く目元を拭った。
「ありがとう。作品に影響受けてってこと?」
「うん。影響受けてもあるけど、兄貴の書いた小説を元に犯罪を犯すっていう。犯人に”小説を真似た”って言われたんだって」
「そうなんだ…?」
そんなことあるのだろうかと不思議に思ったけれど、彼の口調は冷静でいて普段と変わらない柔らかい雰囲気を放っている。さっきまでピリッとした、どこか重たい空気を纏って私を抱き締めていた気がしたけれど、気のせいだったのかと錯覚するほど、変わり映えがすごい。
(なんか、ちょっと掴めないような…)
なんだか少し疲れてしまい、小さく溜め息をつく。鞄から鏡を取り出して顔の状態を確認していると、彼は徐ろにポケットからスマホを取り出し、LIMEらしき画面を開いて文字を打ち始めた。
「ごめん、俺もう行かなきゃ。この後撮影なんだ」
「あ、ごめんね。長く引き止めちゃって」
「気にしないで。ナマエさんは仕事?仕事じゃなければ、今日はゆっくり休んだ方がいいよ」
「そう…だね。あ、ハンカチ!」
鏡を仕舞って顔を上げると、京介くんはもう荷物を持って身支度を整えていた。
「ハンカチ、次会う時に洗って返すね。また制作のことLIMEする」
「うん。また会う日を楽しみにしてるよ」
彼はそう言ってにこやかに手を振って出口へ早足で歩いていく。私は彼の姿が見えなくなるまで手を振り続け、視界から消える手前で彼が振り返るのが見えたけれど、その表情はわからなかった。
なんとなく、さっきみたいにどこかピリッとした重たい空気が漂っていた気がする。でも気のせいであってほしいと、私はもう一度隅のリコリスの花たちに目を向けた。
(”共犯者みたいなもん”か…)
「まさか…ね」
そう思いながら天を仰ぐ。すると同時に下から突風に見舞われ、リコリスの花が舞い上がった。

まるで、何かを私に啓示するように。
それは空を真っ赤に染めるのだった。


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